新・中華グルメ事情
 

目次

巳年の蛇づくし (平成13年12月1日配信)
毒ガニ、香港を襲う (平成13年11月10日配信)
ニューヨークで出会った北京飯店の味 (平成13年7月29日配信)

 

 巳年の蛇づくし
  
   
   雨に立つ灯台蛇は穴に入る  矢口 晃こう
 
 蛇が冬眠するために穴に入るのは、秋の彼岸のころ。
 穴に入りそこなった蛇を「穴惑(あなまど)い」という。
 
   存分に日を浴びて行け穴まどい  助田鉄夫
 
 こんな天然ものの蛇をいただこうとすると、目が飛び出るほどの価格になるのかもしれない。
 巳年の今年も今が旬。お約束の「蛇スープ」のお話である。
          
 蛇のスープにも2通りある。
 
 白菊の花びらを散らし、 レモングラスの極細切りなども添えて、 陳皮(干し蜜柑の皮)の香りもゆたかな濃厚なスープ。
 「菊花五蛇羹」という。
 「五蛇」というからには、5種類の蛇が入っていることになっているらしいのだが、ほんとかな? という疑念は消えない。
  
  蛇は細切り。何も言われなければ鶏肉のスープかとも思ってしまう。(じっさい、鶏肉をかなり混ぜてごまかす店もあるらしい。)
  たまに、ゼラチン質の浅黒い肉の細切りに行き当たる。
 …… やっぱり蛇スープだ。
 
■ 「羹」と「湯」 ■
 
 蛇のぶつ切りの入ったスープもあった。
 クリアな黄金色のスープに、白身が デン とあった。
 食べるとかわいいあばら骨が、博物館の小恐竜の化石のそばに飾りたいくらいきれいに残った。
 
 さきほどの「菊花五蛇羹」のような、とろみのついたスープが「羹」と呼ばれるのに対して、クリアなコンソメタイプは「湯」と呼ばれる。
 
 「蛇湯」。
 
 「へびゆ」と読むと、おどろおどろしいけども、脂ぎった鯛の吸い物などよりよほど淡白な味わい。
 
 「蛇スープ」というと、ゲテモノの代表格のように扱われる。
 残念至極。
 
 もっといろいろと ゲテモノを食したコラム子に言わせれば、 「蛇スープ」は正統派高級料理である……
 
■ コーズウェイ・ベイの「蛇王二」 ■
 
 香港島は銅鑼湾(コーズウェイ・ベイ)の地下鉄駅を上がって5分も歩くと、蛇の店がある、と聞いた。
 
 実はこの日、夕食は 「煮込み鮑あわび」も出てくる豪華版であった。「ぜひ蛇のスープも!」とお願いしていた。
 ところが、蛇を天敵とする客人もいて、コラム子の願いは叶かなわなかった。
 
 何としても蛇を食べるぞ!
 
 時計は夜10時半を回っていた。
 地下鉄駅から5分以内を見当に、あちこち歩くこと30分。
 
 スープ麺の大衆店の並ぶ界隈かいわいに来て、近いかなと思った。
 そして、ついに見つけた!
 なぁんだ、「そごうデパート」の裏手である。
 
 蛇羹専家「蛇王二」という店。 
 店先には、しゅるしゅる舌を出す黒蛇どもの鉄籠が4つばかり。ウインドーにはイモリ酒のディスプレー。(住所と電話番号はコラム末尾をご参照。)
 20人も入れば満員になる店である。
 
 さっそく「菊花五蛇羹」を頼んだ。
 
■ 鶏肉と鰯いわしの肉のまんなかあたり ■
 
 一般の中華レストランのスープ碗よりひと回り大きい碗に盛られてきた。
 1杯48香港ドル、750円なり。
 
 高級店のとりすました蛇スープに比べると、なにやら妖気がただよっている。むらさき色の煙がひょろひょろと立ち昇ってきそうだ。
 白菊の花びらが6、7片。レモングラスの細切り。定番の添えものに少し安心する。
 
 それにしても、白い肉片のあいまに細切りの黒いものが目立つ。黒蛇の皮の色であろうか。これまで食べた蛇スープには、これほど蛇皮は入っていなかったが、と身震いする。
 
 食すると、陳皮の柑橘かんきつ味が舌を転がった。細切りの椎茸しいたけ、生姜しょうが
 黒蛇の皮かと思われた黒いすじを、前歯でうにゃうにゃ噛んでみると、妙に植物質なので、店のおばば様に問うと、「木耳絲」だという。
 なぁんだ、きくらげの細切りか。
 
 蛇の白肉は、さほど細切りでもなくて、骨をはがした跡がはっきり認められる幅のものもちらほら。イワシの肉のような食感もある。
 
 碗の底の最後の汁をすすると、口にしゃらりと骨の味がのこった。
 いりこだしのお汁をすすりおえるときのような。
 
■ しこしこ感の王者 ■
 
 中国料理のホームページもいろいろあるが、ユニークな料理の紹介で一頭地を抜いているのが、「スーパー食いしん坊達」。
http://www.shanghai.or.jp/articles/kuishinbo/
 ここにも、蛇スープのコラムが。「秋風、菊花の契り、蛇湯」。
http://www.shanghai.or.jp/articles/kuishinbo/25.html#index1
 
 広東省でもマカオに隣接しているあたりでは、ぶつ切りにした海蛇のから揚げをよく食べた。
 この蛇、「水律蛇」という。
 
 衣は粉をまぶしたていど。 塩と胡椒、ひかえめな唐辛子の、 いわゆる「椒塩」味が、ジューシーでむちっと歯ごたえのある海蛇の肉によく合った。ビールがいくらでも飲めた。
 「椒塩炸水律」。
 
 大皿には、ちろちろと肉の残る海蛇の背骨の残骸がうずたかくなった。
 海蛇というと「引いて」しまう人も多いのだが、最上級の鶏肉と形容したくなるような、しこしこ感。
 これを食わずして、中華海鮮を語るなかれ、と申し上げたい。
 
■ 蛇皮づくし ■ 
 
 ビールがうまい、と言えば忘れてはならぬ一品が「炸蛇皮」。
 文字通り、蛇の皮の唐揚げ。
 ほら、駄菓子で、スルメの刻んだのを粉に混ぜて、ちょっと塩辛くスティック状に揚げたのがあるでしょ。
 あれですよ、あれ。
 
 蛇の皮を芯にして、塩コショウ味の衣がついて、パリッ!
 これ、いけますよ。広東カントン省は広州の、蛇の専門店で出てき
ました。
 
 でもね、もうひとついっしょに出てきてた蛇皮の前菜は、誰も手をつけなかった。
 
 蛇皮のしゃぶしゃぶ。
 白黒まだらの模様もあざやかな蛇さんの皮が、3寸たらずの長さに切られて、お皿に盛られております。これを熱湯でしばしボイルし、辛子醤油で食するのでござる。
 十数人の注目のなか、コラム子がひょいひょいと口に運ぶのでありますが、じょりじょりした食感で、お世辞にも「うまい」とは申せませんでしたナ。
 
■ 不法農民の避妊薬養殖 ■
 
 さきの「毒ガニ、香港を襲う」の続きになるが、蛇さんたちも一部では薬漬け養殖でもりもり太らされているらしい。
 
 香港の週刊誌 『壹いち週刊』 平成13年11月1日号が、広東省深{土川}しんせんの『晶報』紙の報道としてレポートしている。
 深{土川}の「不法農民」たちは、蛇を短期間に太らせるために、大量の避妊薬を摂取させるのだ、と。
 
 「不法農民」という熟語もすごいが、人間さまの避妊薬を蛇に食わせるという発想も仰天ものだ。
 蛇屋の店員曰く、「まるまると太った蛇は、みんな『食薬蛇』(薬を食った蛇)ですよ」、なのだそうだ。
 
 『壹週刊』の報道によると、スッポンでも同様のことが起っていて、ほんらい生育に5〜6年かかるところ、避妊薬を食べさせると1〜2年で市場に出せるのだとか。
 これが 近年ひとびとの知るところとなり、スッポンは価格暴落。 浙江せっこう省・江蘇こうそ省・福建ふっけん省のスッポン養殖業者は、その半数以上が倒産してしまったのだという。
 
 うーん、コラム子もあのスッポン煮込みの甲羅のあたりのゼラチン状になったのが、とても好きだったのだけど……。
 
■ ウナギは大丈夫か? ■
 
 大陸中国からの鰻の輸入が増えて、日中間の貿易紛争のひとつになろうとしている。
 
 例によって、この鰻輸入、わが勤務先も係わっている話かもしれないのだが、新聞報道以上のことは知らないので、一般の国民としてコメントさせていただくと ――
 
 大陸中国の養殖場で薬物使用がないか、十分にチェックしてほしいのだ。
 カニもスッポンも蛇も、一部で薬物養殖がなされている大陸中国だ。
 鰻で薬物が使われていないか、疑念をもたぬのが無理というものではないか。
 
 一旦「薬物鰻」が発覚してみよ。
 鰻は、しょせん嗜好品である。おそらく価格暴落は「狂牛病」騒ぎの「牛肉」の比ではないはずだ。
 想像しただけで空恐ろしい。
   
 スーパーに行くと、中国産の鰻の蒲焼と、その倍以上の値段の日本産の鰻が並んでいる。命が惜しいから、日本産の鰻を買うのだが、不当表示でないことを祈るばかりだ。
 安価な鰻弁当の鰻はきっと中国産だろう。これを食べるか食べないかは、食べる人の責任だ、と言ったものかどうか。
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■ レストラン情報 ■
蛇スープの専門店 「蛇王二」
住所  香港銅鑼湾波斯富街24号
電話  +852-2831-0163

 
地下鉄のコーズウェイ・ベイの「そごうデパート」あたりの出口を出て、その辺りの人にお店の住所を見せれば、教えてくれるでしょう。
定休日なし、朝9時半から夜12時まで営業です。
「蛇羹餐」なる「蛇スープ定食」は69香港ドル(1,040円)で、蛇スープに、ご飯(黒々ずんぐりの中華サラミが2個のってくる)とレタスのオイスターソース炒めがつきます。コラム子の目の前で、いかにもサラリーマン然とした香港青年が、飄々ひょうひょうと食っていました。
(平成13年12月1日配信)
 
 
 毒ガニ、香港を襲う
  
  
 上海蟹の季節である。
 
 これまで数十回の中国・香港出張の思い出のなかから、上海蟹との遭遇を披瀝ひれきさせていただこうか…… などと思っていたら、 天の配剤か、香港2泊の出張がはいった。
 しめしめ!
 
 そして、やはり現地取材は不可欠なりと知った。
 
■ いのちを防腐剤にして ■
 
  正式名「中国モズク蟹」、 別名「大閘たいこう蟹」、 通名「上海蟹」。
 上海蟹は、はかない。
 
  9月半ばから11月半ばまでが旬。前半はタマゴをかかえたメス蟹、後半はカニミソたっぷりのオス蟹が旨い、ということになっている。
 
  「ということになっている」と言わざるを得ないのは、これまで食べた上海蟹合計15匹ていどのコラム子に、自らの体験談として雌雄の旬を語る資格がないからだ。
 
  紐でがんじがらめにされ、たまさかひくっと動く目だけが生命の証し。その蟹さんたちを生きたまま蒸籠せいろで蒸す。
 生命こそ最高の防腐剤である!
 
  肉の部分は食べるほどの量もなくて、カニミソをすするとあっという間に終わってしまう。
 寿司屋で軍艦巻のネタにするとすれば、1匹の上海蟹から2俵かん分のカニミソは取れない。
 
■ 雑誌『壹(いち)週刊』の仰天報道 ■
 
  上海蟹の季節は、駐在員泣かせだった。
 
  「まあ夕食でも…」とレストランに行くと、目の前の壁にさも麗々しく旨そうな蟹のポスターが張ってある。
  こちらが 折角 中国語で注文しているというのに、How about Shanghai crabs?  We have nice crabs.  (上海蟹はいかが? いいのが入ってますよ。)とわざわざ英語で切返してくるウエーター。
  予算オーバー覚悟で、高い蟹を注文せざるをえないハメとなる。……
 
  そんな嘆きについて書こうかと思っていたら、今回の出張でわが駐在員の曰く
「いま毒蟹騒ぎでたいへんなんだよ。蟹はもうお客には出せないよ。」
 
  「敵を欺あざむくには、まず味方を欺け」のことわざもある。接待ディナーで高価な蟹を注文せぬための 周到な口裏合わせの工作か? といぶかった。
 いやはや、商社マンやってると、性格が悪くなりますねぇ。
 
  ところが、雑誌売り場で『壹週刊』という雑誌(11月1日号)の表紙に度肝を抜かれた。
  「毒  蟹  襲  港」(毒蟹 香港を襲う) の大見出しを睨にらむ褐色の蟹。得体の知れぬ生肉(じつは犬の肉!)の餌にたかる2匹の蟹の写真。
 
  記事を読むと、「毒」とは抗生物質のことだった。
  人工飼料を使うと、水が汚れる。汚れた養殖池で蟹たちが病気に感染するのを防ごうと、大陸中国・江蘇省の養殖業者らは「蟹薬」と称する抗生物質+ホルモン剤を湖にばらまき続けた。
  この抗生物質がいまや高濃度で蟹の体内に残留しているのだという。
 
  抗生物質入りの蟹を食べ続けると、人間さまがほんとうに抗生物質で治療をしたいときに、 より強い抗生物質を使わないと 効かなくなってしまう。
  抗生物質の種類によっては、妊婦が食して流産につながる例も多々あるのだと。
 
  そして、ホルモン剤は、脱皮促進のため。
  親蟹になるまでほんらい2年から2年半かかるところを、1年そこそこで促成養殖して市場に出してしまうのだと。
  「拔苗助長」の国である。
 
■ 「国情が違う」 ■
 
  香港から取材に行った『壹週刊』の記者が質問する。
「国の禁止規定や試験基準があるはずですが?」
「笑わせるんじゃない。国 情 というものを分かっとらんな。薬剤の量は勘かんじゃよ。市場に出すのに、試験してどうする。売れるときは売れるし、売れぬときゃキレイな蟹でもダメだわな」。
 
  出た!  大陸中国人得意の「国情が違う」という言いぶり。
 
  「国情」というこの単語に最初に遭遇したときのことを、今でも鮮烈に覚えている。
  むかし、といっても今から13年ほど前だが、北京のコンサートホールでピアノリサイタルがあって、そのときも同じことを言われた。
 
  京劇でも見るかのごとき私語の多さに参ったが、まあそれは許そう。
  2人おいて右隣の親子づれが、演奏中にビスケットのセロファン袋を始終パシャパシャいわせているのだけは頭にきた。
  中休みのとき中国語で声をかけた。
「あのぉ、すみませんがねぇ、セロファン袋がうるさいんですよ。みんな迷惑してると思いますよ。静かにしていただくか、あちらの方の空いている席に移っていただけませんか?」
 
  しばしの沈黙のあと、子供をあやす父親が言った。
「あんた、どこの国の人間だ?」
「日本人ですが」
「中国と日本は、国情が違うんだよ(中国和日本, 国情不一様)」。
「コンサートを聞くマナーに、国情の違いなんて関係ないでしょう!」
 
  周囲の聴衆が少しはコラム子に加勢してくれるかと期待したが、空しかった。中休みのあとも、隣の席のセロファン袋の伴奏は止まなかった。
  静かになったのは「小犬のワルツ」のスピーディーな演奏のときだけだった。その瞬間だけ、演奏は「芸当」として見物けんぶつに値する代物となったのだ。
 
  日本の二流新聞に「地球市民」を標榜する人々の文章が載っていると、コラム子などまず思うのだ。
 「あのね、地球市民として大陸中国ですこし修行を積まれたらいかが?」
 
■ ニセ陽澄湖産 ■
 
  紙数の関係でここで止めてしまうと、鬼の首でも取ったかのように、こう「反論」してくる人がいる。
  「中国人はそんな人ばかりじゃない。立派な人もいっぱいいる。私の経験では、云々、云々」。
 
  当たり前である。
  「国情が違う」とうそぶく馬鹿オヤジばかりだったら、あの国はとっくに崩壊している。これを補って余りある、泥の中に咲く蓮の花のような立派な人たちがいるから、あの国はなんとかもっているのだ。
 
  さきほどの毒蟹記事は、揚子江の北の大縦湖たいしょうこの一幕。
  同じ江蘇省でも、上海蟹の 本場として名高い 陽澄湖ようちょうこは、揚子江の南、上海の西、 比較的 天然に近い状態で養殖しているという。
 
  だから、値段も高い。
 
  素性の知れぬ蟹の価格が暴落するなかで、陽澄湖産を香港のレストランで食せんとすれば、1匹300香港ドルから500香港ドル。日本円にして1匹4,500円から7,500円! 
  1匹から啜すすれるカニミソは、握り1貫かん分ほど。
 「上海蟹」の握り寿司というのが世の中に存在するとせば、1俵かん5千円というところか。商品として成立するかどうかの限界まで来ているという感じがする。
 
  そして、先ほどの言い草ではないが、「国情が違う」から、ニセの陽澄湖ようちょうこ産もたんとあるらしい。
  他の養殖池で養殖した蟹を陽澄湖の水に2日だけ浸して「陽澄湖産」と
して売る、なんとも傑作な業者もいると言うが、これがまだマシな方。
 
  江蘇省の役所の統計(これもアテにならないが)によると、ほんとうの陽澄湖産の蟹は年に5万3千匹ていどだとか。
  いっぽう、昨年香港で消費された上海蟹は約1,200万匹(香港から日本その他の第三国に転売された蟹を含まぬ数)。香港人1人あたり2匹という計算になる。
 
  陽澄湖の本場ものが何割くらい香港に流れるのか、定かではないらしいが、かりに3割が香港に流れるとしても1万6千匹。香港に出回る上海蟹のうち、陽澄湖産は750匹に1匹という「確率」だ。
  これで「陽澄湖産」に行き当たるのは、福引きを引くようなものだが、現実には街のそこここで陽澄湖の文字を見るは、これ如何に?
 
  国情が違いますねえ。
 
■ 大陸中国の有機農場 ■
 
  日本経済新聞の平成13年11月8日号に、「ローソンが、大陸中国の契約農場から、改正 JAS 規格に基づく有機栽培野菜を 大量に調達することにした」という記事が出ていた。
 
  「やられた!」と思った。
  (ひょっとしたらコラム子の勤務先の商社が係わっているビジネスかもしれないのだが、この日経の記事以上のことを今のところコラム子は何も知らないので、まったくの第三者としてコメントさせてもらおう。)
 
  これからの日本の農業が大陸中国に対抗するには、農産物の信頼性を売り物にするしかないと思ってきた。
  労賃がタダ同然の大陸中国の農産物に対抗するには、使われている農薬や肥料に心配がないことを売りにするしかなかろう。
 
  ところが、管理さえしっかりやれば、労賃の安い大陸中国は有機・減農薬栽培に最適の場所となる。
 
  これをビジネスチャンスとして生かすのは、確かにいいことだ。日本の農業も、この試練を、せめて明日の飛躍への刺激ととらえてはくれぬか。
 
  ローソンに限らず、「中国産有機野菜」の調達に走る日本企業はこれからどんどん増えていくだろう。
  しかし、お願いだから、厳しい管理と検査の体制を、生産から流通までしっかり維持し続けて、大陸中国産「ニセ有機野菜」の発生を食い止めてほしい。
 
  なにしろ、国情が違う国である。
  いや、国情が違うだけならよい。
  問題は、トラブルが発生しても「国情が違う」ことを自慢げに語ってすませる人たちがいる国だという点だ。
(平成13年11月10日配信)
  
  
  ニューヨークで出会った北京飯店の味
   
   
 米国で中国料理を食べると、いわゆる高級店でも、えてして甘ったるい仕上りに閉口するのだが、その店はドアを開けた途端、空気からして違った。
 部屋にほのかにただよう油っ気、中国山椒の香気。
 これは期待できるぞと直感した。
 
 四川省の銘酒に「五糧液ごりょうえき」あり。
 いささか強烈でもあるが高貴な香りの中国風ジン。
 この銘酒のメーカーが、マンハッタンのビジネス街に、6年前に四川しせん料理のレストランを開いた。
 北京駐在時代に食べ慣れた、北京飯店の四川料理そのままの味で、涙が出るほどなつかしかった。
 
■ 中国酒のダイアモンド「五糧液」■
     
  日中国交回復交渉のときの酒宴で田中角栄首相が何杯も空けたお酒、ということで今だに有名なのが、大陸中国は貴州省の「茅台酒まおたいしゅ」だ。
  北京の駐在員時代に、宴会手配となると、東京から来た人はすぐに「マオタイ酒を」と言うので閉口した。
 
  実は中国人に言わせると、有名なのは茅台酒でも、酒としての優れものは四川しせん省宜賓ぎひん産の「五糧液ごりょうえき」の方だ。
 
  どちらも、ふたを開けただけで芳香が部屋にみちるほどのお酒だけれど、たしかに五糧液には宝石のようなきらめきがあった。それに比べると茅台酒は鈍にぶい玉ぎょくの光というところだろうか。
 
  宴会を自分で手配するときは、店に置いてあるかぎりは「五糧液」を頼んだ。
  東京からの出張者は、「おいおい! ちゃんとマオタイ酒を出さないと 中国側への礼を失するのじゃないかい!?」とばかりに、怪訝けげんな顔をしてこちらを見るのであるが、中国人の客人の方がよく心得ておられて、五糧液がいかにうまい酒かわざわざ宴席で語ってくれる人も何人かいた。
  茅台酒が実力不相応の名声を得て、調子に乗って価格のつり上げに走ったことへの反感もあるように感じられた。
 
  五糧液の「五糧」とは「5つの穀物」という意味。
  コウリャン、粳米(うるちまい)、モチ米、小麦、唐キビの5種類の穀物でつくる、アルコール度39度の蒸留酒だ。
 
■ 力強い中国山椒が織りなす味の深み ■
 
  この銘酒のメーカー「四川省宜賓五糧液酒廠」が、マーケティングのためにニューヨークはマンハッタンにレストランを開店した。
 平成7年のことである。
 
  「調味料はすべて大陸中国からの輸入ですよ」と、きれいな北京語のウェイターが胸を張る。
  なるほどその通りで、北京駐在時代に北京飯店で食べ慣れたオーソドックスな四川料理の味を堪能できた。
 
  四川料理が辛ァい料理のオンパレードであることは、陳建民・陳健一父子の活躍で日本でも常識となっているが、唐辛子を刻んで入れれば四川料理だと勘違いしている店がまだまだ多いのは悲しい。
 
  四川料理の魅力は、舌が痺(しび)れるような中国山椒が唐辛子と張り合って作り出す味の深みにある。
  中国語でいう「麻」と「辣」の共演と言えばいいだろうか。
  「麻」 は「麻痺まひする」の「麻」だ。「辣」 は「辣油ラーゆ」の「辣」。
  
  中国山椒は、日本の山椒より大粒だ。日本の山椒が、香味と苦味からなる控えめな存在なのに対して、中国山椒はしっかりとした存在感がある。
  口のなかで篳篥ひちりきが鳴り出すかのような、あるいは舌のうえを繊細な箒ほうきでサッと掃かれたかのような、そんな力強さがある。
 
  ラー油と味噌の海で豆腐が悲鳴を上げている麻婆豆腐にも、表面が黒くなるくらいに中国山椒が振りかけてある。食べた瞬間に感じる味は、唐辛子の味よりもまず、味噌味と山椒味だ。
 
■ 碗の底のタレと混ぜて食べる担担麺 ■
 
  五糧液レストランの入口の壁のパネルには、ニューヨークタイムズに掲載されたグルメ記事がいくつか拡大コピーで収めてある。
  そのうちの Florence Fabricant 記者の記事(平成12年12月6日)がよく書けていた。
 
  四川省を旅した思い出も綴りながら、彼女は 「四川料理の命は Sichuan peppercorn (四川胡椒粒)だ」 と書く。
  「1970年代以降、ニューヨークでも四川料理が知られるようになってきたが、Sichuan peppercorn を ちゃんと使っている店は少ない。中国食材店に行けば安 く手に入るものなのに」と嘆いている。
 
  彼女の「担担麺(たんたんめん)」についての説明がよく書けていた。
  Little bowl of noodles to be mixed at will with the fiery peanut sauce pooled at the bottom, a popular dish known as dan-dan noodles.
(「担担麺」として知られる人気の一品で、小さ目の碗に盛られた麺を、好みに応じて、碗の底に溜まっている激辛の落花生ダレと混ぜ合わせて食べるもの。)
 
  「え?」と思われた読者も多いのでは。
  日本の中華料理店の「担担麺」は、ただの「辛味挽肉(ひきにく)ラーメン」と化してしまった。すっかり「汁ソバ」のジャンルに押し込められてしまった。
  本物の担担麺は、食べたあとに汁がほとんど残らない。「汁ソバ」ではなく、「混ぜソバ」のジャンルに属する。
 
■ 中華スパイスの誇り高き饗宴 ■
  
  えんじ色のターバンを巻いたインド人のシェフから「インドのカレーこそ世界最高のスパイスの饗宴なり。 悔しかったら 中国食材でもってカレーを作ってみよ」と嘲(あざけ)られた中国人料理人が、悲憤発憤、全知全能を傾けて作ったら、こんな味になるだろうか。
  白飯にかけるとすれば、カレーの勝ちかもしれないが、白麺の伴なら担担麺のタレの大勝利だろう。 
 
  食卓に運ばれる小ぶりのお碗は、稲庭うどんをさらに細くしたような腰のある白い麺で満たされ、 白い麺の上には、中国山椒と辛子で 甘辛く煎り付けた挽肉と、さっとゆでた青菜がのっている。
  箸でかき混ぜると、若干くすみを帯びたミルクチョコレート色のタレが、麺にしっかりと誇り高くからまって表舞台に顔を出す。
  Fabricant 記者が「好みに合わせてタレと混ぜる」と書いているのも、実は混ぜれば混ぜるほど タレが麺にからまって辛くなるからだ。
 
  コラム子が通った昭和末期の北京飯店の担担麺は、タレは絶品だったものの、麺に腰がなくて、画竜点睛を欠いていた。
  五糧液レストランで食べる担担麺のようなうまい麺なら、昼食は毎日担担麺にしていたかもしれない。
 
■ 「花椒」という粋な名前 ■
 
  中国山椒は、中国語では「花椒ホヮチァオ」と呼ばれる。
  麻婆豆腐に振り掛ける花椒は粗挽あらびきだが、一般に「花椒粉」として売られている粉末は日本の山椒よりも細かく挽かれている。
  この花椒粉と塩を混ぜたものを「椒塩チァオイェン」という。から揚げを注文すると、この「椒塩」の小皿がついてくる。さくっと揚ったから揚げに、山椒塩をつけて食べると、「ああ、中国の味だなぁ」となつかしさがこみ上げる。
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■ レストラン情報 ■
 
Wu Liang Ye (「五糧液」)
ニューヨーク・マンハッタン本店
36 West 48th Street (between 5 & 6 Ave.), New York, NY 10036, USA
tel +1-212-398-2308

 
東京の丸の内・日比谷にあたる5番街・6番街の間にある、48丁目のこの通りは、どことなく神田あたりの場末の雰囲気も漂っている。一時代前のビルを2階に上がると、50年前の上海のみたいなレトロな店がある。シャンデリアと漆喰の壁と中国画のミスマッチ。味があまりに本場すぎて、米国人にはややきついかもしれない(ニューヨークのタウン誌を見ても、紹介されていない)が、日本人には絶対のおすすめ。実は、商社マンの接待の穴場でもある。
同じマンハッタンにもう2ヶ所、支店があるのだけど、自分が行っていないのでご紹介できない。本店は、いちおう4回通って味を確かめました。
(平成13年7月29日配信)