ニューヨーク・タイムズ紙からの手紙



ニューヨークタイムズ紙の皇室報道に異議申立てをした。
返事があった。
元東京支局長の、スーザン・チラさんからだった。
同紙の日曜版週間評論 (Week in Review) 編集長だ。
エリートジャーナリストが一読者に長い返事を寄越したのは
彼女もかなり気にしていたということかと思う、と
 在ニューヨーク日本領事館のある外交官がコラム子に語ってくれた。


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  皇室報道に異状あり


【平成13年5月29日配信】
 ニューヨークタイムズの日曜版評論特集に、皇太子妃殿下御懐妊のことを軽薄なタッチで書いた短評があった。平成13年5月20日のことだ。
 
≪いやぁ、日本の街はこの話題で持ち切りだ。
1999年と同様、彼女は流産するだろうか?………≫
 
 天下のニューヨークタイムズとあろうものが!
 
 編集者に電子メールで苦言を呈したところ、かなり長文の返事が来たのでご紹介したい。
(読者への公開については、同編集者の快諾を得ました。)
 
 ニューヨークタイムズ日曜版には、Week in Review という恒例の別刷りが付く。
 長短とりまぜてのニュース評論コラムがいろいろあって、なかなか読みでがある。これを楽しみにして日曜版を買う人も多いと聞く。
 
■ 文化の差、と言えばそれまでだが ■
 
 問題の記事は、この別刷りの第2面。週間ニュースを軽妙な寸評も交えて抄録するコーナーの8番目の短評記事。
 (ちなみに5月20日号のこのコーナー、11本の短評記事と2本の囲み記事があった。)
 
 短い記事なので、全文を引用和訳させていただく。>>原文はこちらを<<
 
≪御 懐 妊
いやぁ、雅子皇太子妃の御懐妊確認!ということで、日本の街はこの話題で持ち切りだ。
 
1999年のときと同じように、彼女は流産するだろうか?  生まれるのは男の子だろうか?(判別テストをする予定はない。)
 
男子のみが皇位を継承するという法律は変更されるだろうか? (小泉純一郎新首相は、自分は「女性の天皇」もよろしいと思うと語っている。)
 
出生率が上がるだろうか?  乳児用品株が上がるだろうか?  不妊治療の専門家が新たな注目の職業となるだろうか? 
 
そして、結局のところ、日本人は12月までこの話題でもちきりということだろうか?(見るからにそのとおり。)
                          フーバート・B・ハリング≫

 
■ 米国人のオープンさの裏側にある嫌味 ■
 

 読者諸賢も、皇室についてはいろいろなご意見があると思うが、その意見の違いは抜きにして、何か不快な気分にさせられる軽薄記事ではないだろうか。
 
 自国の元首の下ネタも徹底的に暴く国であれば、黄色人種の皇室についての、このていどのお茶らけは許容範囲なのだろうが。
 
 この短評欄の他の記事は、かくも浮わついた調子で書かれてはいない。
 この記事だけが妙に浮いていた。
 健全な諷刺は英語圏の伝統であり大いにけっこうだが、今回のこれはちょっと羽目を外しすぎてはいないか。
 ひとこと言ってやらねばと思った。
 
 
≪貴紙5月20日号の Week in Review 第2面にて、雅子皇太子妃御懐妊を諷刺したハリング記者のコメントを拝見しました。
 
ハリング記者が、雅子皇太子妃再び流産か云々と軽々けいけいに言い及ぶ書きぶりは、悲しい出来事に苦しんだひとりの女性にとって失礼の極みであり、皇太子妃殿下と悲しみをともにした国民にとって失礼の極みであります。
 
再度流産されるというようなことがあってはと、日本人が恐れているのは事実です。しかし日本人は決して「1999年のときと同じように流産するだろうか?」などと軽々しい調子で表立って疑問を発したりはしないのです。
 
その意味で、問題の箇所は極めて悪趣味であるのみならず、日本のものごとについて誤解を与える書きぶりとなっています。女性が流産するということは、さほど好い気になって諷刺の種にするべきことではありません。
                            5月21日     泉  幸男≫

 
■ 2日後にニューヨークから届いた弁明メール ■
 

 そうしたら、2日後にニューヨークタイムズの編集部から返事が来た。
 まずはご一読いただきたい。
 
≪メールを拝読いたしました。これだけは確かなのですが、はっきり申し上げて、諷刺的コメントをしようという意図はまったくなかったのです。
 
日本のマスコミと異なり、皇太子妃妊娠の報道に対して私どもは何ら自粛すべきところを感じておりません。そして、彼女の過去における流産のことは、言及しておく意味があると考えました。しかし、それを諷刺したり、面白がったり、ましてや、もう一度流産するだろうなどと言う意図はありませんでした。
 
目的とするところはひとえに、これが日本にとって大事な問題であることを指摘し、再び流産が起きることへの懸念が存在するということを率直に述べようということです。過去に1度流産をしておられるのですから。
 
申し上げておきますと、私も東京に5年間特派員として派遣されており、大学では日本史も学びました。ですから、日本の皇室が大切にされていることも知っています。不敬の意図はございませんでした。
      5月23日 
      Week in Review 編集部  スーザン・チラ≫

 
 
 人はときに、やましいことがあると饒舌じょうぜつになるものだ。
 メールを読むと、論理の糸が行きつ戻りつして、最後は「自分はいいアメリカ人なのよ」と善玉宣言して終わっている。
 
 実はコラム子がニューヨークタイムズに日本報道のことで意見のメールを送ったのは、これが3度目。返事が来たのは初めてだった。
  あれこれ言ってはいるが、このスーザン・チラ記者、きっと
「あ、この記事、ちょっとまずかったな…」
と内心思ったのではなかろうか。
 
■ 新聞記者の不治の病? ■
 
  このままでは癪しゃくなので、もうひとこと言おうと思った。それに、もらったメールをわがメルマガに掲載する許可ももらわねば。
 
≪メールをありがとうございます。貴紙の意図はわかりました。書き手が失礼だったかどうかというより、書き手が属している文化の問題かもしれません。我々の文化では、貴紙のようなそれなりのメディアが皇室の微妙な事柄についてあまりに軽々しいコメントをすることは避けるものですが、貴紙の書き手はそういう文化の埒外らちがいにいたということかもしれません。
 
私は、読者1300人のメールマガジンを出しておりまして、私のさきのメールもそこに掲載しました。ハリング記者のような失礼なコメントは、日本共産党の『しんぶん赤旗』でさえ掲載しないだろう、と私はそこに書きました。
 
国が異なれば、行動と反応のパターンも異なるものです。つまるところ、貴紙はアメリカ国民の新聞ですから。(それでもやはり、ハリング記者はもう少し穏当な書き方ができたと思います。よきアメリカ人ならもっと穏当に書いたでしょう。)
 
貴紙の名誉のために、いただいたメールを次号のメールマガジンに掲載して、私の1300名の読者に読んでもらってもよろしいでしょうか。
 
私のメールにご返事をいただいたことを重ねて感謝します。ご熱心な記者さんたちが好きな、人目を引きそうな話題だけでなく、日本の様々な「ごく普通の」姿についても、もっとたくさん貴紙に報道いただければと思います。そして、スーザン・チラさんも、そのためにご尽力いただける方のお一人だと思っています。
                              5月24日    泉  幸男≫


[注: 配信誌(メールマガジン)の読者は、その後増加して、平成15年6月現在、4000名を超えている。] 

■ 学ぶべき点もあるニューヨークタイムズ ■
 

 ニューヨークタイムズは、読みごたえはあるが、時としてうとましい新聞でもある。
 東京特派員の Howard French 記者の、朝日新聞的大ボケ記事の数々には辟易へきえきする。
 共和党寄りと言われる The Wall Street Journal 紙の方が、ずっと心安らかに読める。
 
 それでもニューヨークタイムズの立派なのは、たとえば第2面に常設の「訂正欄」があること。
 
 「昨日の第何面の地図が一部間違っていたので、本日の第何面に改めて正しい地図を載せた」
とか
「人名・社名が間違っていた。正しくはかくかくしかじか」
という類が多いが、たまに
「これこれの記事にこう書いたのは事実誤認だった」
という類の訂正もある。
 
 日本の新聞で常設の訂正欄を設けたら、業界では笑いものになるのかもしれないが、むしろこの常設訂正欄があることで、コラム子など却ってニューヨークタイムズに安心感を感じる。
 
  投稿にも多くのスペースを割いているが、そのほとんどが、ニューヨークタイムズの記事についての異論や補足的コメントだ。
  日本の新聞の投稿欄は、その過半が世相寸評的な投稿なのだが、ニューヨークタイムズのような投稿ページを見習ってはどうか。
 
 日本経済新聞など、記事関連の異論・補足投稿のページを設けたら、相当に読み応えのある人気ページになると思うのだが。
 
■ そして返事が来た ■
 

  さて、スーザン・チラ記者から返事が来た。
 
≪私のメールは掲載していただいて結構です。ご理解とご関心を寄せていただいたことを、改めて感謝します。              
            5月24日  スーザン・チラ≫


  おかげで読者諸賢に御懐妊記事への苦言の顛末てんまつをご披露できることとなった。
 
 
===
■後記■
 
 ニューヨークタイムズの日曜版の値段は、ニューヨークでは3ドル、大ニューヨーク圏を離れてニュージャージー州の南の方へ来ると3.75ドル、さらにフロリダ州に来ると4.75ドル。
 新聞ごときに文庫本1冊分の値段とは? と思われる向きもあるかもしれません。
 
 ウイークデーの新聞はニューヨークで0.75ドル、その他の地域では1ドルですから、日曜版は相当にお高いのですが、電話帳もはだしのボリュームにはびっくりさせられます。
 
 ちなみに5月27日の日曜版、ニュージャージー州の Trentonで買って、ページを数えたら382ページもありました。
 
本篇  38面(全国版28面+首都圏地方版10面)
別刷り Section 2 "Arts & Leisure" 32面
別刷り Section 3 "Money & Business" 30面
別刷り Section 4 "Week in Review" 10面
別刷り Section 5 "Travel" 18面
ホッチキス綴じ冊子 Section 6 "Magazine" 62頁のルポ記事週刊誌
小型別刷り Section 7 "Book Review" 24頁の書評紙
別刷り Section 8 "Sports Sunday" 12面
別刷り Section 9 "Sunday Styles" 12面(いわゆる「生活・婦人面」)
別刷り Section 10 "Help Wanted" 14面(求人広告)
別刷り Section 11 "Real Estate" 30面(不動産広告)
別刷り Section 12 "Automobiles" 24面(自動車広告)
ホッチキス綴じ冊子 Section 13 "Television" 60頁のテレビガイド誌
別刷り Section 14 "New Jersey" 16面(ニュージャージー地方版)
 
 Section 2 から Section 14 までの別刷りを本篇に挟み込んだところは、薄い
食パンにハムやチーズを盛大に挟んだアメリカ式サンドイッチのごとくです。
 
 大部分は読まずにごみ箱行きですが、日本の新聞の新年号2つ分くらいの充実感があります。
 
 ニューヨークタイムズは、普通の日でも100面くらいあります。土曜日は薄いのですが、それでも50面以上はあります。
 
 日本では、新聞本紙とはまったく別に折込広告が刷られ、これがサンドイッチの具よろしく、新聞とともに配達されます。
 米国の新聞は、日本なら折込広告になるような広告を、本紙のページに小分けして刷り込んで、そこに報道記事も適当に同居させる、というスタイル。そうやって本紙のページ数を増やし、報道記事のスペースをしっかり創り出しているわけです。新聞の原初の姿をしっかり伝えているのかもしれません。