「戦勝国」中国の屈折


人間のいだくさまざまの感情のなかで、いちばん醜いものは「嫉妬しっと」である。

目次
 
アジア杯「反日」の中国とどう付き合うか (平成16年8月9日配信)
人民日報もハダシの日経「日中片思い」論 (平成16年6月28日配信)
北京で見た「ルポ」番組の現代中国 (平成16年2月10日配信)
「ステンレスの鼠」はどこにいる? (平成15年11月17日配信)
「宮保鶏丁」の宇宙食 (平成15年10月20日配信)
「北京・上海新幹線」は誰のため? (平成15年7月28日配信)
コラム子の写真を載せた China Daily (平成15年7月28日配信)
橋本龍太郎が中国大使に「最敬礼」 (平成15年6月17日配信)
深読みに押し潰される「日本人病」 (平成14年11月28日配信)


  アジア杯「反日」の中国とどう付き合うか 

 
【平成16年8月9日配信】
 何気なく使ってきた「付和雷同」という熟語の意味がようやく分かった。
 
  あれは中国スタンダードに基づく熟語だったのだ。
  アジア杯の「紅衛兵」たちは、まさに付和 【雷】 同の姿そのものだった。
  
 乾杯(カンペイ)!  乾杯! の走馬灯 ■
 
  「日中友好」のイメージの原点は、たぶん昭和47年の田中角栄首相と周恩来首相の茅台(マオタイ)酒で乾杯! あたりではないかと思う。
  
  周恩来、胡耀邦(こ・ようほう)など、日本をうまく立てて日本人の心をつかみ、しっかり実利も追求した大物政治家たちの時代がなつかしい。
  
  今の10代の日本人に、
「かつて <日中友好> を両国の政治家が大真面目に信じていた時代があった」
と言っても、もう わかってもらえないかもしれない。
 
  数ある「反日行動」の中でも、アジア杯の反日は、その「規模」といい「時と場合をわきまえぬ常識はずれ」といい、突出していた。
  これを日本の若い世代が「直視」することとなったわけで、このインパクトは相当に大きい。
  
  たとえて言えば、周恩来首相が田中角栄首相の顔に茅台酒をひっかけてケタケタ笑った、くらいのインパクトがあったと思う。
  
  動乱リスクを誰が笑えるか ■
 
  コラム子は、北京駐在をはじめ、大陸中国関係の仕事を15年ちかく担当した。
 
  一歩踏み込むと病みつきになりそうな「無重力状態」。
  人間が「モノ」と化してしまう不思議な感覚。
  大陸中国のそういう雰囲気が、個人的にはけっこう気に入っている。
  
  しかし、「ビジネス環境」としては、どうか。
  
  常々言ってきたのは、
「中国には <動乱リスク> があります」
ということだった。
  
  農村経済が崩壊して、人民の反乱が起きる。
  共産党と軍がこれを抑えかねて、「官民一体」となって矛先を「日本」企業に向けてくる。
  交渉力のない日本の外務省は右往左往するばかり……。
  
  「だから長期の投資は絶対に止めましょう。全損でもいい、という意気込みなら別ですが。」
  
  「中国商売はひとつの商品が売れる期間が極めて短い。すぐ中国メーカーが類似品を作ります。日本人は短期勝負のモノ売りに徹するべきだ。中国に踊らされたマスコミの口車に乗って深入りすべきではない。」
  
  ……と言っても、「動乱リスク」というのがあまりに荒唐無稽(こうとうむけい)すぎて、なかなか本気で聞いてもらえなかったのだが、今回のアジア杯騒動で少しはコラム子の話も耳を傾けてもらえるかもしれない。
  
 今さら「反日」中国に工場進出!? ■
 
  いわゆる「中国進出企業」というと、多くの場合「大陸中国に自社工場を建てる企業」のことを言う。
  「自社工場」といっても、じっさいには中国の地場企業との合弁を余儀なくされるケースが大多数を占める。
  日本の技術とノウハウを吸い取りたい中国としては、合弁にこだわるのが当然だ。
  
  大陸中国進出の理由は大きく分けて2つあった。
  
(1)「中国の労働力の安さ」― 日本・海外へ安価な商品を供給するため。
(2)「中国の輸入規制への対策」― 中国国内で商品を作って売るため。
  
  タイやフィリピンよりも賃金は安い。
  関税障壁を突破するために中国国内生産は不可欠だ……。
  
  だが、どちらも根拠が薄れつつある。
  
(1)中国の「物価」レベルはASEAN諸国と大差ない。
      ところが労賃はなぜか安い。なぜ安いか。
      じつはそれが「福利厚生費用」抜きの「奴隷」的賃金だったからだ。
      この「奴隷的賃金」が許されなくなってきた。
  
(2)中国自身がWTOに加盟し、かつASEAN諸国と自由貿易協定を結ぼうとしている。関税障壁はなくなりつつある。
  
  カントリーリスクが低くて比較的親日的な東南アジア諸国に工場を建て、そこからASEAN・インド・中国市場をねらう、というのが最も合理的選択ではないか。
 
  もはや大陸中国はたかだか第3、第4の選択とすべきだ。
  日本企業の進出先はASEAN諸国へと回帰すべきだ、というのがコラム子の主張である。
 
  中国の「反日」に対する回答書だ。
 
 不思議の国の労働力不足 ■
 
  『ウォールストリート・ジャーナル・アジア版』の8月6日号に「中国における労働力不足」という、いささか意表をつく論評が掲載された。
  筆者は Yiping Huang(黄一平?)氏。シティグループの経済専門家だ。
  
  満足に耕す土地のない農民が億単位で存在する中国。
  「安い労働力が無尽蔵にある」というのが、これまで大陸中国の売り文句だった。
  
  中国の農村から沿岸地域への出稼ぎ労働者は、昨年11月時点で9,800 万人に達した。年率5%の伸びだという。
  
  ところが驚いたことに、需要がこれを上回り、広東省の広州・深セン・東莞(とうかん)といった合弁工場銀座では、200万人の労働力が不足。
  
  福建省では労働力不足が原因で工場稼働率が80〜85%に下がってしまった。
  
  出稼ぎ労働者に支払われてきた給料は、月収120ドル(約13,000円)ほど。
  ところが最近は、内陸部でもこれに近いレベルの賃金が出るようになり、沿岸地区に出稼ぎに行くうまみが薄れてきたのだという。
  
  沿岸地区は物価も高い。
  社会保険料なしの、かつかつの賃金では、内陸部の「無尽蔵」の労働力が、おいそれとは出稼ぎに来なくなった、というのだ。
  
  正規の福利厚生費を付加すれば、月給 120ドルは 40〜50%くらい上がって然るべき、と黄氏は論じる。
  妥協できる線は20〜30%増だろう、という。
  
  120ドルの30%増といえば、約17,000円。
  バンコクで、わが勤務先が雇っている掃除婦さんの労賃と同じだ。
  
 恐るべき情報漏洩リスク ■
 
  それでもまだ大陸中国がいい、という人にダメ押しで申し上げる。
  
  大陸中国の特殊要因は、身内の中国人がスパイだ、という点だ。
  要すれば、商社であろうが、メーカーであろうが、現地で雇う中国人のうちの優秀な人々は、全てとは言わぬが、その多くがスパイなのである。
  
  「スパイ」とは、ずいぶん前時代的な表現で、ビックリされたかもしれない。
  
  マスコミはこういうことを書かない。
  しかし、中国商売を長年やっている日本人は、目の前の中国人社員から情報が中国当局に筒抜けになっていることを覚悟の上で日々仕事をしているのである。
  
  タイやフィリピンにはこれがない。
  政治体制の違い以前に、勤務先でスパイをやって情報を集めたところで、それを活かせる「当局」が存在しない。
 
  大陸中国には、スパイ情報を活かすための官や党の組織がきめ細かく揃っている。
 祖国愛が宗教化している大陸中国。現地社員は、祖国のためのスパイ行為に罪の意識をもたない。
  
 コラム子も、かつて北京駐在員時代に、1部コピーすればよい書類をわざわざ2部コピーしている現地社員を発見して上司に知らせ、解雇にもっていったことがあるが、これなどはスパイ失格の部類だ。
  
 ほろ苦い「持ちつ持たれつ」 ■
 
  スパイと仲良く付き合えば、スパイ側も持ちつ持たれつで我々を助けてくれる。
  祖国を愛するスパイたちが納得するような互恵の商売をしていれば、動乱が起きても、当局の手入れがあっても、きっと命だけは救ってくれるだろう。
 
  外国企業を生かさぬように殺さぬように、というのがスパイたちの精神なのだから。
 
  社運がかかっているとしか思えない新鋭工場や研究所を、大陸中国に作る日本企業がある。
  技術とノウハウの全てを中国当局に みついで、命だけは助けてもらって日本に戻る覚悟、ということだろうか。狂気の沙汰である。
 
  まあ、大陸中国というのは、仏陀の掌(てのひら)のようなもの。
 
  Oh, my Buddha!
 

 

  人民日報もハダシの日経「日中片思い」論
  
 
 
【平成16年6月28日配信】
 タイのレンタカー会社から運転手つきで車を借りる契約をすることとなった。
 
  「泉さん、契約をレビューしてください」。
  「あいよ」と答えて読み出して、自動車保険の項で目を疑った。
 
  人身事故の際の1人あたり賠償額の上限が10万バーツだというのだ。
  「27万円」である。
 
  日本と2桁、いや2桁半ほど違っている。
  というか、日本の相場は「対人賠償は上限なし、人身傷害5千万円」である。
 
  窓の外にはマンハッタンのように林立する高層ビルが見えるバンコク。
  人の命がこれほど安くてよいものか。
 
  命の値段と社会の品格 ■
 
  隣に座っているタイ人職員に「人身事故の賠償金10万バーツ」というのはおかしくないか、と聞くと、ちょっと寂しそうに微笑んで「そんなものだ」という。
 
  事務所の人事総務部に行って話をすると、やはり「10万バーツ」という賠償額上限はおかしなことではないと、ややはにかみながら言う。
  ファイルされていた自動車保険を見せてもらうと、1人あたり40万バーツ(110万円)が上限になっていた。
  日本とは逆に、「傷害」については「賠償額上限なし」となっていた。
 
  「泉さんね、タイには日本のように得べかりし給与所得分を賠償するという考え方はないのですよ。でも、怪我をした人が生きている限りは、治療してあげないとね。」
 
  駐在員に聞くと、
  「ほんとかどうか知りませんがね、交通事故を起こして被害者がまだ生きていると、わざわざ車をバックさせて殺してしまうという説がありますよ。そのほうがカネがかからないということらしいんですよ。」
 
  ああ、命の値段の安いところというのはイヤだ。
 
  命の値段が安いからといって、この自分自身がタイで何か粗末な扱いを受けた覚えがあるわけではないけれど、何となくワッサワッサした街の雰囲気は、命の値段の安さと無縁ではなかろうと思った。
 
  「命の値段の高さ」と「社会の安定・品格」は、車の両輪のようなものだと思う。
  「日本のどこが好きか?」と聞かれたら、今後は「命の値段が高いことだ」と答えよう。
 
  「連携」志向に「温度差」ありという偏向見出し ■
  
  『日本経済新聞』は、大陸中国について書くとき、しばしば発狂する。
  新聞記者という聖職が「賤業」に転落するのは、そんなときだ。
 
  6月22日の日経1面トップ記事。
  ≪連携望む国  日中で温度差≫、これが大見出し。
 
  ≪日本は中国を重視 
    中国は米国が第一≫。
 
  日本経済新聞社が日本と中国の20歳〜40歳代の国際業務部門の会社員に電話アンケートした結果だという。日本人108名、中国人100名。
 
  設問は、こうである。
≪今後、自国はどの国・地域と関係を強化すべきか≫。
 
  「自国にとってどの国・地域との関係が最も大事か」という設問でないことに注目していただきたい。
 
  日経の設問は、「関係を強化」すべき国はどこか、というものだ。
  すなわち、「現状ではなお不十分なので改善・強化する必要がある」国はどこか、と聞いている。
  だから、「現状の関係で満足すべき」一級の友好国は、自ずと回答の対象から外れるはずだ。
 
  日本の会社員がどう答えたか ■
  
  そう心の準備をした上でアンケート結果を読めば、納得できるのである。
 
≪今後、自国はどの国・地域と関係を強化すべきか≫
 
  日本の会社員の回答は:
 
中国          43.5%
ASEAN     21.3%
米国          19.4%
インド         10.2%
ロシア          2.8%
韓国            1.9%
その他          0.9%
 
  というものだ。
 
  これを以て日経の整理部社員は、アンケート対象の日本の会社員の43.5%が中国との ≪連携を望む≫ と考えたらしい。
 
 日経記者の日本語能力に疑問符をつけたい。 
  「関係を強化する」というのと「連携を望む」というのは全く異なる。
 
  「インドとの関係を強化する」必要があると答えた会社員に、「あなたは日本とインドとの連携が一番大事だと考えているか」と聞いてみよ。
  おそらく100% ノーの答えが来るはずだ。
  
  このアンケート結果を見た韓国人や台湾人は、心穏やかでなかったと思うが、心配することはない。
  あなたがたは、高度文明圏たる「EU」やエネルギーの生命線「中東」と同じ扱いを受けたのである。
 
  (それにしても、「EU」と答えた会社員がこれほど少ないとは!  アンケート調査対象の人選がおかしかったのではあるまいか。)
  
  公司(コンス)の職員たちはどう答えたか ■
  
  さて、今度は中国の公司職員の回答である。
 
≪今後、自国はどの国・地域と関係を強化すべきか≫
 
米国         31.0%
ロシア       24.0%
ASEAN   23.0%
インド         9.0%
日本           4.0%
韓国           3.0%
その他         6.0%
 
  この中国人会社員の回答を見て、「日本」を挙げた回答が少なかったことをもって、日本人会社員との ≪温度差も目立った≫ と日経は総括してみせる。
  
  経済紙のくせに、日経はビジネスを「恋」の一種とでも勘違いしているのではないか。
  
  中国人会社員の回答は、「中国製品を売り込むための対象国」として中国人が現実的にどの国を考えているか、という読み方をすれば、すんなり理解できる。
 
  中国人は、まことに謙虚にも、日本で中国製品がさほど売れるとは思っていないのだ。
  
  一方、日本人会社員の回答は「今後新たに現地工場建設を検討すべき国」を挙げていると読めば、これまたすんなり理解できる。
  
  ≪連携≫相手は「命の値段」で選べ ■
 
  さて、日経のお好きな≪連携≫というキーワード。
  
  日本が≪連携≫すべき国はどこか、と問われたら、コラム子はこう答えよう。
  
  「命の値段が高い国です。」
  
  「命の値段の高さ」は、個人の尊厳を反映している。
  それが文化の多様性を保証し、国に深みを与えているのだ。

  
  「命の値段の高い国」、それは要すればG7諸国である。
 
  ロシアで、命の値段はいかほどか。タイ国並みなのではなかろうか。G7との落差は大きい。
  
  大陸中国は、おそらくタイ国をはるかに下回っているだろう。
  チベット人の命の値段など、ゼロを下回ってマイナスが付いているのではないか。
  
  「命の値段」の国際比較をしたサイトがないか調べようとしたが、うまくいかなかった。
  読者の方でご存知の方がいたら教えてほしい。
  
  おそらく、「愛国心」教育に最も役立つデータはこれだ。
  売国の奴であっても、やはり自分の命の値段は高く見積ってほしかろう。
 
  命の値段の顛末 ■
  
  さて、ちなみに冒頭ご紹介のタイの自動車保険だが、1人あたり100万バーツを上限とする保険をかけることにした。
  270万円である。
  
  タイの物価感覚で言えば、日本の1000万円には相当する。
 
 


  北京で見た「ルポ」番組の現代中国

 

平成16年2月10日配信】
1月は北京とバンコクに長期出張で実に忙しかった。今回はいささか安易ながらその雑感など。
 
  ルポ番組に見る現代 ■
 
  北京は平成8年11月以来。7年ぶりだ。
  とかくわが職場には調子のいい連中もいて、「北京はすっかり現代都市に変わりました」という類の話を散々聞かされてきた。
 
  平成16年1月11日の夜、中央電視台(全国放送の国営テレビ局)のルポ番組を見た。
  <省知事・大臣に聞く  臨時雇い労務者の苦労をどう解決するか> というタイトルだ。
 
  公共事業をはじめとして諸々の土建工事にたずさわる臨時雇い労務者。中国語で「民工」と呼ばれる。
 
  「民工の苦労」というから、低賃金長時間労働の話かと思ったら、そうではなかった。
  何と、給与支払いが滞っている、というのがこの日の話題だった。
 
  低賃金長時間労働なら、「資本主義の搾取」の典型だが、給与払いの踏み倒しとなると、これはもうそれ以前。
 「奴隷労働」である。
 
  この日の取材先は、湖南省と陝西(せんせい)省。
  陝西省の副知事(副省長)が深刻な表情で語っていた。
 
  共産党政権を支える「低モラル」社会 ■
 
  「少なくとも昨年分の給与だけでも全部支払うように各企業の対して指導を行っている。今のところ昨年分給与を全部支払えたのは約30%だ。春節(旧正月、今年は1月22日)までに達成率は35%まで上がると思う。」
 
  ……この調子で行くと、達成率8割が来る前に夏になってしまうのではないか。
  相当深刻な状況だ。
 
  「民工は、雇用者との間できちんと就労契約を結ばず、口約束だけで作業に従事する者が少なくない。」
 
  「このため、企業が給与支払いを滞らせた場合に、行政が企業に対して指導をしても、うまくいかない。企業側は『民工に給与を払う必要なし。契約がないのだから』と居直る始末だ。」
 
  ……こういう「民工の悲劇」が起きないように、社会主義革命があったのではないか、などと思うのだが、いや待てよと思い直した。
 
  これは経済体制の問題ではない。それ以前の、「モラル」の問題だ。
  そして、根底に存在するのが「絶対的貧困」。
 
  おそらく「民工」たちも、賃金がもらえぬリスクは承知で働いているのだろう。
  お飯(まんま)と雨露をしのぐ場所があればよしとする、失業農民たちであってみれば。
(でなければ、賃金支払いが滞った企業は、労務者が離れていって、あっという間に操業できなくなるはずだ。)
 
  「低モラル」と「絶対的貧困」が存在するところ、ヤワな政権では国がもたない。共産党独裁を知識人も支持せざるをえない所以だ。
  ゆっくりとモラル向上と貧困解消を図る以外に、独裁政権解体の道は無いのだろうと思う。
 
  「旅行社」奮闘の記 ■
 
  平成16年1月12日。今度は北京電視台(北京の地元テレビ局)を見ていた。
  中央電視台に比べるとやはり都会的だ。
  たぶん上海電視台なら香港並みなのだろうなぁ、などと想像する。
 
  ルポ番組。
  モルタル造りの掘っ立て小屋とでもいうべき、平屋の住居の入り口に看板を取り付けて国鉄切符の取次ぎ業を営む女性。
 
  ルポ記者が客を装って切符を申し込む。
  切符代のほかに、手続き料として15元(約200円)取られた。
  法定の手続き料は5元(約65円)なのに。
  手続き料の領収書は鉄路局(鉄道局)の名を騙(かた)ったニセものだ。
 
  翌日、記者が警察を連れて再びその場所に行った。
  警察は、女性の事務机のなかにあるニセ領収書などを押収。戸口の看板を壊すと、女性を警察車に乗せて行った。
 
  別の旅行社。
  警察が立ち入り検査。
  「この旅行社では航空券取次ぎしか認められていないのに、鉄道切符の取次ぎも行っている。違法営業だ!」
  数人の職員がうなだれて警察の車に乗り込む。
 
  「違法な旅行社を利用するのは、便利かもしれませんが、あなたが便利を享受することで、買えるはずの切符を買えなくなる人もいるのです。違法な旅行社がいたら、ここへ通報してください」
というアナウンスで番組は終わった。
 
  うーん。ニセ領収書は論外としても、旅行社の鉄道切符取次を制限するのはいかがか。社会主義的非効率の典型のようにも思える。
 
  現代化とは「異常の正常化」■
 
  世直しをめざした社会派ルポが大陸中国のテレビに本格登場したのは、8〜9年前くらいだったろうか。
  その当時はずいぶん新鮮な感じがした。
 
 理知的で正義派の記者たちを見ていると、一晩じっくり語り合いたいような親近感を覚える。
 
  北京が「変わった」と散々聞かされていた。
 
  「なつかしい北京が消えていたとしたら寂しいな」。
 
  北京に着陸し、滑走路のそばをゆっくり歩く着膨れした男を窓外に見て、「あ、北京だ」とうれしくなった。
  飛行機を出た途端に、練炭のにおいが混じったような空気が迎えてくれて、「北京に来たぞ」とうきうきした。
 
 円借款で建てられた北京空港の新ターミナルは、けっして華美ではなかった。
 築30年のソウルの金浦空港並み。まあ、これなら許せるか……。
 
 円借款御殿といえば、クアラルンプール空港のほうが飛び抜けてデラックスだ。
 
 北京飯店の東側の一帯は、再開発ですっかりきれいになっていた。
 首都の中心部というのに、十数年前まで平屋のモルタル掘っ立て小屋が並んでいたところだ。
  これは昔の姿が異常だったのであって、再開発してようやく都市の正常な姿になったのだ。
 
  北京の一般住民が利用する食堂やレストランも、衛生状態が格段に向上して、我々外国人が利用するのに抵抗を感じる必要が全く無くなった。
  これまた、昔の異常な姿がようやく都市の正常な姿になった一例だ。
 
  諸外国並みに向上してきたセンス ■
 
 雑誌文化もずいぶん向上してきたようだ。
 
 『消費者 meimei』『都市主婦』という2つの雑誌を空港で買った。
 
 『消費者 meimei』は、カバーガールがとってもかわいくて、吸い寄せられるように買ってしまったのだけど、これが 胡 可 という女優で、いま中国の学生人気ナンバーワンらしい。
  雑誌のなかほどで、L’Orealの化粧品紹介の記事でモデルとして登場していた。
 
 222ページ全てカラー刷りで定価16元(約200円)。20代の女性向けのファッション・生活雑誌。
  「最IN恋愛+購物指南」(いま一番トレンディーな恋愛+ショッピングガイド)がキャッチフレーズだ。
 
 いささかやぼったい着こなしのページも数ページあるが、それを除いて、漢字を簡体字から繁体字に変えれば、香港や台湾でも十分通用する。
 センスの向上著しい。
 これも、昔の姿が異常だったのであって、センスが向上してようやく正常な姿になったのだ。
 
 出版社は「消費者雑誌社」なのだが、その上に「中国社会科学院経済研究所主管」とある。
 あわてて『都市女性』のほうを見ると、出版社は「都市主婦雑誌社」だがその上に「中国軽工業連合会主管」とある。
 
 この辺が「社会主義中国」と首の皮1枚つながっているところだろう。
 
  十数年前は、雑誌といえば薄っぺらいワラ半紙刷りが定番だったから、地場の編集部がこれだけのファッション雑誌を作るというのは確かに隔世の感がある。
 もちろん、昔ながらの野暮な雑誌も健在で、この辺の混沌がコラム子は大好きだ。
 
  繰り返し言うが、「昔の姿が異常だった」のであり、「ようやく正常な姿になってきた」のだ。
 世の中のメディアは、「中国の変化」をもてはやし過ぎだと思う。

 

  「ステンレスの鼠」はどこにいる?

  

【平成15年11月17日配信】
 「西安寸劇事件」。
 …という見出し語が歴史辞典に収録される、ことはまさか無かろうと思いつつ。
 
 11月5日の日経社説は、
≪双方に反省迫る「西安事件」≫
だった。
 
 「西安事件」といえば、昭和11年に張学良が蒋介石を監禁・脅迫して、国民党・共産党の共同戦線を実現したという、あの中国近代史上の歴史的転換点を指すのだが。
 
  「大丈夫!」の明るい声に送られて ■
 
 寸劇事件でも「西安事件」になるのなら、コラム子にもささやかな西安事件があった。
 
 ときは昭和63年、だから今から15年も前である。コラム子の北京駐在員時代。
 コラム子の母と義母が、観光に来るという。
 
 これを機会に、秦の始皇帝の兵馬俑(へいばよう)を見に行こうではないかと思いつき、西安への1泊2日の旅行を計画した。
 
 観光案内をいろいろ読んで、1泊2日ではとても足りないと思った。
 2泊3日旅行にしよう。
 
 そりゃネ、商社のネットワークを駆使すれば、完璧な旅行アレンジができますよ。
 でも、公私混同はいかがかと、いささかの良心が働いて、わざわざ地場の旅行社に出向いて手配を頼んだ。
 
 1日目の朝、北京を発ち、3日目の夕刻に西安から戻るというスケジュール。
 ……のはずだった。
 
 旅行社との相談は円満に終り、「没問題!(だいじょうぶよ)」という明るい声に送られて、旅行社をあとにした。
 
  「大丈夫!」の世界は続く ■
 
 さて、航空券をもらいに旅行社に行ってみると。
 
 「泉さん、ごめんなさい。ご出発の便は夕方の便しか取れませんでした」
 「え!? 何とかならないの?」
 「それが…、朝の便は全部満席で…」
 
 普通の日本人なら、もう一押ししたんでしょうけどね。
 いや、私だって、もしこれが業務上のことなら、他のルートをいろいろ当ったと思いますよ。
 でも、プライベートの旅行だったから、いとも簡単にあきらめました。
 
 実際、当時は飛行機便の予約は結構たいへんだったのです。業務で身に染みて分ってました。
 旅行社の女の子の非情な一言で即座に、「では1日目の北京市内はどう過ごしたもんかいな」などと、あれこれ思い巡らしはじめたのですな。
 
 柔軟の極致というか。
 
 ところで、3日目夕方のフライトは?
 「取れていることは確認できているのですが、どの便が取れたか連絡がないのです。でも、泉さん、大丈夫ですよ!」
 
 この旅行社のお嬢さんが、けっこう美形で、コラム子は「西安―北京」便のクーポン券だけもらって、ニコニコしながら旅行社をあとにしたのでありました。
 
  ああァ、やられた! ■
 
 さて、西安に着きました。
 
 かつての長安の都に来たからには、唐の都の風情も何がしか楽しめようか、などと漠然と夢想していた。
 
 まあ、やっぱり唐の都の長安の面影などというのは、残っているものではないのですね。
 それを一瞬でも期待した私があさはかというものでした。
 
 揚子江以北の古代文明は、人民まるごと、北方民族によって滅却(めっきゃく)し尽くされたということを、本を読んで知っていながら……。
 
 西安のホテルのロビーで、旅行社の人と会った。
 3日目のフライトは「朝8時出発」だった。
 北京で頼んだのは「夕方」の便のはずだったのに…。
 
 旅行社のおじさんも、さすがにキマリ悪そうで、
「対不起。没弁法。」
 (すみませんな。どうにもしようがないス)
と言うのだった。
 
 夕食が済んで、街をちょっと歩いてみた。屋台の数かず、活気があった。
 (屋台の裏の様子を見た途端、ひやかし気分も失せてしまったのだけど。)
 ああァ、もし西安の旅を1泊2日で設定していたなら、この露店街を見ただけで翌朝北京に帰ることになっていたのだなァ…。
 
 こうなったら1日で西安をエンジョイせねば! と商社マンのプロ意識が俄然(がぜん)かき立てられ、翌日の観光アレンジは完璧だった。
 結局1日で見どころを見てしまいましたから。
 
 もし仮に1泊2日の旅にしていたら、語れば爆笑を取れること間違いなしの悲喜劇となっていただろう。
 ああァ、またやられた! で済ませてしまったけれど。
 
ズレにズレるリスク ■
 
 今回の「西安寸劇事件」。
 報道によれば、寸劇にまったく関係のなかった8名の学生まで退学して帰国するハメになったことなど、ほんとにかわいそうだ。
 
 人間の集団というより、「生き物の群れ」と化したような文革風のデモ隊は、さぞ怖かったと思う。
 
 それでも、もしかりにコラム子が巻き添えを食っていたら、やはり、
「あァ、やられた! これも中国リスクだ……」
と即座に割り切ってしまうかなと思う。
 理非を議論しても仕方のない相手だから…という諦(あきら)めにすぐ支配されてしまう。
 
 今回犠牲になってしまった学生さんたちには、台湾国の首都台北あたりでぜひ勉強を再出発してもらえたらと思います。
 
 「西安寸劇」は、新華社の報道によればパフォーマンスの途中で既に制止されていたらしい。ふつうはそれで一件落着です。
 ところが翌日の昼飯時になって、やおら数百人の学生が動員された。
 
 紋切り型に言えば、「反日運動の暴発」。
 中国分析専門家風に言えば、「反日運動の形を取った、北京政府への当てつけ」。「敵は本能寺にあり」というのが中国人の屈折した闘争パターンですから。
 
 『タイム』誌11月17日号。「誇りと偏見」と題した報道を読んでいて、日本人側と大陸中国人側の意識のズレに、はたと気がつくところがあった。
 
  「戦略性」のある国民と「行き当たりばったり」の民 ■
 
 西安寸劇事件といい、珠海ホステスパーティー事件といい、日本人の感覚と大陸中国人の感覚に、こんなにもズレが生じてしまったのはなぜだろう。
 
 日本人からすると、発端となった寸劇やパーティーの悪趣味ぶりに顰蹙(ひんしゅく)しつつも、中国人だってそこまで激昂(げっこう)することはないんじゃないの? と、中国側の対応の大袈裟(おおげさ)ぶりに鼻白(はなじろ)んだ向きが多かったのではないか。
 
 大陸中国のインターネットで飛び交った批判・非難は、寸劇やパーティーを「単なる悪趣味」とは解さずに、「中国民族を中傷・侮蔑する意図・戦略をもってわざと行った行為」と深読みしたものが多かったらしい。
 
 「南京大虐殺」プロパガンダや「尖閣列島」奪取キャンペーンなど、日頃から戦略性を極めた行動を取っている国柄ですからね。
 そういう自分の胸に手を当ててみるとき、日本人の単なるハプニングにも「戦略性」を深読みせずにはいられないのでしょう。
 
 この感覚、ぴんと来るものがある。
 大陸中国人と接していると、しばしば<無重力状態>に投げ込まれるような気楽さがあって、そこはいいところなのだけど、何気ないことを妙に深読みされて、どっと疲れてしまうこともあるのだ。
 
  「嫉妬」こそ人間最悪の劣情というけれど ■
 
 『タイム』誌報道の次の一句が本質をついているように思える
 
 <<a peculiar admixture of nationalist pride and developing-nation shame>>
  ≪自国を誇る熱い思いと、開発途上国なりのコンプレックスの奇妙な狭間(はざま)≫
 
 『タイム』誌は続ける。
 
≪西安市西北大学の中国人学生たちの寮は、空調もない8人部屋。一方、外国人学生たちは、お湯の出るシャワー付きの、はるかに居心地のいい1人部屋にいて、中国人学生から隔絶している。≫
 
≪中国人学生たちは、日本人学生はお高くとまっていると話すのだが、取材をした中国人学生のなかで日本人学生と話したことがある者は誰もいなかった。≫
 
≪ある経済学部の学生曰く、「日本人学生を学食で見かけるけど、食事のあとで必ずテーブルを拭くんだよ。中国人学生はそんなことしないから、きっと日本人学生は中国人学生のことをバカにしてると思うよ」。≫
 
 この最後のくだり、いくらなんでも誤訳じゃないかとお思いの向きもあるかもしれませんから、念のため原文を ――
 
<<"I see them in the cafeteria.  They always wipe their tables after they eat.  Chinese don't do that so I think they must look down on us.>>
 
 ここまで来るとコンプレックスもかなり病的で、とても相手にしていられないという諦念(ていねん)に沈んでしまう。
 
無罪のネズミへの尋問 ■

 中国人のこのコンプレックスは、内陸の中国人があるていど平均的に豊かになって健全な自信をつけないと解決されないだろう。
 
 共産党政権が宇宙軍拡や新幹線などにカネを使おうとしているうちは、それも見果てぬ夢だろう。
 
 そんな共産党政権への憎しみを改めて沸沸(ふつふつ)とかき立てられたことがある。
 日本のマスコミで報道されたかどうか定かでないのだが、「ステンレスの鼠」の話だ。
 
 ペンネーム「不銹鋼老鼠」。
 「不銹鋼」は「ステンレス鋼」、「老鼠」は「ネズミ」の中国語だ。
 
 本名、劉 荻 (りゅう・てき Liu Di)。23歳の女性。
 
 北京師範大学心理学科4年生の学生だったが、平成14年11月7日に北京市公安局に拉致された。
 以来、1年が過ぎるが、家族との面会すら許されない。
 
 写真があるのでご覧いただこう。
http://www.peacehall.com/news/gb/china/2002/12/200212090645.shtml
 ほとんど中学生のようにも見える。地味だが笑顔のすてきな女子学生。
 
 検察当局は「劉荻無罪」の判断を下したというのだが、公安当局は釈放に応じない。
 さすがに大陸中国の法律にも違反する捜査行為だ。
 その言い訳がふるっている。
 
 「本人の罪状追及のために拘留しているのではなく、本人が関わったと思われる非合法組織について質問をさせてもらっているだけだ」。
 
  機知と筆力 ■
 
 北京市公安局の理不尽な拉致から1年が経つのを期して、米国の一流紙は論評を掲載していた。
 だからコラム子もこのコラムが書ける。
 
 日本のマスコミは、どうだっただろう。
 
 『クリスチャン・サイエンス・モニター』紙 11月6日号、ロバート・
マークワンド記者 「中国を鳴動させた<ネズミ>」。
 『ウォールストリート・ジャーナル』紙 11月7日号、ソフィー・ビーチさん 「現代中国の象徴となった、勇気ある学生」。
 
 劉荻(りゅう・てき)さんがいったい何をしたのか。
 
 機知に富んだコメントの数々をインターネットの掲示板に書き込んでいく「ステンレスのネズミ」は、中国人のインターネット世界でちょっとした存在だったらしい。
 
 ソフィー・ビーチさんが紹介する、ある劉荻エッセー。
 心と魂がサイバースペース(電脳界)に存在し、肉体のみが実世界に残る、そんな想像上の世界…。
 
≪そうして、およそ人間らしい生というものが電脳界のなかに移ってしまっても、共産党は実世界を抑圧しコントロールしようとし続けることだろう。で、それにいったいどんな意味があるというのか。≫
 
 劉荻さんについての評論をインターネットで読むと、皆が、そのみごとな筆力を賞賛していた。
 そんな劉荻さんの文章をコラム子もようやく読むことができた。書評の一文だ。
http://www.peacehall.com/news/gb/pubvp/2002/12/200212021352.shtml
 
 知的に成熟した文体。
 言葉がぴちっと締まっていて、いい文章である。
 あァ、中国語ができてよかった! と思わせてくれる文章、と言えば最大の賛辞になるだろうか。
 
  愚者の帝国 ■
 
 劉荻さんのような本物の知性が自由に動きはじめることが、中国共産党にとっては何よりも怖いのだろう。
 
 劉荻さんを釈放せよという声は、中国人の間にも上がっていて、数千名の署名者のうち 300名以上が実名でアピールしたという。
 そしてさっそく、署名集めを企画した著名な随筆家が逮捕された。
 
 こういう、大陸中国の体制の陰湿さが、日本ではなかなか報じられない。
 そういうひょろついた沈黙こそが、中国人をつくづくバカにした行為だとコラム子は思うのだ。

 もちろん、それに気がつきもせず、日本のマスコミの追従(ついしょう)ぶりに満足している中国共産党こそ、最大級の憐れみに値するのだが。
 
===
  
【平成15年12月15日配信】
  11月17日号「ステンレスの鼠はどこにいる?」でご紹介した 劉 荻 さん。
 ようやく釈放されたようです。
 
 「Stainless steel mouse が11月28日に釈放された」。
 12月1日にロイター通信が報じていました。
 
 この配信誌の、ある読者の方から
「香港の新聞で劉荻さん釈放の報道を見た」
とお知らせがあり、Yahoo! で記事検索をして確認できました。
 
 ロイター通信の報道は、
「劉荻さん釈放が中国・温家宝首相の訪米を控えて行われた」
ことを指摘しています。
 
 大陸中国政府は、米国の政治文明を恐れて、劉荻さん釈放に踏み切ったのに違いありません。
 米国という国のあり方、米国民のあり方、そして米国のメディアが劉荻さんを忘れなかったことが、専制と偏狭から劉荻さんを解放したと言えるでしょう。
 
 専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めることのできる米国民のあり方をまたひとつ見た思いがします。

===
 
【平成16年1月1日配信】
  「ステンレスの鼠」。大陸中国の大学生、劉荻さんのペンネーム。
 
 「それはきっと米国のSF作家ハリー・ハリソン (Harry Harrison) の作品 The Stainless Steel Rat から採った名前ですよ!」
と指摘してくださった読者の方がおられました。
 
 米国のクリスチャン・サイエンス・モニター紙も、ウォール・ストリート・ジャーナル紙も、stainless steel mouse と紹介していたのですが、きっと読者の方の説が正でしょう。
 
 メディアにとって最大の宝と誇りは、ハイレベルの読者の方々です。
 


 「宮保鶏丁コンパオチーティン」の宇宙食

 

【平成15年10月20日配信】
 中国共産党の軍隊が打ち上げた有人宇宙船についての英文記事で、taikonaut という新語を見た。
 
 「宇宙飛行士」というのは、ヨーロッパ系の言語では特異な扱いをされていて、「西側」諸国の飛行士は astronaut, ロシアの飛行士は cosmonaut と呼ばれてきた。
 
  中華世界が生む新語 ■
 
<<Since Yang rocketed from the Gobi Desert Wednesday, China's state media have uncharacteristically begun blowing fuse after fuse in its effusive coverage of the taikonaut.>>
 
≪楊[利偉中佐]が水曜日にゴビ砂漠からロケットで飛び立ってからというもの、中国の官製メディアは “太空人”についてのハデな報道を、これでもかこれでもかとばかりに繰り出し始めたが、それは異例の力の入れようだった。≫
 
 米国ボストンのクリスチャン・サイエンス・モニター紙平成15年10月17日号 Robert Marquand(マークワンド)記者の「英雄なき国に帰ってきた英雄」という評論文より。
 
 中国語で「宇宙空間」のことを“太空 (taikong)”ともいう。
  「宇宙飛行士」は“太空人”。
 記事末尾の新語 taikonaut は、taikong + naut の合成語。
 
 たぶん、アメリカともロシアとも違う、中華飛行士の「異質さ」を一語に凝縮したものだろう。
 
 Yahoo! で "taikonaut"で検索すると、この単語が 中国人宇宙飛行士誕生を見越して、だいぶ前に作られていたことが分る。
 
(注:
「宇宙飛行士」は、中国語では“太空人”のほか、“宇宙飛行員”“宇航員”“航天員”などいろいろな言い方があります。)
 
  宇宙で味わう庶民の一品 ■
 
 今回の中国共産党軍の有人宇宙飛行の報道で、いちばん興味深かったのが「宇宙食の献立」だった。
 
 なんでも、「宮保鶏丁」と「魚香肉絲」だったそうだが、どちらもコラ子の大好物である。
 
 四川料理のうちでも庶民的な品。北京駐在時代に北京飯店の大食堂で食事するときは、2回に1回は必ず注文した。
 いわゆる「ご飯がほしくなる」「ご飯がいくらでも食べられる」という類の、あれです。
 
 「宮保鶏丁(コンパオ・チーティン)」は、鶏肉のサイコロ切りとピーナッツを炒めたもの。
 
  油でカリカリになるまでいたぶられた、野性的なまでにズングリ太い唐辛子が、皿のあちこちに散見し、食の挑戦へといざなってくれる。
 
 「魚香肉絲(ユーシァン・ロウスー)」は、豚肉の細切りを甘辛く炒めたもの。
 
 ニンニクやネギの類のみじん切りのクタクタに唐辛子も加わって、味噌炒めなのに味噌くさくない。
 魚醤を使うわけではないらしいのだが、あたかも魚醤を使ったかのようなふくよかな甘味があって、「魚香」の名がある。
 
 「中華」の独創はいかほど? ■
 
 2品とも庶民的料理なのに、日本の中華料理店では案外お目にかからない。
 
 職場で中国担当者に「宮保鶏丁の宇宙食」の話をしたら、同僚の曰く、
「ご飯が欲しくなるところですが、宇宙ではちゃんとご飯も用意してあったんでしょうか」。
 
 宮保鶏丁とお粥のペーストを交互にチューブで啜(すす)ったものでしょうか。
 
 今回の中国共産党軍の「偉業」は、旧ソ連技術のパクリだという話だが、総合技術をすべてコピーすることは難しいので、周辺細部では中国の独創部分もそれなりにあったと思う。
 まさか「独創は宇宙食だけだった」というわけではないだろう。
 
 中核となる技術はワンセットで盗める。
 多様な技術をいかに相互連結させるかというノウハウは、盗みづらい。
 
  ヒーローの出現を恐怖してきた中国共産党 ■
 
 今回の「中華飛行士」という出来事を「ヒーロー(英雄)」論にふくらませた、クリスチャン・サイエンス・モニター紙のマークワンド記者の論評が面白かった。
 
 A hero returns to a land without heroes (ヒーローなき国に帰ってきたヒーロー)。
 この評論、これまで何となくコラム子が感じていた、中国という国の気味悪さの理由を教えてくれたような気がした。
 
 「ヒーローなき国」とは何か。
 国民的人気なり、求心力のあるヒーローが不在の国。
 英雄のありかを問えば、いまだに「抗日戦争」までさかのぼらなければならない国
 この半世紀というもの、中国共産党以外のスターが誕生することを拒んできた国
 
 確かにあたっている。
 「顔」がない国の薄気味悪さ。
 
 スポーツの長嶋茂雄や、歌の美空ひばり、あるいは半分架空のところでいえば映画の車寅次郎のような、いわゆる「国民的スター」の創造を、中華人民共和国は拒み続けてきたように思える。
 
 共産党以上に人を引きつけるものが誕生することへの恐怖感に、大陸中国の体制側は苛(さいな)まれ続けてきたのではないか。
 
 自分たち以上に求心力をもつ存在が誕生するのを怖がる者たちは、こう言うのである:
         「人民こそが英雄だ」
 
 匿名で、顔がなく、予想外の主張をすることもない「人民」への讃美。
 
 日本にもありますな。
 「市民が主人公です」という政党が。

 
  スターのありように国柄が見える ■
 
 日本の場合、世の中がいろいろ多様に細分化していて、その道の達人、権威者、スターが無数に君臨している。
 
 野球やゴルフのように万人受けする種目で大成すると、即、国民的ヒーローになれるシステムになっている。
 
 社会に大小さまざまなヒーローが満ちているのである。
 多様な価値観が当然のこととして認められている証しだ。
 
 韓国の場合、「官・学」が価値観を支配しているところがあり、「芸」の世界が蔑視されてきたところが日本と大違いなのだけれど、世代交代のおかげで最近は随分日本化したように思える。
 日本化した姿を、表立って是認できないところが、現代韓国人の悲劇と言ってもよい。
 
 ところが大陸中国となると、社会の隅々まで中国共産党が口を挟んでくる。
 この厚かましさ。
 スターになろうとすれば、党に絡(から)め取られるしかないのですな。
 そして、出過ぎぬようにコントロールされて一生を終える。
 
 ニュー・ヒーローの、人民“解放軍”宇宙飛行士大隊所属・楊利偉中佐は、近々郵便切手にもなるのだそうだ。
 「中国製」のロケットという、身の毛がよだつ代物に乗った勇気は、文句なしに最大限の賞賛に値すると思う。
 
 この軍人さん、中国共産党にとっては人畜無害の格好のスターだろう。
 
 願わくは、中国共産党がこの手のニュー・ヒーローを量産して、抗日英雄に頼りっぱなしの現状を少しでも打開してくれますよう。
 日中友好のためになるだろう。
 
  「神舟」が宇宙に残した構造物に見える野望 ■
 
 ≪神舟5号打上げの成功は、否応無しに、米国・欧州が中国との宇宙開発協力を深めていくべきだという主張につながっていくだろう。
 
       This would be unwise(これは愚かなことだ)、
 
なぜなら中国と何らかの宇宙開発協力を行うなら、それは全て宇宙を軍事利用しようとする中国の野望に加担することになってしまうからだ。≫
 
 10月16日のウォールストリート・ジャーナル紙に、Richard D. Fisher Jr. (フィッシャー)氏が評論を寄せていた。
 題して 「神舟の背後にある軍事計画を警戒せよ」。
 
 平成11年11月以来、中国軍が打ち上げてきた「神舟」は、将来的な軍事用有人宇宙ステーションの構築を意図したものだ、と指摘している。
 
 「神舟」が宇宙に残した構造物を見ると、将来的な宇宙ステーション構築の意図が読み取れるのだという。
 
 米国も1960年代には軍事用の宇宙ステーション計画を考えたことがあったらしい。しかし、結局米国はその計画を放棄した。
 
 ソ連も、サリュート号のなかに軍事用ステーション技術開発の意図が読み取れるものがあったらしい。しかし、今日のロシアはもはやその野心を失っているように見える。
 
 中国は、今ごろになって、その野望に目覚めてしまった、というのである。
 
  周辺とインターフェースにノウハウあり ■
 
 さしあたって、宇宙開発業界の関心事は一点に絞られよう。
 「米国・日本・EU・ロシアが共同推進している国際宇宙ステーション計画に共産中国を参加させたものかどうか」。
 
 コラム子は共産中国の参加には絶対反対である。
 中国軍に、宇宙ステーション構築のノウハウを開示してはならない。
 
 何を隠そう、コラム子の商社初仕事は、中国向けの原子力機器輸出であった。
 中国人のお客さんを日本各地の原子力発電所見学にお連れするのが、コラム子の仕事だった。
 
 電力会社の技術者の方のコメントが、20年後の今でも印象に残っている。
 
 「中国のお客さんは、我々が想定もしてないところに、ものすごく関心を示すんですよ。たとえば、ポンプの据付け方法とか。」
 
 「主要機器については、技術導入の過程で一通りマスターしているんでしょうけど、ワンセットでの技術導入の対象にならない周辺機器やインターフェースのノウハウは、十分習得できないでいたんでしょうね。その辺を、実物を見ながら学習した、ということなんでしょうか。」
 
 国際宇宙ステーション計画に大陸中国を参入させると、宇宙ステーションをとりまく貴重なノウハウが、中国共産党とその軍隊に垂れ流しになってしまう。
 これほど、おぞましいことがあるだろうか。
 
  宇宙軍事利用の実相が分っていない「日経」のお粗末 ■
 
 コラム子は、日本社会のサラリーマンだから、日本経済新聞を購読せざるをえないのだけど、かねてより「日経の中国報道」は全く信用していない。
 日経は、人民日報の奴隷である。
 
 それにしても、平成15年10月17日の社説の無責任さは度が過ぎた。
 
 ≪日本は宇宙空間の平和利用を促進するための、米中間の懸け橋となるべきだろう。中国には国際宇宙ステーションをはじめとする国際プロジェクトへの参加を働きかける一方、米国には中国の懸念するような行動の自制を求めるなどして、米中の宇宙協力を側面から促してはどうか。≫
 
 日本が「懸け橋」(つまり中国共産党軍のメッセンジャーか)などにならずとも、米中は直接協議するチャンネルが多々ある。
 
 中国軍に、宇宙ステーションのノウハウを学習する機会を与えることこそ、国際平和を乱すもとだ。
 平和を指向する国なればこそ、日本は、大陸中国の国際宇宙ステーション計画参入を断固阻止すべきなのだ。
 
≪宇宙を米中の覇権争いの場にしては、誰の利益にもならない。≫
と日経社説は結んでいるのだが、もし仮にそれが本心ならば、中国を「無能」のままに置いておくのが、最善の策ではないのか。
 
 数億人の乞食(こつじき)をかかえる大陸中国のどこに、宇宙開発に乗り出す正当性があるというのか。
  
  「円借款利権」に執心の外務省をもてはやす日経 ■
 
 神舟5号の「成功」に、何らかの朗報を見出すとすれば、対中国ODAを廃止することへの大義名分が整ったということだろう。
 
 当然ながら、人民日報の奴隷である「日経」は、こういう弁で記事を締めるのである(平成15年10月16日3面):
 
≪外務省内には「対中ODAは結局、日本のためで、巨大な市場を持つ中国への支援は日本の国益になる」と[ODAの]減額に反対する声も多く、綱引きが激しくなりそうだ。≫
 
 「外務省内の声」なるものが、ODA(円借款)利権を維持したいという「権力者の横暴」にすぎないことは、日本株式会社広報部たる日経が一番よく知っているであろうに。
 
 中国へまとまった量の輸出がしたければ、円借款に頼らずとも、国際協力銀行(旧「日本輸出入銀行」)の輸出金融制度を使えばいいのである。
 
 実業界は、円借款を決して歓迎していない。
 日本企業が受注しなくても、巨額の金利補填(ほてん)を専制国家に呉れてやるようなシステムを、高額納税者たる優良企業の誰が支持するものか。
 
 自社の守備範囲が円借款案件に指定されると、大赤字を出してでも受注せよという痴呆役員が登場したりする。
 ODAは、たかだかそういう災難の種であるにすぎない。
 
 対中円借款は、日本の国益には全く役立っていない。商社マンのコラム子が断言する。
 
  日経「偏向」説の駄目押し■
 
 日経偏向説はオヌシの気のせいだ、という向きもあるかと思うから、駄目押しの検証。
 10月18日付第7面「宇宙大国中国」の最後の部分。
 
≪ある自民党幹部は「対中ODAはもういらない。困っている別の国に振り向けるべきだ」……≫
 
 まことに正論である。
 ところが日経は、こう続ける。
 
≪……と語気を荒らげる。≫
 
 自民党幹部の正論を単なる「感情論」に仕立てて見せるのだ、日経は。
 
≪だが、その一方で「中国は巨大市場。今後の日本にとって不可欠の存在」との声も多い。≫
 
 なぜ、「だが」 と書くのか。
 
 「対中ODA不要」と「中国は巨大市場。今後の日本にとって不可欠の存在」は何ら矛盾しない。コラム子は両方正論だと思う。
 
 それなのに日経は、この両者があたかも対立概念であるかのごとく書く。
 
≪ある外務省幹部は「巨大市場を耕していくためにも援助は必要な段階。日本にとって中国が脅威にならないようやっていくしかない」と指摘。支援分野によっては、巨大市場が日本に新たな国益を生み出す可能性を示唆する。≫
 
  大陸中国の宇宙軍拡阻止は兵糧攻めしかない ■
 
 中国市場は、外国人にとっては決して「巨大」ではない。まあ、1つの商品が売れる期間は5年がいいところだ。
 進出企業は、技術移転と利益確保を常に天秤にかけながら、薄氷を踏む思いで中国市場に取り組んでいる。
 
 対中円借款は今やその大半が、日本企業が進出しそうもないような、中国でも辺鄙な地域の土木工事のために、中国地場企業への発注に費やされる。
 「巨大市場を耕す」などというのは、大層な虚言だ。
 
 「支援分野によっては」。
 円借款は、援助を受ける側がプロジェクトを指定する。
 支援分野を日本側が選ぶことはできないのである。
 
 銭かねに色がついているわけでなし。
 対中円借款は、結局のところ回りまわって中国共産党軍の宇宙進出のために使われているのだ。
 日本が対中円借款を中止すべきことは自明である。
 
===
 
  後記 ■

 10月14日のニューヨーク・タイムズ紙に、Jim Yardley(ヤードリー)
記者が書いています。
 
 「すンばらしいスカイライン。でも、沈み始めていませんか?」。
 (Splendid Skyline. Do You Feel Something Sinking?)
 
 上海はもともと川辺の湿地帯で、1921年から1965年までに 2.4 メートルも地盤沈下。
 現在も1年に1センチの割合で沈下は進んでいて、当然ながら高層ビル地区では沈下の度合いは一段と激しいのだとか。
 
 上海には18階以上のビルが2,880棟ありますが、そのほとんどは1990年代以降に出来たもの。
 あまりの地盤沈下の進行に、政府側はビルの新規建設を制限したいらしいのですが、今後さらに 2,000棟のビルが建設中または認可済・着工待ち状態なのだとか。
 
 こういう話も、日本の新聞には出ませんね。

  「北京・上海新幹線」は誰のため?

世の中がまだ、北京オリンピックの前に 「北京・上海新幹線」 が開通する、などと本気で信じていた平成15年夏に、コラム子はすでに「北京・上海新幹線」は壮大な浪費である、と断じていた。

これが中国共産党に伝わったのか(?)、大陸中国の高速鉄道計画は、コラム子が指摘したとおりに進みつつある。



平成15年7月28日配信】
 北京・上海新幹線商談からドイツの磁気列車が脱落し、いわゆる官民一体の受注戦がクローズアップされてきた。
 
 わが勤務先の総合商社も、この最前線に立っている。
 
 新幹線受注を命題に北京に駐在した担当部長は、かつて私が採用されるとき最初に面談してくれた人だ。
 
 歓送パーティーで私が
「北京・上海新幹線は中国人のためにならない。北京・天津 と 上海・南京 の2路線への変更が必要だ」
と言ったら、日頃温厚なその人も憤然としていた。
 
現在東京本社で北京・上海新幹線を担当している部長も、私のかつての直属の上司だった人である。
 
 そんなわけで、そのうち わが社社員しか知り得ないことを図らずも知ってしまうことになるかもしれない。
 そうなると、この配信誌(メルマガ)で中国新幹線のことを書けなくなってしまう。
 
 だから、今書いておく。これが最後かもしれない。
 
 北京・上海の移動は当然飛行機だ ■
 
 北京・上海新幹線とは、いかなるものか。
 世間の人々は、北京・上海の距離のことを、東京・大阪間ていどと思ってはいないだろうか。
 
 地図帳を見てほしい。
 
 直線距離で言っても、北京・上海間は、東京と「稚内」ほども離れているのである。
 西に舵をとれば、東京から釜山を越え「光州」に至る。
 東京から「屋久島」までの距離と言ってもよい。
 
 東京から稚内へ行くのに、鉄道で行こうと思いますか?
 いくら高速鉄道でも。
 
 しかもこれは直線距離の話だ。
 実際の大陸中国新幹線は、北京から天津、済南、徐州、南京、上海というルートで、これはおよそ 札幌・東京・京都の直線距離に相当する。
 
 札幌から京都まで、あなた、鉄道で行きますか?
 
 大規模投資の鉄則 ■
     
 大規模な投資をするには、それに見合う経済効果が必要だ。
 
 「北京・天津」線と「上海・南京」線は良しとして、「天津・済南・徐州・南京」新幹線の合理性について納得のいく説明を誰ができようか。
 
 「北京・上海」新幹線に注ぎ込む巨費は、むしろ治水に充てるべきだと思う。
 
 長江(揚子江)流域の水を、黄河流域に転流させる大計画。
 所要資金総額約7兆5千億円と言われる。
 
 中国共産党は、歯を食いしばってこれを実現せよ。
 歴史は必ず貴兄らを讃美するであろう。
 
 
   コラム子の写真を載せた China Daily
 

 
【平成15年7月28日配信】
 6月17日号で、橋本龍太郎代議士が最敬礼をしながら駐日中国大使に日本国民の血税17億円を進呈した光景を嘆いた。
 
 ≪橋龍よ、せめて「売国」くらい自分のカネでやってくれないか≫
と、久々に辛口爆弾が炸裂した。
 
 「他人への批判は簡単だが、お前はいったい中国国民のために何をした?」
と言われる向きもあろうから、取っておきの秘話をご披露したい。
 
 何とこのコラム子(し)、中国共産党の対外広報紙 China Daily で写真入りで賞賛されたことがあるのだ。
 
  「善なる日本人」として ■
 
 時は平成8年11月、江沢民政権のもと日中関係が極度に悪化していたころである。
 
 このときコラム子は北京郊外の篤志家経営の学校に10万円寄付し、これが英字紙 China Daily に写真入りで報道された。
 証拠はこれである↓。
 http://www.f5.dion.ne.jp/~t-izumi/961115chndly.htm
 (記事にコラム子勤務先の社名も英文で出ているのだが、この部分だけ黒消しした。勤務先の名は公表せぬ原則である。)
 
 China Daily というのは、大陸中国唯一の英字日刊紙だ。
 この第3面の第2ニュースとして、縦8.5センチ 横15センチの写真入りで報じられた。
 
 この写真に移ったコラム子の頭部の大きさたるや直径2.5センチ。
 悪行でも謝罪でもなく、ひたすら「良いこと」をして中国の新聞に載った日本人の写真としては、おそらく「歴代第○位」ものではないかと思う。
 
 写真説明に曰く
≪揚柏氏(左)が日本人ビジネスマン泉幸男氏から、揚氏設立の教育慈善事業のための寄付金8千元(964米ドル)を受け取る≫
 
 電網上でこの記事をご覧になれない方のために解説しておくと、コラム子はすっくと正面を向いたまま、にこやかに笑って100元札80枚を揚氏に手渡している。
 
 写真を撮られるとき、コラム子は自分に言い聞かせていたのである。「絶対に頭を下げるなよ。頭を下げたら、格好の謝罪日本人写真として利用されまくるぞ」。
 
 記事が語るオモテの顛末 ■
 
 記事が掲載されたいきさつを語る前に、この平成8年11月15日の新聞記事全文を和訳してご紹介しよう。
 
≪   慈善事業に驚きの寄付金
 
常君記者
 
出張で訪中した日本人が、貧しい中国の子どもたちを教育する慈善事業についての China Daily の記事を読んで、8千元(963.9米ドル)の寄付をした。
 
貧困地区出身で教育の機会を得られないかもしれない60名の子どもたちを北京の中学校に通わせるべく、7年間にわたって奮闘してきた 揚 柏氏 に感動したのが、xxx社勤務の泉幸男氏の寄付の動機である。
 
「11月13日に China Daily で揚さんについての記事を読んで、心を打たれました。揚さんと60人の子どもたちのために何かをしたかったのです」と、xxx社アジアBチーム課長代理の泉氏は語る。
 
揚氏と泉氏は、国家が才能を育成し、国民 とくに児童を 教育することの重要性について語り合った。
 
「日本であれ中国であれ、教育を重視する人々のことを尊敬しています」
と、泉氏は揚氏に語った。
 
揚氏は、中国の有名画家・書家からの寄贈作品を売ることにより慈善事業資金を捻出している。揚氏は食堂も経営していて、この利益も60人の子どもたちの教育資金に充てられている。
 
「これまでに12万元(14,458ドル)を調達して、毎年2千元ずつ子どもたちそれぞれの生計費に充てています」と揚氏は述べた。
 
揚氏は、15の中学校の校長と交渉して、子どもたちの入学を実現した。
 
昨年1995年9月に60人の子どもたちが北京に到着、新生活を開始した。≫

 
  ホテルで読んだ新聞記事が発端 ■
 
 ことの発端は平成8年11月13日の China Daily 紙の記事だった。
 
≪"Uncle Yang" opens up world to poor children
「揚おじさん」が貧しい子どもたちのために世界を開く≫
http://www.f5.dion.ne.jp/~t-izumi/961113chndly.htm
 
 これをコラム子が読んだのが、出張先の北京のホテルの一室だ。
 
 おお、これぞ待ちに待った中国人の姿だ! と思った。
 
 大陸中国が民主主義からほど遠いのは、国民の教育水準があまりに低いからだ。
 
 「田舎から無教養な農民たちが大挙して都市に流れ込んでもよいのか?」
という中国共産党のリアルな脅迫を前にして、どこの文化人が民主主義を唱えられようか。
 
 田舎の中国人民の無教養こそが、中国の民主化を阻んでいるのである。
 
 だとすれば、中国人の教育のために奮闘している人々のことを応援してやらねばならぬ。
 
 コラム子の、かねてよりの思いである。
 そんな思いを胸に、記事を読んだ。
 
 よし、寄付金を出そう、と思った。
 電話した。
 中国日報社に電話して、Chang Jun 記者に繋いでもらった。
 若い女性だった。常君記者。北京語で話した。
 「あなたの記事を読んだ。いい記事だった。寄付をしたい」
 
 寄付金は8千元にした。
 中国語で「八」は末広がりで縁起がいい。
 8千元は4人の子どもたちの年間の生計費だ。
 10万円で4人の子どもたちの幸福が買えるなら、安いものだ。
 多からず少なからずの金額だと思った。
 
  女性記者の はずんだ声 ■
 
 常君記者は、おずおずと電話を受け、戸惑っていた。
 とにかく、8千元の寄付は本気だから、と伝えて、こちらのホテルの電話番号を伝えて電話を切った。
 
 30分後、常君記者から電話があった。
 
 「編集長に報告しました。そうしたら、この寄付のことを記事にしよう、という指示を受けました。ついては、泉さん、北京郊外の揚さん経営の寄宿舎まで来てくれませんか。そこで寄付金を渡してください。写真に撮って記事にします」。
 
 常君記者の声はとてもはずんでいて、さわやかだった。
 先ほどと打って変わった声に、こちらまでうれしくなった。
 
 「とてもうれしいお話ですが、北京郊外往復4時間の自由時間は無いのです。業務出張で来ていますから。新聞に載りたくて申し出たわけではありませんから、とにかく御社(おんしゃ)までお金をお届けします」
 「新聞社まで来ていただけるのですか?」
 「昼休みの時間帯でよろしければ」
 「それなら、揚さんに新聞社に来てもらいます。すぐ連絡をとります」
 
 そして、20分後、常君記者から電話があった。
 「お待たせしました。連絡が取れました。揚さんもとても喜んでいます。新聞社にぜひ来てください」。
 
  茫洋として現れた慈善家 ■
 
 中国日報社の、ものうげな受付係に常君記者の名前を告げた。
 ほどなく、キリッと引き締まった顔の美形の女性記者が近づいてきた。
 
 ロビーにほどなく揚氏が来るらしい。
 
 来た。
 
 ふら〜〜 
 茫洋(ぼうよう)というか、ヌーボーというか、
 まぎれもない中国人として、揚氏は登場した。
 横に、満面の笑みをたたえた小太りのおばさんが、会計係として付き添っていた。
 
 コラム子など、何となく「タイガーマスク」の「チビッ子ハウス」を経営する「繊細そうな青年と薄幸の美人」カップルを想像していたから、不覚にも拍子抜けしてしまったのである。
 
 机をはさんで揚氏とともに椅子に坐った。中国式会見のパターンだ。
 
 明治・大正の地主たちは、貧農の子でも優秀な者がいると、進学のために援助を惜しまなかった。揚さん、あなたは、日本の明治・大正の地主のようにすばらしいことをしておられます。
 ……と言ったら、揚柏氏も常君記者もみごとに困惑の表情だった。
 
 困惑するはずだ。楊柏氏のことを、「旧社会の地主」に喩えてみせたのだから。
 
 この辺が、前時代全面否定を是とする中華帝国の限界か。
 
  売国奴たちを反面教師として ■
 
 さて、8千元贈呈のシーンの撮影をすることとなった。
 
 小太りの会計係のおばさんが、嬉々として領収書を書き始めたので、
 「領収書は不要です」
と言ったら、
 「いや、着服したりしない証(あかし)に、この領収書は絶対書かなきゃダメなのよ」
と言って、おばさんは領収書を書く手を休めようともしない。
 
 それでも、このお金はこの人たちと China Daily 記者たちの今宵(こよい)の晩餐(ばんさん)に半分くらい使われるかもしれないよ、と自分に言い聞かせていた。
 そのくらいの覚悟を最初に持っておかないと、あとで幻滅させられて却(かえ)って中国人嫌いになってしまうかもしれない。
 
 カメラマンが写真機を構えたとき、自分に言い聞かせた。
 「謝罪外交」の売国奴たちの姿をさんざん見せつけられていた時節だった。
 
 写真に写るときは、絶対に頭を下げていてはならない。
 
 そう考えて、揚さんのお辞儀に満面の笑みでこたえた。
 
 翌日の China Daily を開いたときは、うれしい驚きだった。
 第3面に大きく写真が掲載されている。
 
 自分はしっかり揚氏のほうを見据えて微笑んでいる。
 揚氏は、8千元の札束に視線を向けて、札束に手を差し伸べている。
 
 理想の写真を China Daily 紙は掲載してくれたのである。
 
  世の人々の関心の度合 ■
 
 意図していたわけではないが、図らずもこの「善行」報道に、勤務先の総合商社の社名が言及されている。
 会社にとっては願ってもない広報となったはずである。
 
 この時期は、中国の対日感情が悪化していた時期だった。
 China Daily 紙が、この種の「中日友好もの」の記事を掲載したのも、一種のバランス感覚が働いていたのかもしれない。
 大陸中国人のバランス感覚には、コラム子は一目置いている。
 
 記事掲載後、勤務先の総合商社の北京事務所に行ったが、邦人社員も現地社員も誰一人コラム子の記事のことに言及しなかったのには、拍子抜けを通り越して、あきれてしまった。
 
 こいつら、China Daily まともに読んどるんか?!
 
 日本大使から表彰されたいとまでは言わないが、わが北京事務所長からお褒めの言葉の一つもあってよかろうと思ったが。
 
 日本政府がウン百億円かけて円借款を貢いでも、中国国内ではろくな報道もしてもらえぬのに引き換え、こちらはたった10万円で縦17センチ、横15センチの「善なる日本人」報道記事を写真入りで China Daily に掲載せしめたのであるが…。
 
 言っておきますがね、こういうのって、猿真似をしてもダメですよ。
 泉の記事が出た次の日に China Daily に10万円持って行っても、記事にはならないんだから。
 下手に真似をすると「舌きり雀」や「花咲か爺」の愚かな爺(じじい)になっちゃうよ。
 
  結末は日中友好の未来像か ■
 
 この手の寄付金話の結末の典型は、子どもたちのクレヨン画といっしょに感謝状が届いて、
「○×おじさん、ありがとう。ぼくたち、わたしたちは いっしょうけんめい べんきょうしています。」
という、たどたどしい字の手紙に思わず涙してしまう……
 
 といったところかと思うのだが、
 さて、4人の子どものための年間生計費相当を寄付したにしては、その後、揚氏の子どもたちからは何の音信も無い。
 
 クレヨン画のひとつも送って来てくれれば、人のいいコラム子など毎年10万円ずつ送金していたかもしれないのだが、結局そうはならなかった。
 
 まあ、日本の対中経済援助も、そんなもんでしょうなぁ。
 


  橋本龍太郎が中国大使に「最敬礼さいけいれい
  
 
平成15年6月17日配信】
 先週のNHKニュースで信じられないものを見た。
 さもありなんと言うにも余りに情けない領袖(りょうしゅう)の姿を。
 
 新型肺炎対策のための支援金として、日本政府が大陸中国政府に17億円を差し出すことになった。
 橋本龍太郎氏が、「元首相」として駐日中国大使にこの目録を手渡すシーンなのだが。
 
 何と、橋本氏、
 中国大使の前で、腰を90度曲げて最敬礼していたのである。
 中国大使は、これに簡単な会釈で応じていた。
 
 さすがの中国大使もビックリしたことでしょうよ、
 支援金を出す側が最敬礼とはね。
 
 元首相、さすがにまずかったと思ったらしく、その後の着席懇談のシーンでは頬の筋肉がピクピク動いていた。
 
 橋龍よ、
 あんたが中国共産党に最敬礼したいのは、そりゃよく分るよ。
 例の中国女性とのスキャンダルもあるしね。
 橋本派への大陸中国からのODA資金還流の噂、あれもこの最敬礼ぶりからすると、さては本当かもしれないね。
 
 橋本龍太郎が中国大使に渡した血税17億円は、国庫の金を橋本派の交際費として濫用したと認定せざるをえぬ。
 
 橋龍よ、せめて「売国」くらい自分のカネでやってくれないか。  

 
 

 
  深読みに押し潰される「日本人病」


平成14年11月28日配信】
 「漢 委 奴 国 王」
 
 天明4(1784)年に発見された、かの有名な金印の刻字。
 「漢の倭(わ)の奴(な)の国王」と読む、と習ってきた。
 「委」は「倭」の人偏(にんべん)省略形だと。
 
  ナの国か、イトの国か ■
 
 ところが「漢の委奴(いと)国王」と読む説があるらしい。
 平成14年10月17日の『日本経済新聞』文化面で大阪府教育委員会主査の久米雅雄さんが書いていた。
 
 この人、わが松山の松山東高等学校1年生のとき、「アラビアのロレンス」から印璽(いんじ)に興味をもった。
 
 『魏志(ぎし)』倭人伝に「伊都(いと)国王」の記載あり。
 これはコラム子も知っていた。
 
 「委奴国王」=「伊都国王」ならば美しい符合ではないか。
 
 山川出版社の参考書『詳説日本史研究』によれば、
 ≪「委奴」の読み方は、江戸時代には「イト」(伊都)と読むのが主流であったが、明治時代に三宅米吉(よねきち)が「漢ノ委(ワ)ノ奴(ナ)ノ国王」と読んで、それが定説となった≫
のだそうだ。
 
 久米雅雄さんの文章を読むと、「漢の委奴(いと)国王」説に高々と軍配を挙げたくなった。
 日本の歴史学界は、「奴の国」の通説を見直してほしい。
 (ちなみに扶桑社の『新しい歴史教科書』も、目下の通説どおり「倭の奴国(なこく)」と記してある。)
 
  客観表現が望まれる古代史記述 ■
 
 コラム子がちくりと刺したくなってしまうのが、日本の教科書にある「楽浪郡(らくろうぐん)」の記述だ。
 
 たとえば山川出版社の高校教科書『詳説日本史』に曰く
 
≪…… 前漢が朝鮮半島においた楽浪郡 ……≫
 
≪前漢の武帝が紀元前108年、朝鮮半島においた4郡の1つ。現在のピョンヤン(平壌)付近を中心とした地域と推定され、中国風の高い文化をほこった。≫
 
 あれ?
 最近の教科書は、こう書くのが建前ではなかったのかしらん?
 
≪前漢の武帝は、現在のピョンヤン(平壌)とその周辺と推定される地域を植民地化し、その植民地支配のための行政機構として楽浪郡など4郡を設けた。前漢は、朝鮮半島の人々を皇民化すべく、大陸文化の受容を強制した。≫
 
  異次元空間ここにあり ■
 
 総合商社にいると「異文化コミュニケーション」にはこと欠かないが、最近久々に大陸中国面目躍如の話に遭遇した。
 
 「泉さん、うちの取引先のエンジニアリング会社から相談があったんだけど、どう思う?」
 
 聞けば、その有名日本企業、さいきん大陸中国のある会社と契約し、コンサルティングサービスを行うことになった。カネの流れは、当然ながら発注者の中国企業から、お仕事をする日本企業へと向かう、はずである。
 
 ところがどっこい。
 
 契約にしたがって、中国企業は支払保証のための「信用状」(銀行保証の一種)を日本企業に対して出す義務があった。
 
 中国企業が手続きを始めたところ、中国の銀行の曰く、
 「信用状を開いてほしかったら、まず税金を納めなさい。日本企業への支払から差引いて納付すべき源泉徴収課税分の金額がありますね。それを先ず税務署へ納めなさい。税務署の領収書を持ってきたら、当行も信用状を開きましょう。」
 
 銀行側のこの規定、頻発する脱税に対抗するべく、中国の税務当局が作らせたものだろう。
 
 さて、件(くだん)の中国企業には、残念ながら源泉徴収分の税金を税務署に前納するための現金が無かった。
 そこで日本のエンジニアリング会社に、こう言ってきたというのだ。
 
 「信用状を開いてほしかったら、源泉徴収課税分のキャッシュをまず我々に対して支払ってくれないか。」
 
  日本の美徳で異文化に対処するな ■
 
 あまりに常識外れなので、ちょっと分りにくいかもしれない。
 
 繰り返し申し上げると、「受注」して「カネを受け取る」べきは日本企業の方なのである。
 
 ところが、その日本企業がカネを受け取りたければ、まず税金分のキャッシュを日本側から中国側へ支払え、というのである。
 前払い金ももらわないうちから、仕事をする側が現金を中国側に みつげ、というのである。
 
 いくらなんでも無茶苦茶ですな。
 中国商売が長かったコラム子も、ここまでひどい話は初めて聞いた。
 
 しかし、もっと驚かされたのは、こんな無茶苦茶な話を持って来られて即座に断りもせず、商社に相談してくるエンジニアリング会社のお人よしぶりである。
 
 常識外れの吹っかけに遭遇したときにさえ、
「相手にもそれなりの事情があるのだろう…」
と相手のことをあれこれ忖度(そんたく)してあげる。
 
 「日本の美徳」ここに極まれり、というべきか。
 
 今回の無理スジを言ってきた中国企業、恐らく自分でも理不尽な話を吹っかけているという認識はあったはずだ。
 それが分らないほど中国人もバカではない。
 
 それでも「他に方法がない」となれば、一応は相手方に理不尽を言ってみる。
 行動パターンの違い、である。
 
 相手方が乗ってくれば、悪いのは自分ではない。
 相手が乗って来なければ、それまでだ。それだけのことである。

 
 この、信じられないような軽さが、中国世界なのである。
 無重力状態を漂(ただよ)うごとく、そこに身をまかせると心地よいことも、ままあるが。
 
  数手先を読んでしまう「日本人病」 ■
 
 言葉を換えれば、大陸中国人のほうが行動パターンの許容範囲の幅が広い、と言えばより正確かもしれない。
 
 極々(ごくごく)一般人が、とつぜん仙人のような行動をし始める、と言ったら感覚的に分っていただけるだろうか。
 
 何でも起こりうるし、だからこそ拒否すべきは冷徹に拒否していけばいのだ。
 仙人と付き合っていたら、ウルトラマンみたいに命が2つ3つ無いと活きていけない。
 
 それに比べて日本人の行動パターンは、幅が狭い。
 
 相手の都合や反応を事前にあれこれ推し量り、数手先まで読んだところで話を持っていく。
 だから、話を受けた方も、これを軽軽(けいけい)に扱うことなく、至極まじめに検討しようとする。
 
 「この相手がここまで言ってくるということは、よくよく考えてのことだろうから……」などと。
 
 件のエンジニアリング会社は、日本人相手なら至極当然のこのパターンでもって、中国企業に対しても応対してしまったのである。
 
 これがさらに度を過ぎると、どうなるか。
 
 「自分がこう行動すれば相手はこう出てくるな……」
などと、相手の出方を深読みしすぎて、挙句の果ては自分の「深読み」の重さに自ら圧(お)し潰(つぶ)されて、勝手に「自粛」に走ってみたりする。
 「日本人病」である。
 
  「深読み」と「自粛」の袋小路 ■
 
 こんなことを長々と書いたのは、李登輝氏への訪日ビザ発給にまつわるゴタゴタを腑分けしたかったからだ。
 
 賢明なる読者がご明察のとおり、今回の外務省のモヤモヤとした訪日ビザ発給拒否方針もまた、「自分の深読みの重さに自ら圧し潰されて」「自粛」に走った日本人病の典型的一症例とは言えまいか。
 
 中国共産党が手も挙げぬうちから、霞ヶ関側は深読み病にのめり込み、アジアが誇る知性から渡航の自由という人権を奪う。
 
 外務省の内部文書には、李登輝は「台匪」(?)なり、とでも書いてあのだろうか。
 中国大使館からどういう脅し(?)と泣きが入ってきているのか、中国人流に表通りでわめいて知らせてくれないか。
 
 李登輝氏の来日となれば、それはまァ、中国共産党はパブロフの犬よろしく、口をきわめて外務省と慶應大学を罵(ののし)ったことであろう。
 何しろ、罵るのはタダだから。そして、それが共産党のお仕事だ。
 
 で、
 それがどうした。
 外務省と慶應大学は、何を深読みしたのか。
 
 中国人流に、仙人のごとく、融通無碍にビザを出せばいいではないか。
 日中友好は、自ら仙人になることから始めたらどうか。
 
  一流大学が、何を恐れる必要があろう ■
 
 慶應大学は、「大陸中国との学術交流が途絶える可能性がある」などと懸念したとも伝えられる。
 
 おいおい、慶應大学に中国通はいないのか。
 
 三田祭で李登輝氏が講演すれば、中国共産党は
「慶應大学との人的交流を断絶する」
くらいのことは言ってのけるだろう。
 
 で、
 それがどうした。それを真に受けるか。
 
 中国人は、「一流」が大好きなのである。
 
 欧米の一流企業が、契約履行の過程でわがままの限りを尽くし、中国側が とことん愛想づかしをして、
「あの企業はもうお出入り禁止だ!」
などと息巻く。
 
 ―― こういう場面に、私、商社にいて、たんと出くわしました。
 
 しめしめ、欧米の競合先はお出入り禁止だ。次はうちが受注だぞ……。
 
 大はずれ。
 
 一流を相手に、「お出入り禁止」は無いのである。
 
 もしかりに慶應大学が二流大学なら、中国側も「いい見せしめ」とばかりに徹底的に意地悪をするかもしれない。
 しかし、慶應は一流大学だ。(コラム子は慶應の大ファンである。)  何を恐れる必要があろう。
 
 中国共産党相手に、「慶應大学も二流大学なんですよ」と宣言するに等しい阿諛追従(あゆついしょう)をすることだけは、「自粛」してほしかったのだが。
 
  異文化摩擦の回避は脱「日本人病」から ■
 
 自らの深読みに圧し潰される「日本人病」症候群を脱してこそ、李登輝氏来日のことも、靖国神社首相参拝のことも、落ち着くところに落ち着くのだ。
 
 大陸中国の出方を深読みしつつ、イージス艦のインド洋派遣を渋る自民党橋本派の時代遅れの老幹部や公明党も、見苦しいかぎりだ。
 中国人を見習って、自らの思考をもっと自由に浮遊させられぬものか。
 
 もちろん、自称「親中派」諸君には、「漢の委奴国」の末裔よろしく、「倭奴」(やまとしもべ)として生きていく道もあろう。
 
 「漢 委 奴 国 王」
 
 二千年たっても通用するブラックユーモアを印璽に託した大陸の官僚の知恵には恐れ入るばかりだ。
 もっとも肝心の漢の国は、ほどなく滅んでしまったが。