役者の国「中国」2002


 
 

他人にウソをつくのもいけないことだが、自分自身にウソをつくと身を滅ぼす。

【目次】

大前研一氏の中国論のチグハグさ(平成14年5月20日配信)
大前研一氏のゆがんだ中国論の理由(平成14年6月3日配信)
中華民国台北市にお住まいの読者からの反響メール
捨て身のWTO加盟(平成13年11月22日配信)
特許件数が物語る「国の底力」(平成13年10月9日配信)


  大前研一氏の中国論のチグハグさ


 
 

【平成14年5月20日配信】
 大前研一氏の著作は、米国人流の見方で日本を一刀両断、それなりの知的刺激を楽しませてもらってきた。
 ところが新作の『チャイナ・インパクト』は、いただけない。
 
 この本、書店に行くと平積みにしてある。宣伝文句によれば、すでに販売は8万部を突破、 「浅薄な脅威論・崩壊論を超えた、まったく新しい中国の見方!」 なのだそうだ。
 大前氏にとって、「中国」は不得意科目だった。 それが、最近になって大陸中国の「明」の部分を見せられ、 あせって書いたのがこの本である。
 ほうっておけない暴論が目につく。 2回に分けて論評させてもらう。
 
 大前氏が『チャイナ・インパクト』の38頁に引く、広東省のある市長の弁が印象的だ。
 
≪珠江デルタにある番禺(パンユウ)市(現在は広州市番禺区)の市長と会談した際、彼は「自分の業績目標は年成長7パーセントです」と語っていた。自分の市のGDPの伸び率として7パーセントの目標を北京から与えられ、これが2年続けて達成できなかったらクビになる、というのだ。≫
 
 番禺(ばんぐ)は、広州市街の南に位置していて、コラム子も車で何度も通過したことがある。アパートや工場が増殖する、わっさわっさとした新開地である。
 

■ これこそ「中央集権」の一典型ではないのか ■
 
 ほんらい企業活動の集積であるはずの「経済成長率」に、市長が責任を持つというのも異常なら、その成長率「目標」が「北京から与えられる」のも異常。さらに、「達成できなかったら」北京の中央政府によって解任されてしまうというのも異常ではないか。
 
 こういうのを「中央集権」的社会主義というのではないか。
 
 ところが何を思ったか大前氏は、
≪日本の市長にもこれを導入してもらいたいと思う≫
と書く。
 
 「先進的」と思っていた広東省の新開地の行政が、かくも北京のコントロール下にあるとは、コラム子にはいささかショックだった。
  ところが大前氏は、朱鎔基(しゅ・ようき)総理の経済政策を賛美しつつ、同じ38頁にこう書くのである。
 
≪朱鎔基革命で地方の自立化が進んだため、今の中国に中央集権という概念は当たらない。≫
 
■ カラーテレビの供給過剰に見る社会主義 ■
 
 番禺市長の発言で、コラム子の積年の謎が解けた。
 
 いまの大陸中国経済の最大の悩みは、「貧しい」ことではなくて、成熟産業の「供給過剰体質」にある。
 供給過剰で、モノが余り、赤字で乱売する。それでも生産を止められない。
 これが、いまの中国の国内企業をおおう悩みになっている。
 
 意外でしょ?
 高度な社会主義の、典型的末期症状です。
 
≪特にカラーテレビでは中国での需要が年間 2,700万台に対し、90社近くに達するメーカーの生産能力は 合計で 7,000 万台に達したとの推計もある。≫
(日経 平成14年5月17日、藤賀三雄)
 
≪中国上場企業の業種別営業収入と純利益の推移を見ると、電機業界全体での純利益は 1997 年以降上向いたことがなく、徐々に下降し 2000 年には赤字に転落しています。…… 安い部材が豊富に調達できる中で、しかも最終組立てメーカーが低賃金の労働力を確保できる中で、何故ここまで悪化したのか。≫
(日本機械輸出組合 JMC Journal 平成13年11月号、森 一道)
 
■ 統計操作への誘惑も… ■
 
 なぜ大陸中国の工場が「在庫一掃、大処分販売」をしながらも商品を作りつづけるのか。
 
 中央政府から、全国の市のレベルにまで、経済成長率のノルマが課されているからだろう。
 たとえ赤字であっても生産を止められない事情を、図らずも告白してしまったのが番禺市長である。
 
 ノルマ不達成でクビが飛ぶとなれば、とにかく工場に操業を続けてもらうしかない。
 それでもダメなら、統計の数字を操作するしかない。
 
 日本の新聞にはあまり出て来ないが、米国の『ウォールストリート・ジャーナル』には、中国の年7%以上の経済成長なるものに疑問を呈する論評がしばしば登場している。
 
 大陸中国の上海周辺(長江デルタ)と広東省沿海部(珠江デルタ)の繁栄は、誰しも否定しないけれど、大中国全体の経済を7%成長に引っ張り上げるほどの牽引力があるのかどうか。
 コラム子など、どちらを信じるかと言われれば、やはり『ウォールストリート・ジャーナル』の辛口コラムの方を信じてしまうのだが。
 
■ 国営企業崩壊後の社会福祉をどうするか ■
 
 中国の「国営企業」が単なる勤労の場ではなく、保育所から養老院までワンセットで備えた生活共同体であることは、よく知られている。
 
 生活共同体だから、簡単には潰(つぶ)せない。
 だから、建前上は国営企業への「助成金」を廃止しても、政府系金融機関による「融資」を垂れ流さざるをえないのが、北京の中央政府の悩みである。
 
 中国では、国営企業に「社会福祉」の機能を任せてきた。  「公司(コンス)」「単位(タンウェイ)」をはなれた福祉制度の整備は、緒に就いたばかりだ。
 だから、国営企業が崩壊したら、労働者とその家族はどうなるかと、その身の上を案じるのが、人間としての普通の感覚ではないか。
 
 ところが大前氏は、この根深い問題をわずか数行で片付けてしまう。
 
≪中国国内の不良債権を隠れた爆弾だという人がいる。 ……
しかし、本当にそうなら国有企業をさっさと潰してしまえばいいだけの話だ。
…… その場合、 国有企業の倒産によって一時的に失業者が溢(あふ)れるかもしれないが、今の中国の旺盛な労働力の需要は、それを吸収するはずだ。≫
(『チャイナ・インパクト』 39頁)
 
■ 繁栄する場所と、衰退の場所 ■
 
 現在の大陸中国で繁栄を謳歌(おうか)しているのは、もともと優等生だった長江デルタ(上海周辺部)と、既存の国営企業が少なく外資誘致に抵抗がなかった珠江デルタ(広東省沿海部)の2ヶ所である。
 
 逆に、赤字国営企業群をかかえて喘(あえ)いでいるのは、満洲帝国時代に日本がつくった工場群を基盤とする遼寧(りょうねい)省瀋陽(しんよう)のような場所である。
 
 大前氏の説を言いかえれば、瀋陽の国営企業を「さっさと潰(つぶ)して」、そこで働いていた労働者と家族が「一時的に」ホームレスと化しても、珠江デルタあたりに移住すれば、またすぐ職にありつけますよ、ということだろうか。
 
 こんな安易な政策論が通用するなら、独裁国中国の政権はとっくに実行しているだろう。
 それが短期間では出来ないから、「朱鎔基革命」は未完のまま選手交代
を迎えようとしているのだ。
 
■ 不思議なウソの数々… ■
 
 『チャイナ・インパクト』を読んでいると、なぜこんな嘘が平気で書けるのかと、首を傾(かし)げざるをえない箇所が散見する。
 
≪中国には全国をカバーするメディアはないし、コマーシャルもすべてローカルだ。≫
(同書、14頁)
 
 中国の地域ごとに市場戦略を変えねばならぬ、という文脈で登場する一文だが、これはあまりにひどい嘘である。
 大陸中国のホテルの部屋で テレビをつければ、 日本のNHKのごとく「中央電視台(テレビ局)」の全国放送を見ることができる。
 NHKと違い、コマーシャル入りである。
 上海・香港の企業のみならず、黒龍江省ハルピンの企業の宣伝もあれば、四川省重慶の企業のもある、というあたりが、日本と趣きを異にするところだろうか。
 
≪発電も、大掛かりな発電所の建設はなかなか進まなかった。そのかわりに…… 工場には効率の高い自家発電を導入してきたのである。≫
(同書、67頁)
 
 発電プラントはコラム子の専門だから自信をもって言うが、中国は20年以上も前から自前で大型発電プラントを造ってきた。優秀な人材を注ぎ込み、ソ連や米国からの技術導入に成功したからだ。
  1990 年代に、広東省や福建省で 送電網整備の遅れからディーゼル発電による自家発電がブームになったのは事実だが、大型発電所に比べて効率が悪いため、陶汰(とうた)されつつあるのが実態だ。
 
■ 次回は大前氏の「中国政治論」のうつろさを ■
 
 大前氏の暴論を正そうとするだけで、1冊の本が書けてしまうような勢いなのだが、どうか次回もお付合いのほど。
 
 
 
 大前研一氏のゆがんだ中国論の理由





【平成14年6月3日配信】
 今から15年前、取引先の重電機メーカー関係者が、中国黒龍江省ハルビンの国営工場を視察して戻ってきた。
 
 「巨大な建屋(たてや)に最新鋭の工作機械。はっきり言って、工場自体はうちの主力工場より立派だね。
労働者が世代交代して、品質管理がうまくいくようになれば相当のことがやれる工場だと思うよ。」
 
 そして、ほぼそのとおりになった。
 
 当時から、中国への輸出にたずさわる商社マンの嘆きは変わることがない。
「売れ筋商品が毎年変わってしまう」。
 苦労して市場開拓しても、1〜2年後には中国の国産品に取って替わられる。
 大陸中国の潜在的活力ゆえの、ビジネスの難しさはここ十数年変わることがない。
 
 「最近3年間で中国は突然変った」などという論者をコラム子はとうてい信用できないのである。
 
■ 「最近3年間で変った」はずの中国の、新たな行政指導 ■

 
 大前研一氏は、香港返還「失敗」の予言が外れてしまったのが、よほど心の傷になっているらしい。
 かつて大前氏は、『Voice』誌の平成7年2月号にこう書いた。
 
≪… 97年の香港返還のときに、大混乱になるにちがいない。  …… 香港にある390億ドルの外貨準備は兌換され海外へ持ち出されてしまうだろう。≫
 
 大はずれ。
 
 だから、 今回『チャイナ・インパクト』を書くにあたって、 大前氏は「転向宣言」から始めている。
 
≪3年前を振り返れば、当時は私も中国が栄えるわけはないと思っていたし、そういうことを書いたこともある。 …… 3年前の中国は明らかにそうだったのだ。どう分析してみても、繁栄の方程式から見放されていた。≫
(同書、37頁)
 
≪ところが、現在は状況が一変した。朱鎔基革命で地方の自立化が進んだため、今の中国に中央集権という概念は当たらない。≫
(同書、38頁)
 
 そういう大前氏にぜひ論評してほしいニュースがある。
 5月17日付の日本経済新聞、藤賀三雄記者の記事だ。
 
≪       中国、輸出価格上げ指導
              工業製品・農水産物に最低価格導入
中国政府はカラーテレビなどの工業製品やエビなどの農水産物を対象に、中国企業が輸出する際の最低価格を取り決める管理制度を導入する。5月上旬から民間の貿易団体を通じ、輸出価格を従来より値上げするよう行政指導を始めた。≫
 
■ 中国製品・中国人労賃の適正価格は? ■
 
 この中央政府による「行政指導」、外資系企業への適用も時間の問題だろう。
 
 「中国人の低賃金をいいことに、外国企業はこれを搾取し、製品を安い価格で輸出しては、中国国外での利ざやで儲けている。中国人はユニクロのような企業に搾取されているのだ!  中国人の労働を適正価格で評価させよ!」
 コラム子が北京の政府官僚だったなら、製品の輸出価格の下限設定や、外資系企業で働く中国人労働者の最低賃金の引上げといった行政措置を推し進めるだろう。時期を見つつ、繁栄する地域から徐々に全国へと。
 外国企業から国富を取り戻さねば、中国国内の巨大な不良債権を処理する原資がない。
 
 大陸中国は、「放(ファン)」 (何でもありの規制緩和) の時代と、「収(ショウ)」(突然の否応なしの規制強化)の時代を、振り子のように行きつ戻りつしてきた。
 外資導入のために、ここ数年「放(ファン)」の時期にあった中国は、国務院総理交代後の来年平成15年あたりから「収(ショウ)」の時期に入るのではないか。
 
■ 大前研一氏のサイドビジネス、いや、新たな本業? ■
 
 大前研一氏は、 遼寧(りょうねい)省 薄熙来(はく・きらい)省長の「特別認可」を得て、大連(だいれん)で新事業の立ち上げに乗り出しているという。
 『チャイナ・インパクト』で自ら得意げに語っている。
 日本語堪能な現地中国人を雇用して、日本語データベースの入力作業センターや、顧客問合せなどを受付ける電話受付代行センター(コールセンター)を運営するのだそうだ。
 
 高度な日本語能力と、日本生活についての常識が要求されるコールセンター業務が務まる中国人が、そう簡単に集まるとは思えないのだが、何と「人材育成」のために大連の地元大学に「日本業務学部」を設置してもらうのだという。
 中国側は、気味が悪いほどの破格の協力ぶりだ。
 
 この事業、「安い人件費」狙いの企業進出だ。
  「特別認可」を与えてくださった薄熙来省長が、「大前研一は中国人を搾取している。賃金レベルを少なくとも 『沖縄の7掛け』 のところまで上げよ」
と言い出したら、それに従うしかない。
 
 大前氏は、遼寧省長の顔色をうかがわねばならない人になってしまった。
 
■ 日本の情報を大陸中国に売り渡す、危険な事業 ■

 
 農薬入り野菜やダスキンの肉まん事件で、中国リスクの思いがけない一面が明らかになりつつある。
 
 大前氏設立の大連企業が手掛けるという「日本語データベース」にせよ、電話受付代行による「入手情報」にせよ、すべては中国政府の情報機関へ横流しされるリスクにさらされている。
 宝の山を、あのしたたかな中国が放っておくはずがない。
 中国人をバカにしてはいけませんよ、大前さん。
 
 大連の大前研一企業を利用されたい向きは、その「情報漏洩リスク」と「サービス価格」を天秤にかけて判断されるがよろしかろう。
 
 薄熙来省長は、中南海(中国共産党の禁裏)で表彰されるのではないか。
 なにしろ、中国人の「安い人件費」をダシにして、潜在敵国日本の生きた情報が継続的に手に入る仕組みが、また一つ出来上がるのだから。
 大前氏に協力を惜しまないはずである。
 
■ 資本家が入党したら、民主政党か? ■
 
 大前氏の「中国共産党」観は、ずいぶんオトボケだ。
 
≪2001年の共産党創立80周年祝賀大会で、江沢民は資本家も共産党に入党させる、経営者も共産党員にする、と宣言するところまできてしまった。
……  これは聞き捨てならない重大なメッセージだ。≫
(『チャイナ・インパクト』 202頁)
 
 大前氏は、これで共産党が「革命政党」から「国民政党」に脱皮し、台湾が北京政権の門に下るのも近かろうという。
 
 とんでもない話だ。
 
 大前氏は「共産党」の本質が分かっていないようだ。
 共産党というのは、社会のすべてのエリートをその傘下に集めることを目指す利権集団である。 共産党の外にいるエリートは、粛清するか、社会的に抹殺するか、党内に取り込むかの何れかである。
 21世紀初頭にもなって、資本家の「粛清」も「抹殺」も難しいから、あとは「取り込む」しかないではないか。
 
  複数政党制で民主選挙がある台湾と、村長レベルの選挙しか行えない独裁政党制の大陸中国とでは、国家体制がまるで違う。
 
  中国共産党が資本家・経営者を入党させることにしたのは、「独裁政党」であり続けるためだ。
 
■ 本質を見失わなかった日経の北代記者 ■
 
 5月22日付の日本経済新聞、北代望記者の記事から引用させていただく。最後のくだりに注目してほしい。
 
≪中国広州市で20日から開いている広東省共産党第9回代表大会に、私営企業の代表が出席した。中国共産党が市場経済を象徴する私営企業家を党の代表として認めたのは全国で初めてとみられる。
…… 中国共産党は市場経済化の進展で党の指導力低下を懸念しており、幅広い層の利益を代表することで一党支配を堅持する狙い。
 
 この最後のくだり、朝日新聞ならデスクが削ってしまったろう。 
 
===
■ 反響 ■
 
中華民国台北市にお住まいの読者の方から5月20日にメールをいただきました。
 
≪台北にある日系企業の事務所に派遣されて働いています。メールマガジンは楽しく読ませてもらっています。
 
5月20日号の「大前研一氏の中国論のチグハグさ(上)」、共感すると同時に、思う所もありメールさせていただきます。
 
大前氏の主張は、大陸の政治体制への配慮ありきで、現在の日本の外務省、特にチャイナスクールと言われる人の間にはびこっているものと何となく同じ胡散(うさん)くささを感じました。
「大事なことは俺たち専門家にさえ任せておけばよい。下々は何も考えなくていいのだ」とでもいうべき雰囲気です。大前氏の主張と「チャイナスクール」の人たちの思考は、ニュアンスは違うでしょうが、ベースには同じものがあるような気がします。
 
政治が誘導する「中国礼賛」に、商業ベースで乗り遅れるな、という大前氏側のあせりがあったかも知れません。
 
これまでの大前氏の主張には納得できる所が多かっただけに、非常に残念です。
彼の著作を読むことは、多分もう2度とないでしょう。
 
私は、父の仕事の関係で、20年ほど前にアフリカに約4年おりました。
父を通じて、日本大使館勤務の人たちと接する機会が多くありました。
 
彼らの話は非常に面白く、日本の国益を実現するためにいかに心を砕いているかを聞いて、自分も外交官になろうと思ったほどです。
実際の外交の裏舞台がそんな甘いものではなく、権謀術数が渦巻く世界であることは、少年だった自分に理解できるはずはありませんでしたが、現地に滞在する日本人外交官たちの「気骨」に揺さぶられたのだと思います。
残念ながら、自分は民間企業に就職してしまったため、その夢はついえてしまいましたが。
 
現在の外務官僚を見るにつけ、「この20年間で外交官の質が変わってしまったのでは」と感じざるをえないのは、非常に残念です。
 
 

   捨て身のWTO加盟





【平成13年11月22日配信】
 大陸中国と台湾中国が、ともにWTOに加盟する。 「待ちに待った」WTO加盟を、北京政権は祝賀しているように見える。
 加盟交渉を推進した朱鎔基首相が「売国奴」と呼ばれた日々は、つかのまの忘却のなかにある。
 
 WTO加盟にともなって大陸中国が公約した「関税引下げ」「金融市場開放」などなど、あの国がもし まともに守れば、ていよく現代版の「植民地」になってしまうが…
 
 10年後に振り返って、今回の出来事の最大の意味は、「台湾」が大陸中国と いちおう対等な形で「通商世界の国連」WTOに加盟することではなかろうか。
 
■ WTO加盟が中国の構造改革を促す、という詭弁 ■
 
 大陸中国の世界貿易機関(WTO)加盟についての日本の報道は、ここ1年ほど、とても分かりにくかったと思う。
 WTO加盟で大陸中国に何かとてもいいことがあるかのような漠たる報道が地を覆っていたような気がする。
 
 たとえば、「WTO入りすると、投資への規制が緩和され外資がなだれ込み、大陸中国は『世界の工場』としていっそう繁栄する」という説明がある。
 
 ちょっと待ってほしい。
 
 ほんとに規制緩和が国益なら、べつにWTO入りなど待つことなく、さっさと規制緩和すればいいのである。
 地場産業にゲタを履かせないと もたないから、規制をしてきた。 それがWTO入りのために譲歩せざるをえなくなっただけのことだ。
 
  WTOに入るということは、平たく言えば「鹿鳴館(ろくめいかん)入り」である。
 
  しかし、鹿鳴館の舞踏会に出るためには、ワルツのステップも習わねばならない。蝶ネクタイもつけねばならぬ。そのお代が高い。
  約束を文字どおり守れば、大陸中国は体(てい)よく先進諸国の大資本の植民地と化してしまうだろう。
 
■ 鹿鳴館入りの代償 ■
 
 主要農産物に輸入割当制を敷き、高率の関税をかけてきた中国。
 何しろ、 農民1人当りの耕地面積0.4ヘクタールという 非効率農業を、補助金で支えてきた。 
 
 WTO入りの際の怖ぁい米国とのお約束で、高関税のゲタを外し、輸出補助金を撤廃すると、
 
≪[大陸中国の]農業省は、小麦だけで2004年までに(中国)国内農家の損害額が60億元(約900億円)に達し、300万人の小麦農家が失業すると予測。農業全体では[失業者は]1,000万人に達するとも推計する。≫
(日経 11月9日号)
 
≪国務院[大陸中国の内閣府]発展研究センターの試算では、小麦・綿花農家だけで1,038万人の失業者が出る。≫(日経 11月11日号)
 
≪農村部の就業者数は、約5億人だが、このうち1.5億人が過剰労働力といわれる。2000年秋時点での推計では、2005年ごろには農村の過剰労働力が約1.8億人になると見る中国経済関係者の予想もある。≫
(鮫島敬治・日本経済研究センター 『中国 WTO加盟の衝撃』(日経)、197頁)
 
 大陸中国の政府機関の予測ゆえ話半分に聞くとしても、いや、話半分ならますます、空恐ろしい数字である。これを前にして、どこをどう叩けば祝賀の気分になれるのだろうか。
 
 もともと悲惨な状況ゆえ、さらに1千万人失業者が出ても大したことはない、という判断なのだろうか。
 
■ 既存の国有銀行に何が残るのか? ■
 
 銀行業の規制緩和もすごい。
 
 WTO加盟の2年後には、外国銀行も中国企業を相手に人民元の貸出や預金受付ができるようになる。5年後には、個人向けの業務ができるようになる。
 
  外国銀行の支店数は 限られているから、 全国の預金が外国銀行に怒濤(どとう)のごとく集中する、といった事態にはなるまいが、大都市の優良顧客は軒並み外国銀行の軍門に下るのではないか。
 
  何しろ中国の4大「国有商業銀行」の不良債権比率が、昨年末の時点で25%だった (中国人民銀行の公式見解)。 国際基準に基づけば40〜50%とも見られている。
 昨年末には4大国有商業銀行で、大陸中国の預金総額の68.4%、貸付の71%を占めた。そして、
≪この4大国有商業銀行は、債務超過なのか。もちろんそうだ。瀕死の状態なのか。 いや、そうではない。 生きているばかりか、じつは盛況なのだ≫
(ゴードン・チャン 『やがて中国の崩壊がはじまる』、164頁)
 
 4大国有商業銀行は、「商業銀行」というは名ばかり。万年赤字の国有企業を相手に、事実上「国の補助金」ばらまきのごとき貸付の垂れ流しをさせられている。
 その恩恵に浴する二流・三流の企業は、外国銀行に近づきたくても近づけまい。
 
 しかし、大陸中国の一流企業と一流の人材は、われもわれもと国有商業銀行を見限るのではないか。
 良貨は外国銀行に集中し、既存の国有銀行に残るは債権債務も人材も絶望的状況、ということにならないか。
 
■ ガイアツ頼みの吉と凶 ■
 
 入社以来中国一筋の同僚に声を掛けた。
「大陸中国、WTOに加盟がきまったね」
「ハッハッ、なんかそうなっちゃいましたね。まあ、何も変わらないと思いますけどね。ハッハッ……」
 
 この御仁、この日は妙に軽かったのだが、以前はこんな会話をしたこともあった。
 
「新聞を読んでいると、WTO加盟で中国は『世界の工場』になる、てな類の、いいことばかり書いてあるんだが、どうなんだろう。ぼくはどう考えてもWTO加盟で大陸中国は損をすると思うのだけど」
「おっしゃる通りですよ。」
「やっぱり?」と身を乗り出した。
 
「中国の若手官僚たちは、WTO加盟を錦の御旗にして、構造改革を一気に進めようと思ってるんですよ。今や中国も、自分たちの底力に自信をつけてますからね」
「肉を斬らせて骨を断つ、の流儀かな?」
「そうとも言えますね」
「でもね、WTO加盟で、下手すりゃ北京政権は崩壊しちゃうよ」
「そうなってもいい、くらいの気持ちの勢いが 若手には ありますよ。まぁ、どこかでブレーキがかかるでしょうね」
 
 大陸中国各地の守旧派からブレーキがかかって、WTO入りの公約が続々と破られる日を予期して、すでに米国など剣を研いでいるところだと思う。
 
■ やがて新たなプロパガンダが始まる ■
 
 楽屋落ち風になるが、実は大陸中国のWTO加盟が決まったその日、コラムを配信すべく1篇書き上げた。
 
 大陸中国を戦艦大和に喩(たと)えた。
 負け戦(いくさ)と重々わかって出撃した戦艦大和。大和が沈まなければ、終戦も受け容れられず、日本は文字どおり破滅に向かったろう。
 「大和を沈めても国を活かす」の心意気を、大陸中国のWTO加盟に見た……
 
 …… というような結びで 盛り上がってしまったのだが、一夜明けて我に返ると、猜疑心(さいぎしん)が雨雲のように広がった。
 
 あの中国共産党が、おのれの利権を捨て、身を捨てて、民族の繁栄のために邁進(まいしん)するものか?  さほど立派な党なら、天安門の6・4事件はなかったはずだが。
 
 もっともありうるシナリオは、WTO加盟時の公約を守る地域と守らない地域が併存する、という状態ではないか。
 
 これから我々は日本のマスコミで、執拗(しつよう)な宣伝放送(プロパガンダ)に付き合わされるだろう。
 WTO加盟時の公約をきっちり履行するモデル地区を取材した番組に、食傷するだろう。
 
 もちろん、敵はもっと芸が細かい。
 公約が守られていない地区で、中央から派遣された官僚たちが必死に関係者を説得したり、取締りをしたりする姿を、お涙頂戴路線で番組の最後に入れるのだ。
 「否応なしに世界に組み込まれていく中国。その新たな挑戦が、今日もまた繰り広げられようとしています」
 …… てな具合のナレーションで、プロパガンダ番組の出来上がりだ。
 
■ 結局は「主権国家」のせめぎあい ■
 
 WTOに入ったら、加盟国はみな お約束を守るのか?
 必ずしもそうではない。
 
≪中国は法規に基づく国ではないので、法規の順守を確保するWTOの通常のメカニズムは十分ではないだろう≫ 
 (『中国 WTO加盟の衝撃』、136頁)
 
 約束を破った国への制裁は迅速に行われるのか?
 
≪WTOの紛争処理プロセスは自動的ではない、という点を理解することも重要だ。加盟国が中国を提訴しなければならず、WTOが自らの意思で行動することはないのである≫
(同書、137頁)
 
 思えば当然のことかもしれないが、「地球市民」らが想定する地球政府などどこにも存在していない。
 ある国家が悪さをしたなら、他の主権国家が国として毅然(きぜん)として立ち向かうしかないのだ。
 
≪中国は多国間の場で自国を攻撃した国々に対して敵対的な影響力を行使し、さらには報復を行うことさえ辞さない。この理由のために、多くの国はWTOで中国に挑戦することをためらうだろう。米国は……おそらくは中国と対決できる唯一の国である≫
(同書、137頁)
 
■ 反米への魔の誘い ■
 
 上にも書いたように、 大陸中国がWTO加盟時の公約を 全面的に反故(ほご)にするとは思わない。
 年ごとに激化する階級格差と並んで、 企業格差、 地域格差もまた激しい。
 この格差、日本人の常識をはるかに超えている。
 
 中国に進出される向きは、どうか「当り」クジをつかんでください。
 公約が反故にされる地域で、血の池地獄の責め苦を味わわれることのなきよう。
 
 大陸中国は、数年後に何かを契機にやおら「居直る」可能性があると思う。
  「WTOは、先進諸国に奉仕する『途上国植民地化』の陰謀集団だ」などと言いつのりつつ、「発展途上国の代表」と称して、「造反有理(反乱には正当な理由あり)」の旗を掲げるかもしれない。
 
  そういうとき、日本人の一定数の人々は、「反米」の匂いを嗅いで、共に燃え上がってしまう。焼け木杭(ぼっくい)に火がつくように。
  これは「左」と「右」を問わない。
 
  どうか、大陸中国の 「反米への魔の誘い」 にお乗りになりませんようにと、これはもう今から、申し上げておきたい。
 
 特許件数が物語る「国の底力」





【平成13年10月9日配信】
 「中国一人勝ち」という言葉がある。
 
 大陸中国の経済の好調ぶりは、一見際立って見える。平成13年上半期、大陸中国の国内総生産は前年比で7.9%の伸びだった。(もっとも、大陸中国当局の発表によれば、だが。)
 
 日本企業の投資も、ASEAN 諸国向けが減り、人件費のバカ安い大陸中国向けの投資が急増している。
 「投資」とは、要するに「現地生産工場を建てること」だ。日本企業の工場のための敷地と労働者の供給源として、大陸中国は大人気なのだ。
 
■ 成熟技術には抜群の強さ ■
 
 「大陸中国で日本の家電製品が苦戦している。逆に中国製家電がインドネシアなど ASEAN 諸国を席捲(せっけん)している」
 
 「今や 大陸中国南部(華南) では、あらゆるパソコン部品が製造されていて、何でも揃う。コスト面で、もはや 日本国内のパソコン製造は お先真っ暗だ」
 
 「北京郊外の中関村は、中国のシリコンバレーで、中国の将来を担う技術開発の拠点だ。留学生がどんどん帰国して、研究開発を進めている」
 
―― などなど、話題には事欠かない。
 
 だからどうした。
 
 コラム子など、これまで十数年、大陸中国ブームと その反動に さんざん振り回されてきたので、今回もずいぶん冷めた見方をしている。
 
 大陸中国で日本の家電品が売れなくなるのは、時間の問題だと思っていた。
 
 コラム子が輸出していた発電プラントなど、数年前から大陸中国へは全く売れなくなっている。(ガスタービンは別だが。)
 
 アジアで、大型発電プラントが一通り自前で作れるのは、日本、韓国、大陸中国、インドだけだ。
 ヨーロッパ諸国でも、大型発電プラント一式を自国で作れる能力があるのは、独・仏・英・伊・露くらいだろう。
 
 大陸中国は、「成熟技術」への対応能力は抜群だ。
 パソコンももはや成熟技術のうち、と思えば、大陸中国で全て作れますと言
われても、何ら驚くには当たらない。 
 
■ 人口圧力を乗り切るための最低線 ■
 
 経済成長率 7.9% というと、いかにも すごい伸びのように聞こえるが、コラム子に言わせれば「今までの経済力が余りにお粗末だっただけ」である。
 ほんらいの実力相応の正常な姿とのギャップを急速に埋めつつあるわけで、大変けっこうなことである。
 
 毎年 約 一千万人の新規労働人口に職と食を与えねばならぬ大陸中国。
 インドネシアなどもそうだが、人口圧力のかかっている国は、成長率が一定のレベルを下回ると社会不安を招きかねない。
 ある意味で「自転車操業」のようなところがある。
 
 大陸中国の場合、この臨界点が「年率5%」と言われている。経済成長率がそれ以下になると「失業者の反乱」が起きるというのだ。
 
 内陸部の農村の「余剰労働力」(満足に耕す土地の無いお百姓さん)は1億5千万人。この人民たちの不満が噴火したらと思うと空恐ろしい。
 
 内乱になって、「不可抗力」「無いソデは振れない」と称して、円借款をはじめとする長期債務を踏み倒されてはたまったものではない。
 日本からの借金をちゃんと返してもらえるよう、大陸中国の人民には大いに働いていただかねばならぬ。
 
■ 自前技術の比率はどれほどか? ■
 
 「大陸中国はすごい」と あまりに誉めそやす人が いたので、こう聞いてみた。
 
 パソコンでも携帯電話でも何でもよろしいが、大陸中国の自前技術で開発・製造しているものがどれほどあるのか、教えていただけぬか?
 脚光を浴びている中国製品のうち、以下の4つの比率やいかに。
 
  (1) 外国企業・合弁企業の中国国内工場の製品 (中国は土地と安い労働力を提供しているだけ)
  (2) 中国企業が海外からライセンスをもらいうけて生産した製品 (同上)
  (3) 中国企業が海外の特許を侵害して生産した製品 (同上、ただし違法)
  (4) 中国企業の自前技術によって生産した製品   (土地・労働力提供以外に、中国人による付加価値が加わっている)
 
 このうち真に「中国の実力発揮」と言えるのは、(4)だけである。
 他は、「土地と労働力」を 海外企業に 安く貢(みつ)いでいるだけのこと
だ。
 
  いろいろと調べてみるのだが、 わが疑問に ピタッと答えてくれる統計はなかった。
 
 平成13年1月〜7月の大陸中国からの輸出は、前年比で 8.4% の伸びだ。
  外資系企業の輸出だけに限れば 15.5% の伸び。
  ところが、国有企業の輸出は 何と 2.6%減(マイナス成長)だった。
 
  こういうのを、「植民地化が進行している」というのではないのか。マルクス経済学者に聞いてみたいものだ。
 
■ 米国の特許統計に表れる、国の実力 ■
 
 特許申請なり特許登録の件数で国際比較をしてみよう、と思いついた。
 そこでこれまた色々と調べたのだが、いろいろな統計の数字が互いに矛盾していて閉口した。
 
 そもそも、日本における特許申請件数と、大陸中国における特許申請件数を比べてみても、実力を比較することにはならないだろう。
 日本では特許申請しても軽く撥(は)ねられるものが、大陸中国では堂々と新特許1件也と認められるかもしれない。審査のレベルが全く異なるであろう国どうしで、特許件数だけ比べても意味がない。
 
 そして行き当たったのが、「米国特許商標局で認められた特許出願件数」の比較だ。
 
 結果は衝撃的だった。
 
  平成12年に同局が認めた特許件数の統計をご覧いただきたい。
http://www.uspto.gov/web/offices/ac/ido/oeip/taf/st_co_00.htm
 
 米国国内から出願された特許で、平成12年に認められたものの件数は合計96,920件だ。
 州ごとの内訳を見ると、カリフォルニア州が19,844件とダントツだ。さすがシリコン・バレーのある州だけのことはある。
 2位 ニューヨーク州 7,029件、3位 テキサス州 6,785件を、断然引き離している。
 
 「海外」からの出願で、認められた特許件数がいちばん多い国は、文句なしに日本である。
 堂々の 32,922件。
 「海外」の部の総数 79,063件の4割強を占めている。
 
 2位はドイツで 10,822件。
 3位につけているのが台湾中国(中華民国)で 5,806件。「中華の民」もがんばっているではないか。
 4位 フランス 4,173件。
 5位 英国 4,087件。
 6位 カナダ 3,923件。
 7位 韓国 3,679件。
 
 以下、イタリア、スウェーデン、スイス、オランダ、オーストラリア、ベルギーと続く。
 
■ 大陸中国の さびしき姿 ■
 
 この順位、それなりに「国の勢い」を納得いく形で反映しているように思える。
 上位に位置する国こそが、世界の希望の星ではないか。
 
 さて、問題の大陸中国なのだが、読者のみなさん、何件くらいあるとお思いか。
 
 ヒントとして申し上げると、大陸中国と香港が別立てになっていて、香港の特許件数は548件であった。
 大陸中国なら 1,000件以上はある、と思われるであろう…。
 
 コラム子もそう思っていた。
 
 ところが、大陸中国から出願された特許のうち認められた件数は、なんとたったの163件だったのである。
 インドも 131件 でいい勝負。
 あのかつての「超大国」ロシアも 185件だ。
 
 特許は、出願するにもカネと手間がかかる。立派な発明がみな米国で出願されるとは限らないだろう。
 しかし、日本ほかの先進国もまた、特許申請を「趣味」でやっているわけではない。将来の「メシのタネ」になるから出願している。
 特許件数は、未来の繁栄のひとつの指標なのだ。
 
■ 大陸中国の社会のありかたに問題が ■
 
 大陸中国からの特許件数は、平成9年には たった 66件だった。それが平成12年には163件となった。
 「わずか3年で2.5倍近くの驚異的な伸びを示した」と、人民日報もハダシの美辞を弄することもできるが…。
 
 台湾からの特許件数がフランスや英国を凌(しの)いでいることでも分かるように、決して「中華の民が無能」なのではない。
 
 大陸中国からの特許件数が、本来ありうべき件数に比べて著しく劣っている
のは、社会体制そのものに問題があるのだ。
 
 有能な人材が ほんとうの意味で自分の好きなことに いそしめる社会、才能を開花させられる社会になっていないということなのだ、今の大陸中国が。
 
 才能のある技術者を 共産党の党務や工場の総務・雑務に かりだして潰(つぶ)してしまう大陸中国。
 そして、技術者は情報共有のマインドに乏しい。個人芸を超えた、集団力による技術開発は、大陸中国の不得意分野のように思える。
 
 ひるがえって言えば、「職人芸」 の世界を尊びつつ、情報の共有化を何らいとわない日本の社会のありかたこそが、わが国の特許件数の多さに結びついているとも言える。
 われわれ日本人は、特許件数に表れる我が国の社会と人情の美点を、大いに誇ってよいと思う。
 
■ 四国愛媛の英雄 中村修二教授のことなど ■
 
 技術開発こそが日本の生きる道であり、特許こそが我が国の未来のメシのタネである。
 われわれは、発明家を「国のヒーロー」として、熱い思いで称(たた)えるべきだと思う。
 
 開発技術で特許を取った技術者は、「会社のヒーロー」として十分な報奨金をもらえるようにすべきだ。
 マスコミは、優れた技術者の活躍を「ふるさとのヒーロー」としてどんどん報道するべきだ。
 
 歴史の教科書も、戦争史・経済史に重きを置きすぎず、技術開発で人類に貢献してきた「国民のヒーロー」たちの姿を活写してほしい。理系の人にも編纂に加わってもらえば、歴史に大いに深みがでるのではなかろうか。
 
 わがふるさと愛媛県の、西宇和郡瀬戸町大久出身の大発明家がいる。
 
 カリフォルニア大学教授 中村修二さん。 わが道を行き、青色発光ダイオードを発明した。 かつての勤務先 日亜化学工業(徳島県)が 中村さんへ支払った対価が不当に少なかった、と今年8月23日にあえて同社を訴えた。(その前に同社が中村さんを訴えたのが発端だが。)
 
 中村教授には、今後もぜひ頑張ってほしい。日本の発明家たちに大いなるエールを送ろうではないか。
 
 中村さんのあの顔、みごとに愛媛県人の顔である。