中国グルメの旅
 
 
 
        文明の狭間はざまの変り種デザート
 
 中国料理のデザートというと、大学イモと杏仁あんにん豆腐あたりが有名だが、実際に大陸中国に行くと、これを出してくれる店は存外少ない。
 頼んでも、「うちでは、やってません」と言われることの方がはるかに多かった。
 
 そもそも、中国料理は素材にあまり芋を使わない。
 さつま芋やじゃが芋を使った中国料理、あまり思い浮かばないでしょ。
 というわけで、飴にからめる素材も、さつま芋よりはリンゴの方がポピュラー。
 北京の市場に並ぶ紅玉
こうぎょくリンゴのような硬く酸っぱいリンゴが、飴をからめたデザートには向いている。口にやさしい甘い高級リンゴは、調理には不向きのようだ。
 
 杏仁豆腐も、ありそうで無いデザートで、北京あたりでは案外、白いキクラゲをシロップ煮にしたものがよく出てきた。
 香港あたりだと、これに代わってマンゴープリンか西米露。
 西米露、広東語ではサイマイロウ、北京語ではシーミールー。ほんのり甘いココナツミルクに、蛙の卵みたいなプルンプルンとしたタピオカが浮いている。店によっては、さくさくしたメロンの薄切りをアクセントに入れてくれるところも。
 
 まあ、この辺までは皆様ご存知の世界でしょう。
 
■「おしどりマントウ」はいかが?
 
 大陸中国の広東
カントン省の気のおけない店で、夕食の円卓を囲んだときのこと。
 「おしどりマントウ」がお薦めよ、とウエートレスさんが言う。
 
 これ、どんなデザートか分かりますか?
 
 おしどりの肉饅頭では? 
 まさか!(宮廷料理あたりに、ひょっとして実際にあったかも、などと不図
ふと思ってしまったが。)
 ちなみに、マントウ(饅頭)というのは中国では餡の入っていない蒸しパンのこと。豆餡や肉餡入りの蒸しパンはパオツ(包子)という。 
  
 おしどりを象
かたどった蒸しパンか? 
 いえいえ、蒸しパンごときにそこまでは凝りませんよ。
  
 何が出てきたか先に申し上げると、雪のように白い蒸しパンと、これをキツネ色にこんがり揚げたのとが、大皿に12個ずつ並んで盛大に。食べてみるとほんのりした甘さで、そのままでも十分おいしいが、一緒に出てきた小皿がコンデンスミルク。
 蒸したての白いのもいけるが、表面だけパリッと揚がったのにこの練乳をつけて頬張ると、幸せな気分になれた。
 
 日本流のスポンジのような蒸しパンでは、とても油で揚げるわけにはいかない。中国流のマントウは、強力粉を使っているのか、表面がプリプリと弾力に富んでいて、揚げても油はほとんど中に沁
み込まない。
 
■「陰陽の世界」の象徴
  
 なぜこれが「おしどりマントウ(鴛鴦饅頭)」なのか。
 仲睦
むつまじいオシドリの鴛鴦えんおうの契ちぎりにあやかった。
 俗に言うなら「アベック マントウ」「ラブラブ マントウ」といったところか。白いマントウと揚げマントウの仲良しペアだから。
 
 「おしどりチャーハン(鴛鴦炒飯)」というのもある。香港人が大層好きな一品。
  
 薄味のチャーハンを、大きめの丸いグラタン皿に平らに敷いて、その上に二つ巴
どもえにクリームシチューとトマトシチューをかけたもの。
 ちょうど韓国の太極旗のような具合。ちょっとした陰陽の世界だ。
 2つの味のシチューチャーハンを、それぞれ好きなように茶碗によそって食べる。
 2つの味が交じり合って、ピチャピチャ クチャクチャ実に美味い。
 
 そういえば、「太極スープ」と銘打ったスープに香港で出会ったことがある。
 とろりとしたチキン味の白いスープと、ほうれん草と海苔をミキサーにかけたようなヘルシースープが、太極の二つ巴によそわれて出てきた。
 とろみを付けすぎるとスープでなくなるし、とろみが足りないと厨房から食卓に運ぶまでに太極が崩れてしまう。絶妙のとろみ加減、けっこう難しいにちがいない。
 
 おっと、デザート篇のはずが、横道にそれてしまった。
 
■豚の脂身と小豆餡の餅米ケーキ
 
 北京の市街地でもかなり南の方に、四川料理の名店がある。
 豆花飯荘。
 四川省の製鉄会社が出資、スタッフも四川省出身者揃いだ。
 モンペのような服の、小柄なウエートレスさんたち。内装も竹をふんだんに使い、心がなごむ。
 
 さまざまな辛みで口腔をいたぶってくれる四川料理だが、豆花飯荘でうれしいのは、辛み料理の合間合間に出てくるお菓子もの。
 フランス料理のコースの途中の、かわいいシャーベットのような感覚だ。
  
 辛み料理が7品あるとすると、その合間に4品か5品の口休めがある。餡コもの、パイものなど、いろいろ。
 試しに連れて行った香港人たちにも大いに受けた。
 「エッ!?  四川料理は勘弁してよ」という連中を強引に引率したのだが、すでに宴なかばにしてお褒めのことばが来た。
 
 小物のデザートが続いたあと、極めつけが「豚の脂身と小豆餡の餅米ケーキ」。
  
 何だ、そりゃ? と思うでしょ。
 見かけを言えば、ちょっと「引いてしまう」感じの一品だ。
 
 丸い白皿は、巨大なおはぎを塗りつけたみたいに小豆餡で覆われ、その上にさらに、豚の脂身の薄切りが、アップルタルトのリンゴの薄切りよろしくくるりと並べてある。
 円卓に居並ぶ人々は、不安げにコラム子の顔を見る。
 
■クリームケーキの味を中華の素材で再現
 
 ところが、これを食するや否や、
不安は賛嘆に変わるのだ。
 砂糖の沁
みた豚の脂は、口のなかでほんわり融ろけ、餡コの味と混じり合って、甘い生クリームのような食感となる。これがまた、餅米とよく合う。
 目をつぶって食べると、心なしか西洋のクリームケーキを食べているような気がしてきた。
  
 おはぎの中身に、ショートケーキのクリームをのせたら、クリームが米の強さに負けて、デザートとして成立しないに違いない。
 餅米とクリーム味(豚脂)を、小豆餡の力強さでみごとにまとめた絶品だ。
  
 これで思い出すのが、コラム子の故郷 四国・松山市の銘菓「タルト」。甘さ控えめのスポンジケーキで、柚子風味の小豆餡をたっぷり巻いて、外側にグラニュー糖をまぶしたもの。
 
松山藩藩主松平定行まつだいら・さだゆき(三河国みかわのくに出身)が、幕府の命により正保4年(1647年)に長崎に赴き、ポルトガル政府派遣船団との交渉の陣頭指揮をとった。そのときに口にした「南蛮菓子」を、帰任ののち松山で再現させたのが、この「タルト」だったと言われている。
 この「タルト」、頬張ってみると、しっとりとした餡コとスポンジケーキの卵、柚子の香りが一体となって、どことなく、ドライフルーツ入りのクリームケーキを食べているような食感だ。ジャムロールのようでもある。
 
■文明の狭間はざまの菓子職人たち
 ジャムもホイップクリームも知らない松山藩の厨房に、「南蛮菓子を作れ」との命が出て、板場の名人も苦心惨憺
さんたんしたのではなかろうか。
 クリームのまろやかさとジャムの香り高さを、和の食材でどう再現したものか。献上菓子として江戸まで持ち届けても日持ちするものでなくてはならない。
 その苦心の作がこの「タルト」であったに違いない。
 
 松山市の老舗
しにせ、一六本舗いちろくほんぽの「タルト」の宣伝文句に、「ポルトガルから伝来した異国の香り高い南蛮菓子」とある。だが、ポルトガルに柚子風味の小豆餡があろうはずもないから、多分この「タルト」の誕生のいきさつは、松山藩おかかえ菓子職人の工夫にあったろうと思う。
 
 さて、さきほどの四川料理の店の豚脂ケーキに戻るが、残念ながらこのデザートの中国語名が不明。メモを紛失してしまった。豆花飯荘に電話1本入れれば、聞けるのだろうけど。
 試食されたい向きは、事前予約をお薦めする。商社マンに頼めば、すぐやってくれるはずだ。
 一度、レストラン到着後に単品で頼んだら、豚の脂身に赤身が残った「手抜き」品が出てきて、これはいただけなかった。

 ちょっとリスキーなデザートかもしれない。
(平成13年4月30日)
 
 
  
     攻めのスープと守りのスープ
 
 
 マレーシアに行ってきた。
 クアラルンプールの中国料理は行く先々なかなかレベルが高く、香港と比べても遜色ない。
 
 地元のテレビでマレー語の番組をつけたまま、電子メールを打っていた。突然、北京語のニュースに切り替わり、かわいい女性アナウンサーに見とれているうちに15分が過ぎたら、今度は広東語の香港映画、マレー語の字幕付き。
 
 マレーシアでは、実業の実務者ポジションは華僑がしっかりとおさえている。「人種区別」政策が徹底していて、華僑は役所の「偉い人」にはなれない仕組みになっているのだが、社会にきちんと居場所が確保されている。
 
■対照的なマレーシアとフィリピン
 
 マレー人優先を国是とするという、見方によっては「危ない」政策をとっている国なのだが、国民は飄々と棲み分けをしている。
 おかげで中国料理も、みごとに本場ものが味わえる。
 
 フィリピンなど、これと対照的で、「華僑系」と「マレー系」が渾然一体としている。実態としては、「華僑系」の資本も相当に強いのだが、中国人アイデンティティーはあまりオモテに出てこない。通婚も相当に進んでいる。
 
 かくして、マニラで中国料理を食べると、よほどの高級店に行っても妙に砂糖甘く醤油くさく、インパクトに欠ける。調理場に発酵調味料が足りないのかもしれない。
 
 フィリピン人の名誉のために付け加えれば、地元料理はマレーシアよりフィリピンの方が断然うまい。コラム子など、マニラに行くたびに、地元料理の老舗に行くのを楽しみにしている。
 マレーシア料理は、カレー粉べったりになってしまった。しかしフィリピン料理はカレー粉をほとんど使わない。材料の持ち味を生かした焼き物や、内臓の煮込み料理、カラマンシというスダチの酸味を生かしたスープなどなど、バラエティーに富んでいる。
 
■レストランの実力が出る「例湯」
 
 さて、今回のマレーシア、ホテル到着が夜の9時頃で外に出るには遅いので、ホテルの高級中華レストランで食事となった。
 
 同行者のご老人をおもんばかって、駐在員が「ではフカヒレスープでも…」と言うのだが、それをさえぎってお願いしたのが「例湯」。フカヒレスープが特上天ぷらうどんとすれば、「例湯」は素うどんか。
 
 フカヒレスープは、鶏がらをベースに貝柱やシイタケなどで取った高級ダシで勝負する。(ちなみに、フカヒレそのものからは何のダシも出ない。あれはコラーゲンに富んだゼリー状の素材としての価値である。)
 
 それに対して、「例湯」はいわば庶民派で、残り物の鶏がら、魚のアラ、豚バラ、イカ、タコ、レンコン、山芋、ナツメ、などなどを、土鍋でグツグツ煮込んだものだ。灰色にやや紫を混ぜたような白濁した具なしのスープ。見かけはよくないが、飲んでみると滋養が五臓六腑にしみわたるようだ。
 
 10年近く前、大陸中国・広東省の深セン
[土ヘンに川]に長期出張していたころは、行きつけの店でこれを頼むと、高さ30センチくらいの花瓶のような形の土鍋のまま出てきて、これを3杯もおかわりすると、すっかり幸福な気分になった。
 スープがなくなってくると、土鍋の底をさらってこれを平皿に移してくれる。これまた見かけはよくないのだが、すっかり柔らかくなった鶏肉など、スープの甘味が移っていて、ちょっとつまむと旨い。日によって材料が少しずつ違っていて、不思議と飽きなかった。
 
 さて、クアラルンプールのホテルの「例湯」は、ボーンチャイナの中華スープ皿につがれて、すまし顔で出てきた。長さ4センチほどの鶏の脚と、レンコンのかわいい薄切りが4枚、そしてナツメが1個。
 なぜかスープは澄んでいた。
 
 「こりゃ一体何ですかナ?」
と同行のご老人が言われるので、
 「まあ、Soup of the Day というところですが…」
と言ってレンゲですすると、南無三
なむさん! ストックが足りなくて3倍に薄めたのに違いあるまい!
 
 わが愛
いとしのスープに手抜きをしたレストランめ、と一抹の不安を抱いたが、案の定というか、その後の「鹿肉のショウガ炒め、中華クルトン添え」も「インゲンとひき肉の辛味炒め」も、気合に欠けていてがっかりしてしまった。ご老人のご希望で、メニューにない「海鮮湯麺タンメン」を特別に頼んだら、ホタテや海老が盛大にぷかぷか浮いて出てきたが、スープはチキンスープの素で作ったような代物であった。
 まあ、たまにはこういう不作もある、というお話です。
 
■フカヒレスープは旨いのが当たり前
 
 ご老人に申し訳ないことをしたので、次の日は海辺の海鮮料理店で、蟹肉のたっぷり入ったフカヒレスープをご馳走した。
 まあ、旨かったのだが、ちとこれが逆に庶民派にすぎたのか、フカヒレスープに付き物の黒酢を垂らすと、スープの味が簡単に黒酢に負けてしまった。高級店のフカヒレスープは、黒酢を垂らしても簡単には負けない強さがあるのだが…。
 
 北京で駐在員をやり、その後も頻繁に大陸中国に出張したので、中国料理は数知れず食べた。宮廷料理からゲテモノまで、2000食以上にはなるだろう。
 
 人によって好き嫌いがあるものだが、コラム子が嫌いだったのが、広東流の宴会料理だった。
 毎回同じように子豚の丸焼き、ホタテとブロッコリーの炒め物のオイスターソース掛け、蒸した白身魚…。そしてスープはいつもフカヒレスープだった。
 こんなことを言ってはホントにバチが当たるのだが、あまりのワンパターンぶりがつまらなかった。
 むしろ、庶民派の料理の方が、毎回いろいろな発見があって楽しめた。
 
 接待する側になると、レストランとメニューを相談するのだが、やはり無難なところに落ち着いてしまう。特に、スープはフカヒレスープと相場が決まっている。
 一度、フカヒレとは別のスープを出した。接待が続いて、フカヒレスープには飽き飽きしていたのである。
 ところが、定番メニューでないと、何となく中国人のお客さんがたからテレパシーを感じるのだ。
 「あれ? 何でフカヒレじゃなくて、安いスープなの?」というような。
 
■当たり外れが多いが、トライするなら「西湖牛肉羹」
 
 店によってまた時によって、当たり外れが多すぎて、接待には絶対に出せないが、身内だけの席になると注文するのが「西湖牛肉羹」だ。
 
 羊羹の「羹」だからといって、ゼリーではない。
 ことわざに、「あつものに懲りて膾
なますを吹く」というのがある。熱いスープで舌をやけどしたのに懲りて、酢の物までふうふう冷まして食べる、というところから、度を過ぎた用心ぶりを言ったものだが、この「あつもの」が「羹」だ。
 
 「湯麺」、タンメン(スープそば)の「湯」は、さらっとしたスープ。これに対して、かなりとろみをつけたスープが「羹」。確かに熱いと舌を焼きそうだ。
 
 「西湖牛肉羹」は、ミルク色に白濁したとろみのあるスープに、牛のひき肉と中国パセリ(香菜、コリアンダー)を刻んだのが入っている。
 スープのベースは比較的あっさりしている。チキンでも貝柱でもない。ひょっとして牛の骨でとったものか。
 具材の牛ひき肉は、スープを火から下ろしてから入れるので、かすかに生の感じが残っている。その若干の肉の臭みを消すのが、中国パセリの役目だろう。
 食卓には、ウェイターが胡椒を置いてくれる。これも好みで少々振る。
 
 スープには、攻めのスープと守りのスープがあるのではないか。
 フカヒレスープや蛇のスープは、攻めのスープのような気がする。
 それに対して、さきの「例湯」や「西湖牛肉羹」は、守りのスープ、癒しのスープのような気がするのだ。
 
 「西湖牛肉羹」、日本ではこれまたなかなかお目にかからないが、海外旅行でメニューにあったら、一度お試しを。旨いスープに当たる打率は、6割といったところか。リスキーなスープだ。
 ちなみに、フカヒレスープの打率は9割5分といったところ。
 
■癒しのスープのお薦め
 
 わが家では、家族が病気になると、鶏ガラや豚骨を買ってきて、大鍋で5時間ほどもことことと煮る。ショウガと胡椒粒を入れ、枸杞
くこの実なども入れ、長葱やセロリの萎しなびたのなど、要らなくなった野菜も加える。ときどき鶏ガラを箸で突き刺したり、アクや脂をすくったりしているうちに、いいスープができる。
 
 ダシがらを捨てたら、あとは塩を加えるだけでいい。この塩加減がなかなか難しい。万一塩を入れすぎたら、若干黒胡椒を振るといい。
 
 香港に行くと、スーパーなどでお手軽な薬膳スープセットを売っている。種々の漢方の薬材が、大鍋1回分のスープ用に、小分けのセットになっている。枸杞とか山人参とか当帰とか。
 鶏ガラや豚骨とともに、このセットの袋に入っている漢方薬材を加えて煮るだけで、薬膳スープの出来上がり、という優れもの。
 日本でも売ってほしいと思うのだが、まだ見たことがない。
(平成13年4月8日)