商社マン秘伝の語学のコツ
 
  

目  次

単語家族をだいじにしよう
胸ポケットの単語メモ
実践・タイ語学習ことはじめ
NHKの語学講座テキストを、こう使う
語学好きの三色ボールペン
電子辞書の例文検索機能に嬉しい悶絶


  単語家族をだいじにしよう
 
  「語学のコツ」を売り物にしているコラム書きが、大誤訳をしてしまった懺悔(ざんげ)のコラムです。
 
 
【平成16年10月9日配信】
 
10月7日号 (来年の「悩ベル」賞はこれだ) 配信のその日、読者のメールが飛び込みました。
 
≪今回の話題は、恐らく蚤ではなく、虱であろうと思いますが。蚤も虱も似たようなものですが。≫
 
 受動語彙と能動語彙 ■
 
 10月7日号では、ニューヨーク・タイムズ紙の記事を取り上げました。
 キーワードは louse でした。
 
 louse という名詞は、複数形が不規則で lice となる。
 ただそれだけの理由で高校の英文法の時間に覚えてそれきり、30年近く恐らく1度も見たことのない単語。
 記事で louse を見たときは、
「ついに実例に出会ったか!」
とばかり、なつかしいような、軽い興奮を覚えたものです。
 
 読者のご指摘を読んで、
「あれ? 何か間違ってたっけ?  louse って蚤(のみ)だよね……」
と言いつつ辞書を見て、
 ガ ー ー ー ー ー ー ー ン ッ 
……「シラミ」でした。
 
 そして、自分の日本語の語彙から「シラミ」という単語がすっぽり抜けていたことに気がついたのです。
 恐ろしいことです。
 
 もちろん、シラミと聞けば分かる(「受動語彙」には入っている)のですが、自分からすすんで使う単語(「能動語彙」)からは消去されていたのです。
 
 だから、服の縫い目にしがみつくように潜(ひそ)む寄生虫を脳裏に思いうかべながら、虱(しらみ)という単語は脳から出て来ず、何の迷いもなく「蚤(のみ)」と書いてしまった。
 もし同時通訳のプロがこの誤訳をやっていたら、一生のあいだ「蚤とシラミの誤訳男」と言われ続けたかもしれない。
 弁解の余地なし。
 
 単語家族を大事にするべきだった ■
 
 「蚤」は flea ですね。
 
  これまた、コラム子の脳のなかでは、flea 単独では記憶されていなくて、「蚤の市」flea market としての記憶なのですが。
 (さいきん「蚤の市」のことを「フリーマーケット」と書いてあるのをよく見かけますが、 free market(自由市場)と紛らわしいので、カタカナ書きは止めてほしいものです。)
 
  さて、今回の「louse と flea 混同事件」のようなことを繰り返さないにはどうすればいいのだろうと反省するうち、あることに気づきました。
 
  louse は「複数形が不規則な名詞。英文法の要注意語彙」。
 
  flea は「flea market(蚤の市)の flea」。

 
  この2つの単語が、脳のなかで関連づけられることなく、それぞれが独房に入れられたみたいにして身を潜めていたのですね。 
 だから、louse という単語を見て、 flea(蚤)や bedbug(南京虫)を連想することがなかった。 

 もしこれらの単語と関連づけて覚えていたとしたら、louse という単語を見たときに、
「まてよ、flea じゃないから、あれ、えーと、何だっけ、そッ、シラミだよ」
という展開がありえたのじゃないか。
 
 ダニの英単語を覚えるために用例検索 ■
 
 よし、これも神様の思(おぼ)し召しか。
 flea と louse の単語家族を作ってやろうじゃないか。
 
 まず「南京虫」。先ほど使いましたが、じつは今回の出来事があるまで英単語を知りませんでした。
 和英を見ると bedbug(ベッドの虫)。あ、なるほど。
 
 bedbug という単語を見れば、南京虫と類推できたでしょう。でも「南京虫」から bedbug という単語は出てこなかった。 
  わたしにとって、bedbug は「受動語彙」ではあっても、「能動語彙」ではなかった。図らずも今日をもって「能動語彙」に切り替わりましたが。
  
 次は「ダニ」。これも英単語を知らない。
 和英を見ると tick という単語と mite という単語が。
 
 あ、これだけじゃ絶対覚えられないな。
 ここで商社マン秘伝の「語学のコツ」が生きます。
 
 さっそく電子辞書の例文検索機能で、例文を探しました
 すると、オックスフォード英英に
 
house dust mites(家庭のホコリにいるダニ)。
 
 コリンズ・コウビルド英英にも
 
chemicals that destroy ticks and mites(ダニを殺す薬品)。
 
 ジーニアス英和大辞典によると、tick が「マダニ」で、mite は「マダニ以外のダニ」を指すのだそうで、だから ticks and mites という並列表現になるのですね。
 
 懺悔の総まとめ ■
 
  というわけで、「関連語彙も合わせて覚える」ことの大事さを知らされたのが、今回の教訓でした。
 
 
  胸ポケットの単語メモ

 

【平成16年8月2日配信】
 単語を覚えるというのは、目の粗い網で海草をすくうようなものでしょうか。
 
 最初のうちは海草が網の目を素通りしていく。そのうち、網にひっかかった海草に、さらに別の海草がからまりはじめる。
 単語どうしがからみあいながら、さらに新しい単語をすくいあげる網になっていく。
 
 今日のコラムの前半は、コラム子のタイ語体験。
 後半には、「英語学習」への応用の提案を書きました。
 
 半年の成果は高1レベル
  
 今年の1月中旬からバンコク出張が続き、タイ語を勉強しはじめた。
  
 人さまに「語学のコツ」を説いたりしている手前、中途半端で終わっては沽券(こけん)に かかわる。
  
 約6ヶ月で、語彙数2000語には達したと思う。日本の公立の高校1年生の英語くらいか。
  
 勤務先のバンコク事務所の掲示板に、タイ語で催し物案内が貼ってある。これが何とか読めるていどだ。
 テレビのタイ語はまだ理解不能。ポツポツと単語が聞き取れるていどで、ストーリーに組上らない。
  
  語彙数2000語に達すると、辞書の例文が読めだす。これがたぶん1つの「臨界点」だ。
  安住せずに努力を続ければ、語彙数はこれから飛躍的に増えるはず……。
 
  亜麻色の長い髪……? ■
 
 取引先のタイ人からこう言われた。
 「泉さん、long-hair dictionary の効果はいかがですかな?」
  
  え?  「長い髪の辞書」って……。
  
 全否定するのは男の恥としても、ケラケラ笑ってやりすごすのも癪(しゃく)である。
  
 胸から取り出す紙片。
 コピーし損じのA4判の紙を4つに切った(ということはA6判サイズの)メモ紙を2つ折りにしたものだ。
 「まあ、こんな形で勉強してるんですけどね……」
  
 紙にはこんなことが書いてある。
  
{キー・チャーン・チャプ・タッカテーン}  takkateen バッタ
  

 {    } の中のカタカタの部分は、実際のメモにはタイ文字で書いてあります。
 
 {タッカテーン} のところには下線が引いてある。
 {タッカテーン} という単語を覚えるために、用例ごと書いたメモだ。
 
 {キー・チャーン……} は、直訳すると
「乗る・象・つかまえる・バッタ」。
 
 「象に乗ってバッタをつかまえに行く」。
 「手段が大げさなこと」をタイ式に表現した言い方だ。
  
  オフィス必需のA6判メモを ■
  
 およそ日本のオフィスには、A4判のコピー用紙の残骸があふれている。いわゆるコピーし損(そこ)ね。
  
 これを4つ切りにしたA6判メモ用紙は、いずこでもオフィスの必需品ですね。
 コラム子など、このメモ用紙に用件を次々と書いて処理して毎日が暮れていくと言ってよいでしょう。
 A6判メモ用紙がなかったら、落ち着かないのですねぇ。
  
 単語メモは、その延長。
  
 A4判を4つ切りにしたA6判の紙切れに、1枚につき10件ていどの表現と注書きを書いていく。
 キーワード(覚えたい単語)には下線を引く。
 
 
 これをさらに2つ折りにして胸ポケットに入れる。
  
  生活はすべて「野戦」なり ■
  
 これをいつ見るか。 
 端的に言えば、事務所のトイレにしゃがむとき。
 エレベーターが来るのを待つとき。
 レストランで食事が運ばれるまでの手持ち無沙汰のとき。
 日本なら、電車の待ち時間。
 
 ほんの束の間、つかのまに、見るのですね、これを。
 この「胸ポケットの単語メモ」、単語帳や単語カードの「野戦」版と言えるだろう。
 
 トイレに座りに行くときに、わざわざ単語帳ノートを持っていく、などというのは非現実的だ。
  エレベーターホールで単語帳ノートを見ていたら、「そちは二宮金次郎か」とあざけられるだろう。
 
 いわゆる「単語カード」は、かさばる。
 だいいち、買わねばならない。
 
 コピーし損じの紙を使えば、タダだ。厚さも適当。
 社会人が自然体でメモをし、自然体で持ち運ぶには、A6判のメモ紙が最適なのですね。
 
 学生・生徒の皆さんには、試験のときにポケットに忍ばせていて、カンニングと間違えられぬよう、ご注意を! というところですが。
  
  「単語」と「訳語」の並記は記憶に残らない ■
 
 この「単語メモ」、最初のうちは
「単語(タイ文字)」「発音(ローマ字)」「訳語」
というふうに書いていた。
 
  ところが、このメモを何度見ても、なかなか単語は覚えられない。
 
{クリン}  kring  ベル
 
{ハーイチャイ}  haaijai   息(いき)

 
という具合に単語を羅列(られつ)する。
 
 これを10回も見れば自然に覚えるかと思ったのですが、
 …… 無理でした。
 
 いわゆる「豆単」で単語を覚えようとすることの非効率を日ごろから批判しつつ、その愚行を自分でやっていたわけですね。
  
 「単語」と「訳語」だけ並んでいても、そんなもの覚えられないのですよ。
 ツルツルテンの小石をつかもうとするようなもので。
 クソ面白くもない! と、わが「健全なる本能」が叫んでいるのですな。
 
  単語メモには「用例」ごと書く ■
 
 さきほどの2つの単語は、タイ語の絵本を読んでいて出てきた単語。もとの文章から用例を書き写すことにした。
 
{コッ・クリン}  kring  ベル
 
 {クリン} に下線を引きます。覚えたい単語はこれです。
 {コッ} は「押す」という動詞。この動詞は、すでに知っている単語です。
 {コッ・クリン} で「ベルを押す」という意味なのです。
 
 それまで紙片の上で一人ぼっちだった {クリン} という名詞に、学習済みの動詞を添えただけで、{クリン} という単語が急に生き生きとして見えてきたのです。
 おいしい野菜スープでも飲むように、脳にスッと はまり込んでくれるのが感じられました。
 
{スーッ・ハーイチャイ・ルッ}  haaijai  深く息を吸う
 
 {スーッ} も {ルッ} も知っている単語でした。
 覚えたい単語の {ハーイチャイ} に下線を引きます。
 念のため、訳文はフルに書くことにしました。
 
 学習済みの単語に支えられて、新出単語の {ハーイチャイ} が文字通り「息づき始める」のが感じられるのです。
 
  連語のなかで生き生きする「名詞」 ■
 
 「単語」だけツルツルテン状態でメモに書いても、絶対に覚えられない。
 
  単語は、他の単語と結びついた瞬間から息づきはじめます。
 その「息づき」こそが単語がもっている「ちから」です。その「ちから」に脳が反応して、単語を脳のヒダに受入れるのでしょう。
 
 英語に応用してみましょう。
 たとえば
 
precedent  前例
 
 これだけではなかなか覚えられない。
 
set a precedent  前例
break with precedent  〜を破る

 
と書いてみたらどうでしょう。precedent には下線を引きます。
 
 動詞+「名詞」のペアで、名詞が息づきはじめるのが分かります。
 
altitude  高度
 
 これでは覚えられません。 
 
at high altitude  高度
suffer altitude sickness  高山病にかかる

 
 altitude に下線を引きます。
 これを4〜5回見れば、頭に入るのではないでしょうか。
 
  「形容詞」+名詞、「動詞」+名詞 ■
 
extravagant  ぜいたくな、法外な
 
と単語メモに書いても、印象は希薄です。
 
an extravagant price   とんでもない
an extravagant lifestyle
   
 
と書いてみてはどうでしょう。extravagant に下線を引きます。
 
promulgate  公布する
 
と単語メモに書いても、「それがどうした!?」と脳が反発しているのがビンビン伝わります。
 
promulgate a new law
 
と書いて、promulgate に下線を引き、pro- にアクセント記号をつけるだけで十分です。

 a new law(新しい法律)という3つの単語に力を得て、promulgate という無味乾燥な単語が息づいてくれるのです。
 
  一粒で何度もおいしい…… ■
 
 単語メモに書き入れるときには、ツルツルテンの単語をポツンと書くのではなく、できるだけ用例として書き写そう。
 
 「動詞+名詞」「形容詞+名詞」のような単語のペアか、それよりもっと長い形で書きたいものだ。
 そして、覚えたい単語に下線を引き、必要なところだけ訳や説明を書いておく
 
 正直いって、新出単語は1語単位で書き写すほうがはるかに簡単だ。
 用例として書き写すとなると、どこをどう書き写したものかと、頭を使う。ちょっとした手間になる。
  しかし、この作業が単語を脳にいっそう印象付けてくれるのだ。
 
 こうして作った単語メモ。3〜4日見続けると飽きてくる。飽きたら、捨てずにしまっておく。
 
 数週間経ったところで、また見る。
 すると、けっこう忘れていてちょっとガッカリする。
 でも、「焼け棒杭(ぼっくい)」に何とやらのたとえ通り、単語は前よりもラクに脳に残ってくれる。
 
  「単語帳」の書き方革命 ■
 
 日本全国の学生・生徒諸君が勤勉に作っている「単語帳」。
 「単語帳」用のノートというのは、だいたいが
<単語>  <発音>  <品詞>  <意味>
という4つの欄からなっている。
 
 学生・生徒の皆さん、「1単語を1行で」主義を捨てよう
 「1表現を2行で」主義でいきましょう。
 
 ツルツルテンの単語を書くのではなく、数単語のまとまりで書き写すのです。
 単語帳に印刷してある欄など、無視しちゃいましょう。
 
 用例を書いたら、覚えたいキーワードに下線を引きます。 
 
 あとは、必要に応じて発音記号を書いたり、訳を書いたり。
 ずいぶん生き生きした単語帳に早変わりするはずです。
     
  
  
  実践・タイ語学習ことはじめ

 

【平成16年3月1日配信】 
 外国語学習のコツを披瀝(ひれき)できればと、コラム子のタイ語学習記を書いてみたい。
  今書いておかぬと、自分でもどうやって勉強したか忘れてしまうだろう。
 
  文明大国への敬意が原点だ ■
 
 タイには一昨年、昨年あわせて5回ほど来ていたが、それぞれわずか3〜4日の出張だ。
 デザイン豊富なタイ文字にいささか好奇心はそそられていたが、習う気は起きなかった。
 ヘブライ語学習以来、習う外国語はこれ以上増やさない、と決めていた。
 
 ところが今年に入って長期出張必至となった。
 迷った末に、決心した。
 
 タイという国は、フィリピンやマレーシアと違って、立派な文明独立国なのですな。
 日本と同様、英語が極めて通じにくい国。
 タクシーに乗るにも、タイ語が分からぬと何かと不便である。
 
 そして、文明大国だから、出版文化も立派。本屋に行けば、膨大なタイ語書籍があふれている。
 (フィリピンやマレーシアの書店では、英語の本が圧倒的に幅を利かせていて、現地語の本はほんの片隅に貧弱なレパートリーをさらしているだけだ。)
 
  習ってみようじゃないか、と思った。
 
 習って1ヶ月半。タクシー運転手との今日の会話:
運 「東京とバンコク、どっちが車は混んでるかい?」
泉 「そりゃバンコクさ」
運 「日本の人口は何人だ?」
泉 「1億2700万人だよ」
 
 まあ、立派なものでしょう。
 
  ひたり続けて離陸する、最初が肝心 ■
 
 本気で始めたのは、1月17〜18日の週末。
 タイ語学習用の語学教科書のCDをかけて、これを浴びるように聞き流しながら、タイ文字の練習帳でタイ文字を書く練習をした。
 
 タイ文字は子音の文字だけで42文字もある。
 1日5文字ずつ勉強しよう……みたいな悠長なことを言っていたら、42文字目を覚えるころには最初の5文字を忘れているだろう。
 とにかく2日間かけて42文字を識別・筆記できるようになった。
 
 文字とか文法とかは、思い立ったときにドッと詰め込み学習するべきだ。
  これ、コラム子の持論です。
  頭がボーっとするくらい のめり込むと、ことばのシステムが見えてくるのですね。
 
 発音練習する前に、CDをとことん聞き込む。
 ことばの雰囲気に十分ひたって、言語のコスプレ(仮装)を演じる脳の準備をする。
 
 言語はそれぞれ固有の周波数を持っている。タイ語も、空中浮遊するような甲高(かんだか)い音がある。
 初めて聞いたときは、「これはいったい人間の発音か?」と思ったほどだ。
 そう、そうなんです。異言語を学んで、ET(異星人)になるのですよ!
 
 コラム子の場合、北京語はプロ、朝鮮語もそこそこに出来、広東語も初歩的会話だけはできるので、タイ語の発音はかなりラクだった。
 それでも、毎日2時間CDを聞き続けた。
 起床後すぐと、寝る前と。
 
  文字の判読ができてウキウキ ■
 
 タイ語の最初の先生は、正直申し上げますと、カラオケの席で隣に座ったお姉さまでした。
 歌を入力する度に、歌番号で数字の練習。
 手・足・鼻・耳・靴・水・氷……と、まことに親切に発音練習に付き合ってくれました。
 
 お前の勤務先のバンコク事務所の現地社員から習えばいいじゃないか、と言われるかもしれないが、商社マンの現地社員との会話は全て英語だ。
 現地社員も、日本人のタイ語の学習に付き合ってくれるほどヒマではない。
 何せ毎日交通渋滞をバス通勤で、片道2時間も珍しくない。
  
 で、カラオケ・バーをタイ語教室にすることを一瞬夢想したが、タイ語堪能な邦人若手社員からこう言われた。
 「泉さん、語学学校にちょっと行くだけでも随分と違いますよ。個人教授に応じてくれるところがありますから」
 そう言って、語学学校のリストを渡された。
 
 よし、「短期集中で一気に離陸」がモットーだよな。
 土・日に2時間ずつ通ってみよう。

 1月末の週末、語学学校の最初の2時間は、先生にタイ語の謎解きをお願いした。
 新聞・雑誌の見出しに使われているタイ文字のデザインが、あまりにデフォルメされていて、なかなか判読できない。
 デザイン文字と標準文字がどう対応しているのか、懇切に教えてもらった。
 オーッ、これで少なくとも文字の識別だけは完璧にできるようになったぞ。
 
 …… これが、本格的に習い出してから2週間目。
 人名・地名が判読できる度に、素朴な感動を楽しめた頃です。
 
  とにかく絵本を1冊読んでみる ■
 
 2月中旬を過ぎると、新たな欲求が沸いてきた。
 何でもいいから、タイ語の本を1冊読み上げてみよう。
 
 そうなんですよ。やはり、現地語の本を1冊読み上げるという達成感が、その言語との「結婚」とでも言おうか、末永い御縁を約束してくれるのですね。
 
 本能に突き動かされるようにして、オフィスのあるビルの1階にある書店に行き、子ども用の絵本を3冊買った。
 
 いちばん文字数が少ないのから始めることにした。
 『虫歯の魔女』という絵本である。
 タイ語オリジナルだ。
 ひょっとしたら、これを読む日本人はコラム子が初めてかも……、とそんなことを考えて勝手に感動にひたる。
 
 まずノートに行間を十分に空けてタイ文を書き写す。
 
 タイ語は単語ごとに分かち書きせず、1つの文は一続きに書く。
 いったいどうやったら読めるのだろうと不思議に思っていたのだが、音節の成り立ちに一定の規則があって、音節の区切りは容易に判別できる。
 この辺が約1ヶ月の学習の成果である。
 
 手元の字引は、大学書林の『タイ語常用6000語』という単語集である。
 タイ語の基本単語はだいたい1音節から成り立っているので、1音節ずつ小まめに引いていくと、あら不思議、あぶり出しのように文章の意味が分かってくるのですね。
 
 それでも、たかが絵本なのに、1ページの文章の中に「常用6000語」未収録の単語が2つもあった。
 そこで、急遽今度はオフィス1階の本屋にあるタイ英辞典を購入した。
 
  タイ語の辞書を引く面倒くささ ■
 
 タイ語の辞書はタイ語のKに当たる子音で始まり、Hに当たる子音で終わる。
 
 子音字(しいんじ)が42もあって、順序がとても覚えられない。
 引くのが難儀なので、「常用6000語」とタイ英辞典の腹に見出し文字をマーキングしてみた。
 
 子音字42文字と言っても、頻繁に使われるのはそのうち20字余りである。
  サンスクリットからの外来語を表記するためだけに使われる外来語専用文字(日本語の「ヴ」みたいな存在)が幾つもあって、使用頻度は少ないが、逆にこれが出てくると格調高さを物語る。
 
 見出し文字をマーキングしていきながら、あることに気がついて、ゾクゾクするほど感動してしまった。
 読者の皆さんにも謎解きに参加していただきましょう。
 
 使用頻度の高い24文字をタイ語アルファベット順に並べます。
 何か気が付きますか?
 (「!」は、「有気音(息を強く出す音)」を示すものとします。)
 
  k  k!  k!  ng  ch  ch!  s  d  t  t!  t!  n  b  p  p!  f  p!  m  y  r  l  w  s  h
 
  何に気付けばいいの? と思われるでしょうから、ヒントを差し上げます。
 
    k!  k!  ng  ch  ch!    d    t!  t!    b  p  p!    p!  M  Y  R  l    s  h
 
  大文字にしたところをつなげてみてください。
 
  K  S  T  N  F  M  Y  R  W
 
  カ、サ、タ、ナ、ファ、マ、ヤ、ラ、ワ
 
  五十音図につながるタイ語…… ■
 
 そうです。タイ語のアルファベットの基本思想は、五十音図と共通しているのです。
 
 あわてて母音の並べ方を調べてみると、これまた <ア、イ、ウ、エ、オ> の順で並んでいるのです。
 
 これが分かって、字引が数段引きやすくなった。
 タイ語では M、N、R、Y にあたる文字が頻繁に出てくるのだが、これらがどういう順序で出てくるか、なかなか覚えられなかった。
 
 ところが、
あ  か  さ  た    は  マ  ヤ  ラ  わ
を唱えれば、たちどころに N、M、Y、R  の順であることが分かる。
 
 日本からタイ語の教科書を7冊も買い込んできたが、こんな語学のコツ、どの本にも載っていない。
(後日談: 実はこのことが書いてある本があった。このコラム末尾をご参照。)
 
 なぜ五十音図とタイ語アルファベットが同じ思想で貫かれているのか? 
 タイ文字が確立されたのは13世紀。日本の鎌倉時代だ。
 さては、鎌倉時代にタイ人が日本語を勉強したのかな……。
 
 種明かしをすると、どちらも実はサンスクリット(梵語)のデーヴァナーガリー文字の配列から来ているのである。
 日本語の五十音図も実は、梵語に堪能な仏僧が梵語の知識に基づいて日本語の音節表を整理してくれたものだ。
 
 参考になるホームページを探し出したので、ご紹介する:
http://homepage1.nifty.com/forty-sixer/50onzu.htm
 
  さて、どこまで行けるかな? ■
 
 タイ語版の『星の王子さま』を買ってしまった。
 『星の王子さま』は、これまでにフランス語原文のほか、エスペラント、英語、中国語、朝鮮語、ロシア語、スペイン語、ドイツ語を買っていて、それぞれ読める。
 さて、タイ語の『星の王子さま』を読めるようになるか?
 
 タイトルだけは読んだ。 「チャウ・チャーイ・ノーイ」。
 
 『常用6000語』を引くと、「チャウ」が「王子」、「チャーイ」が「男の」、「ノーイ」が「小さい」。
  「チャウ・チャーイ・ノーイ」で「小さい男の王子」。Le Petit Prince そのものだ。
 
 本文を開くと、かわいいタイ文字がいっぱい並んでいて、ホテルの部屋でこれをじっと見ていると、発狂してゲラゲラ笑い出しそうになってくる。
 まあ、そんなふうにして、商社マンのバンコクの夜は更けていくのです。
 
===


【平成16年6月28日配信】
 3月1日号「タイ文字と五十音図の不思議な関係」で
≪そうです。タイ語のアルファベットの基本思想は、五十音図と共通しているのです。 ………
日本からタイ語の教科書を7冊も買い込んできたが、こんな語学のコツ、どの本にも載っていない。≫
と書きました。
 
 でも、さすが語学教科書の水準世界一を誇る日本の語学界。
 私なりに見つけた語学のコツをしっかり書いてくれている本がありました。
 
  山田均(ひとし)著『キーワードで覚える! やさしいタイ語会話』 (株式会社ユニコム発行) に、こんな記述がありましたのでご紹介しておきます (同書22ページ)。
  
≪タイ文字はインド文字の配列にならった音声学的配列になっています。一見難しく見えますが、同じようにインド語の配列に起源を持つ日本語の五十音図とはよく似ています。
  
≪k(カ行)の後に ch(サ行)t(タ行)n(ナ行)ときて、p(ハ行)m(マ行)y(ヤ行)r・l(ラ行)w(ワ行)と続くことに注目して下さい。
  
≪ラオス語、カンボジア語、ビルマ語などインド系の文字を使っている言語の字はすべてこの配列になっています。≫
  
  山田均さんのこの教科書、「やさしい」と銘打ってありますが、入門用ではなく、初級をいちおう終えた人向けの名著です。
 
 NHKの語学講座テキストを、こう使う
【平成14年8月26日配信】
 京都市にお住まいの読者の方から7月22日にこんなメールをいただいた。
 
≪高校生に英語を教えています。唐突ですが、コラムで取り上げていただきたいことがあります。
 
それは、語学を学ぶ方法についてです。
 
最近の高校生のための「学習法」の主流は
「コンパクトディスク(CD)などの音源を利用し、内容をしっかり理解できる英文を繰り返し音読・筆写し、完全に身につけてしまいましょう」
というものです。
 
しかし、他科目の勉強やクラブ活動、アルバイト、それに加えて遊びにも忙しい高校生にとっては、時間と労力がかかりすぎるようです。
生徒にこの学習法をすすめても、1年間を通じてやりきれるような生徒は1割未満でした。
 
2つ質問をさせてください。
 
1) 高校生にとってちょうどよい英語学習方法とはどんなものだと思われますか。また高校英語はどうあるべきでしょうか。
 
2) 英語の上級者を目指す大人が取るべき英語学習方法はどんなものでしょう。より有効な手段はあるのでしょうか。≫
 
 いただいた2つのご質問、まことに「商社マンに技あり!」の「語学のコツ」シリーズのテーマにふさわしい。
 この2つを問題意識の中心にすえて、「語学のコツ」の披露をさせていただこう。
 
■ 「NHK語学講座」という日本文化 ■
 
  日本が世界に誇る文化は数あれど、NHKの語学講座もその1つ。
 
  英語からロシア語、イタリア語まで7つの言語の多様なコースがテレビ・ラジオで全国展開、おまけに充実したテキストとCDまで超廉価で買える。
 
 語学好きが随喜の涙を流さんばかりのこんな国、日本だけですよ。
 
  かく言うわたしも、今から30年近くも前、中学生時代の「続基礎英語」「英語会話」以来、お世話になってきた。
  つい昨日も、 ラジオの 「中国語講座」「ロシア語講座」「ハングル講座」のテキストを近くの書店で買った。
 
  放送を聴く時間がよくありますね、ですって?
  そう、そのとおり。
 放送を聴いている時間なんて、ないですよ。

  テキストを、トイレや通勤電車のなかで読んでいる。テキストを半分に折って、背広の内ポケットに忍ばせているときもある。

  1冊がコーヒー1杯のお値段の月刊テキストを、だいたい2〜5日で一気に読んでしまう。
  こうやって、覚えた外国語を定期的にリフレッシュするのが、わたしの流儀である。
 
■ 「中級」英語突入の切り札はこれだ ■
 
  さて、高校生やごく一般の日本人が英語の力を伸ばしたいな、というときのおすすめは?
 
  NHKの英語講座は、ラジオだけでもレベルの異なる6種類のコースがある。(わたしが学生のときは3種類しかなかったが!)
  このなかで、おすすめしたいのが「新基礎英語3」だ。
 
  え!?  「新基礎英語3」って、中学3年生対応のコースでしょ? 
 バカにしないでよ! と憤慨されるかもしれない。
 
  では実物をご覧あれ。平成14年8月27日放送分のテキストから ――
 
≪Plane journeys can be quite boring. 
But I know a special way to keep you from boredom. 
It is to watch the people around you.≫
 
  ほら、高校生のあなた、boredom なんて単語、知ってました?
  テキストの和訳文を掲げましょう。とてもナチュラルな日本語ですよ。
 
≪飛行機での移動はとっても退屈になること、ありますね。でも、退屈にならないで済む特別な方法があるんです。周りの人をじっくり観察するんです。≫
 
  商社マンの、空港での雑談にそのまま使えそうだ。
  動詞の watch を 「見る」ではなく「じっくり観察する」と訳しているのもセンスがいい。ほらね、けっこう勉強になりそうでしょ。
 
■ 「中3英語」の王道 ■
 
  「中3の英語ができれば英会話はできる」と、いろんな人がそこここで書いている。
  ではそのために、ストライクゾーンど真ん中をねらった教材があるかというと、これがなかなかない。
 
  中3英語のいわゆる「学習参考書」は、社会人が英語をリフレッシュするのに使うには「退屈」でしょう。
  お手頃価格で「新基礎英語3」を超えるものは、ちょっと見当たらない。
 
  NHKラジオ講座で、 「新基礎英語3」の ひとつ上は「英会話レッツスピーク」。
  たしかに語彙レベルでは「新基礎英語3」よりやや上だ。登場人物の短いやりとりが続く方式の本文である。
 
  平成14年8月27日放送分は、こんな具合に始まる。
 
≪Father:  So, Ben, how has your homestay been so far?
Ben:  Great.  It's only been a week and I've already seen so much.
Father:  You have?  That's good.≫
 
 テキストに出ている訳文を掲げておこう。
≪父親:それで、ベン、ホームステイはこれまでどうだったのかな?
 ベン:よかったです。まだ、1週間だけですけど、いろいろなものを見ましたから。
 父親:そうなの?  それはよかった。≫
 ベン君のホームステイを受入れた家族の父親とベン君の会話、という設定である。
 
■ 暗記・暗唱には「ひとり語り」形式のテキストがよい ■
 
 会話教材というと、こういうセリフの掛け合いものがいいのだと思われがち。
 しかし、初級から中級へと移行する過程の「良い教材」は、「新基礎英語3」のような「ひとり語り」式のテキストだと思う。
 
 なぜって、「ひとり語り」式の本文のほうが、暗唱に適しているからだ。
 語学で初級を脱するには、手頃な長さの文章を暗記するのが一番。わたしもやりましたよ。
 「新基礎英語3」の本文はこれに向いている。
 
 掛け合いセリフ形式の文というのは、なかなか暗記しにくいのですよ。
 ひとり二役の落語家みたいなこと、やってられます?
 
 「新基礎英語3」は、日ごとに話題を変えての「ひとり語り」形式。話題が変わるごとに、使われている語彙分野も変わるので、記憶意欲が刺激される。
 
 出来のいい高校生の皆さんは、中3生向けの英語講座を聴くなんて業腹ごうはらでしょうよ。
 それなら、テキストなしでラジオに耳を傾けてはいかが。
 わたしも 中学3年生のころ、 当時の「続基礎英語」(中2対応のコース)をテキストなしで聴いていました。
 
■ 1年分の予算は2万円強 ■
 
  「新基礎英語3」の放送は、NHKラジオ第2放送で、月曜から土曜の毎日、
あさ  6:30〜6:45
午後  2:45〜3:00
夕方  7:00〜7:15。
 
  忙しい社会人が、これに合わせてラジオの前に坐るのは難しい。少なくとも商社マンの生活時間にはまったく合いませんな。
 
  わたしとしては、テキストと別売りになっているCDの購入をお勧めしたい。
 
 1ヵ月分の放送のエッセンスが2枚のCDに詰め込まれていて、1,580円という驚異の廉価。 これ、フルサイズCD2枚の価格である。
 英語で本文が読み上げられるだけではなくて、講師の先生の日本語の説明も入っていて、はっきり言ってCDを買えばラジオを聴く必要はないと言えるだろう。
 
 「新基礎英語3」のテキスト12ヵ月分で、本文約 1,000頁ほどになる。これが 330円×12ヵ月= 3,960円。
 さらにCD12ヵ月分で、1,580円×12ヵ月=18,960円。 フルサイズCDが24枚でこのお値段。目がくらむような安値といえまいか。
 
 過去12ヵ月分のバックナンバーも取り寄せができる。一気に2〜3ヵ月で「新基礎英語3」を上げてしまうのがおすすめだ。
 語学というのは、グライダーで空を飛ぶようなものだ。一気に加速して、一旦離陸すれば風を受け風をさがしてさらに高みへと舞い上がれる。滑走路を時速40キロで走るだけでは、地球を一周しても離陸できないだろう。
 
 NOVA をはじめとする 外国語教室に通われるのは、 せめて 「新基礎英語3」レベルの英語の基礎を固められてからの方が、よいのではないかと思う。
         

 


 語学好きの三色ボールペン
【平成14年11月11日配信】
 『三色ボールペンで読む日本語』という本がある。
 
 読んでいる本に線を引くのに、赤・青・緑と色を区別して引いてなどいられるか。 著者の齋藤 孝(さいとう・たかし)というお人、よほどのヒマ人じゃないのか。一丁ガツンと批判してやろう。
 ―― 実はそう思って買ったのである、この本は。
 
 ところが一読して、コラム子も三色ボールペンのファンになった。 語学マニアとして日頃困っていたことが、この三色ボールペンで解決されたからだ。
 
 ただし、語学マニアかつコラムニストのための三色ボールペンは、大学の先生として国語に取り組む齋藤 孝さん流とは 自ずと異なるものとなった。
 今日はその話をしたい。
 
■ 「主観」と「客観」の峻別 ■
 
 齋藤方式の三色ボールペンはどう使うのか。まずは簡単にご紹介しておこう。
 
 齋藤方式のキーポイントは、「主観」と「客観」を峻別するところにある。
 
 どんなにありきたりで退屈な箇所に思えても、「客観」的に文章の最重要部分と判断されるところには「赤」線を引く。
 それに準ずる重要部分には「青」線を引く。
 著者の意図に忠実に引いていくのが「赤」と「青」だ。
 
 一方で「緑」線は「主観」の世界だ。
 自分が面白いと思ったところ、自分の追い求めているテーマに関連するところなど、およそ読み手の趣味に応じて引き放題。読み手の姿が浮かび上がってくるのが緑線である。
 
 こうして、齋藤方式で三色の線が引かれた本は、「赤」線と「青」線をたどっていけば著者の意図が明らかとなるし、「緑」線をたどっていけば読み手側の思い入れを追体験できることになる。
 
■ 欄外大作戦 ■
 
 コラム子も、資料ないし語学教材として本や新聞・雑誌を読むときは盛んに線を引きながら読む。
 といっても、ただ線を引くだけではメリハリがつかず、後から読み返したときに役立ちにくい。
 
 そこで、特に大事と思ったところは欄外に「◎」をつけ、反論したいところは欄外に「?」、論旨の切り口に共感したところは欄外に「!」を書き添えて、区別してきた。
 
 それで十分だと思っていたので、『三色ボールペンで読む日本語』を書店の店頭で見たとき、「一丁叩いてやろう」と考えた。
 
 ところが齋藤さんの「三色ボールペン」を読み始めてすぐ、「あッ、これは使える」と思った。
 じつは、赤ボールペンだけでは不便だな、と思っていたことが1つあったのだ。
 
■ 「語学本位」と「内容本位」 ■
 
 外国語の文章をコラム子が読むとき、線を引くケースが2つある。
 
 1つが、文章の内容そのものに反応して線を引くケース。
 それは齋藤方式でいう「赤・青」(客観的重要さ)の線かもしれないし、「緑」(主観的面白さ)の線かもしれない。とにかく内容を見て引く線だ。
 
 もう1つが、語学的興味で線を引くケース。
 初めて見る単語や慣用句。
 単語の用例として面白い文。
 表現がしゃれているなと、うなった箇所。
 とにかく表現そのものに反応して線を引くケースだ。
 
 この2つは、線を引く目的が全く異なる。
 前者は内容把握のためだ。
 後者は語学の勉強のためだ。
 
 これまでどちらにも赤い線を引いてきた。
 「こりゃ面白い表現だ!」と感心して赤い下線を2本3本と引く。
 その一方で「わが意を得たり!」の箇所にもまた赤線を引いて、欄外に
「!」を書く。
 赤線ばかりで、互いにまぎれてしまい、わけがわからなくなってくる。
 
 あまりに混乱するので、新出単語・慣用句の類にはラインマーカーで線を引くようにしたときもある。
 ところがそうすると、内容本位で赤線を引いた箇所よりも、語学本位のラインマーカーの方が目立ってしまって、何とも具合が悪い。
 
 そこで逆に、内容本位をラインマーカー、語学本位を赤線としてみたが、やはり語学本位の箇所が妙に目立ってしまう。
 語学本位で線を引く箇所が、内容本位の線よりも少ないので、どうやっても目立ってしまうのだ。
 
■ 齋藤流と泉流の違い ■
 
 齋藤方式でいえば、「語学本位」の傍線・下線は「読み手側の個人的関心」の領域に属するから、「緑」線を引くことになる。
 
 ニューヨークタイムズの記事のプリントを読みながら試してみた。
 何とも快かった。
 
 「緑」線は、三色のなかで一番控えめである。それでいて、緑線を引いた箇所をさがそうとすると、しっかり眼に入ってくる。
 控えめでありながらしっかりと存在感のある「緑」のおかげで、以前からの悩みが解決された。
 
 ではもともと内容本位で「緑」線を引くべきところはどうするか。
 「あッ、この切り口いいね!」とか「よくぞ言ってくれた」という類の、読んでいて共感を覚えた箇所に引く線だ。
 
 齋藤さんには悪いが、泉流ではここで「赤」線を引かせてもらう。
 
 一方、残った「青」線は、「客観的に見れば確かにここがポイントですな」というところに引いていく。
 
■ 目的に合わせて三色ボールペンの流儀も変わる ■
 
 書き手の意図を追究して 読み を深めていく、という目的のためには、「客観的重要事」(赤・青)と「主観的関心事」(緑)を色で区別する齋藤方式は理想的だ。
 齋藤さんはいわば「国語を教える教育者」だから、その目的にかなった色づかいと言える。
 
 しかし、コラム子の目的からすると、
緑:語学・語法本位の要注目ポイント
赤:文章の切り口が冴えているところ(主観同調)
青:一応は文章のポイントと思われるところ(資料価値)
の3つに分けて線を引くのがベストのようだ。
 
 線を引いた文章を、語学目的で再読するときは緑線を追う。初めて読んだときの感動を再体験したいときは赤線を追って読む。
 
 コラム子は、ニューヨーク・タイムズやウォールストリート・ジャーナルの記事をインターネットで選んではプリントして読んでいる。
 そんなとき、泉流の三色ボールペン活用法は実に快い。
 『三色ボールペンで読む英語』という本でも出したいくらいだ。
 
■ 「緑」は言語表現の面白さと語彙定義の色 ■
 

 では日本語の本を読むとき、泉流は活きるか?
 然り、である。
 
 「緑」の線は、文章内容や文章の流れとは別に、言語表現の面白さに注目したところに引く。
 
 専門用語やキーワードを定義・説明してある箇所にも「緑」線を引く。
 これは、読み進んだ後で語彙の定義を確認しようとするとき、参照すべき箇所がすぐ分って便利だ。
 
 三色ボールペンの使い方は、その人その人の志向に合わせて開発することもできるのではないか。
 
 杉山正明著『逆説のユーラシア史 モンゴルからのまなざし』(日本経済新聞社刊)を読みつつ、泉流の三色ボールペン活用法を仕上げてみた。
 本を読むのが楽しい。
 
 


 電子辞書の例文検索機能に嬉しい悶絶


【平成14年6月2日配信】
 コラム子は自他ともに許す語学マニアで、このあいだ自宅の辞書を数えたら110冊を超えていた。
 何しろ、朝鮮語を朝鮮語で解説したいわゆる朝朝辞典だけでも、5冊持っていますからね。
 仏仏辞典は3冊、独独辞典は2冊…。あ、これでもう10冊だ。
 
 ところが、電子辞書にはとんとご無沙汰だった。
 辞書好きなりにあれこれ不満があったからだ。
 
 そのコラム子が、ついに陥落してしまった。
 今や、電子辞書のひんやりしたアルミのボディーに頬擦りせんばかりだ。
 
 辞書マニアなりの楽しみをご紹介したい。
 
■ 電子辞書への不満あれこれ ■
 
 実は6年前にソニーの「ディスクマン」を買って、電子ブック版の辞書をいくつか使っていたことがあった。
 
 ミニディスクを器械の横から装着してスイッチを入れる。
 検索単語を入力すると、駆動装置がシャカシャカ音を立ててディスクを回転させ、一呼吸おいて液晶画面に本文が浮き上がる。
 
 結局これを愛用することはなかった。
 
 異なる辞書を使おうとするたびに、ディスクを入れ替えねばならない。何ともこれがカッタルい。
 おまけに、器械の厚みが3.3センチもあって、かさばる。
 立ち上りの一呼吸の遅さが気に食わぬ。
 ……などなど。
 
 ところがここ数年、半導体の記憶容量が飛躍的に増えて、背広の内ポケットにスルリと入るサイズの電子辞書が猛烈に充実してきた。
 国語辞典、英和、和英、英英、シソーラス(類語辞典)の間を自由自在に飛び歩ける。検索も瞬間的だ。
 だからすぐにでも買えばいいのだが、そうは問屋が卸さなかった。
 
 半導体メモリーに頼る電子辞書は、「もりおうがい」「ぼうとく」を引くと「森鴎外」「冒涜」と出てくる。
 通産省の二流役人が作ったJIS規格のおかげで、{區鳥}{シ賣}のような字体が画面から消えて、通産省式の略字が 我が物顔にまかり通る。
 (この配信誌でもいまだに通産省略字しか使えない!)
 
 ミニディスク式の電子ブック辞書では、通産省略字ではなく正字体で表示されていたのに! 何と嘆かわしい退歩であろうか。
 
 昔の電子ブック辞書のように、「森{區鳥}外」「冒{シ賣}」がきちんと表示される機種が出るまで、電子辞書は買わないぞと意地を張って、かれこれ2年が過ぎた。
 
■ 記憶の網にひっかけろ ■
 
 ところが、その禁を破って、「森鴎外」「冒涜」の電子辞書を買ってしまった。
 それなりのわけがあった。
 
 電子辞書は、目当ての見出し語の説明を読むためだけに使うのなら、語学王のコラム子としてはとうていお勧めできない。
 
 会社で私の隣に坐っているアシスタントの女性も言ってましたよ。
 
 「電子辞書って、スッと引けて、パッと読めて、フーンと思って、それ
で結局頭に残らないんですよね。」
 
 そう、そのとおり。
 なぜでしょうね。
 
 外国語の一単語の綴りと訳語だけを手のひらほどの画面で見ても、記憶の網にひっかかって来ないのですよ。
 記憶というのは、脳の網にひっかかる魚のようなものでしてね。
 ほうっておくと、外国語の単語たちは雑魚ざこのようにどんどん網をすり抜けてしまう。
 
 では、親愛なる単語たちを網にひっかける方法は?
 あります、あります。
 単語というお魚に、ヒゲをつけたり、トゲを生やしたりすればいい。
 
■ 例文・用例の読み込みを忘れるな ■
 
 書籍式の辞書ならば、単語を引き当てるまでのつかのまの時間がある。
 周囲の単語と見比べて、説明の行数が多いな少ないな、と思ったり。
 ページのなかに占める単語の位置が潜在意識に何となく焼きつく。
 ……そうやって、単語が自然と頭に入ったのです。
 
 書籍式の辞書ならば、辞書のページがひとつの景色のようなもので、その景色のなかに引き当てた単語があり、その周囲の単語にも自然に目移りしたりして、そうやって言葉の世界が広がった。
 
 こういう言葉の世界を自然に押し広げていくような力が無いんですな、電子辞書には。
 
 だから、電子辞書を使うときには、とりわけ例文・用例を丹念に読み込むことだ。
 
 電子辞書は、単語を短時間で引き当てられる。節約できた時間を、例文・用例を読むのに充てる。
 そうやって、単語というお魚にヒゲやトゲを生やしてやり、記憶の網でからめとれるようにしてやる。 
 
 実際、しゃれた例文がどれだけ出ているかが、愛用の辞書を定めるためのコラム子の基準になっている。
 
 英語の辞書なら、次の2冊がいい。
 
 Cambridge International Dictionary of English (1995)
  Collins COBUILD English Dictionary for Advanced Learners (2001)
 
  ケンブリッジ英英は、まだ電子辞書界にデビューしていないようだ。
 が、コリンズ・コウビルド英英は、セイコーインスツルメンツが電子辞書に仕立てていた。
 これを店頭で見て、しびれて、買ってしまった。
 
 セイコーの SR-T6500 という電子辞書。(商品情報は本文末尾に。)
 この辞書の例文検索機能を使うと、ナマの英語用例のシャワーを浴びて悶絶することになる。
 
■ オバカな例文・用例もあるが…… ■
 
 たとえば musician(音楽家)という単語をコウビルド英英で引く。
 
 そうすると、こういう2つの例文・用例が出ている。
 
 He was a brilliant musician.
 「彼はすばらしい音楽家だった。」
 
 ... one of Britain's best known rock musicians.
 「イギリスで最もよく知られたロックミュージシャンの一人。」
 
 このうち最初の例文はサイテーだ。
 a brilliant musician のところは a brilliant writer(すばらしい作家)でも a brilliant journalist(すばらしいジャーナリスト)でもいい。
 musician という単語を使う必然性のない文である。
 
 俳句の世界でいえば、「季語が動く」、のである。
 
 こういうオバカな例文が散見するのが、実はコウビルド英英の欠点。
 昭和62年に出た初版の例文・用例は殊にひどかった。
 平成7年に第2版が出て、例文・用例が根本的に入れ換えられて、ずいぶん良くはなった。
 現在のは平成13年の第3版である。例文・用例は、第2版に若干の補充を施した程度だ。
 (いやぁ、マニアックでしょ、コラム子に辞書を語らせると止まらないんだから……。)
 
 ……さて、ここで驚異の「例文検索機能」を使ってみよう。
 目を見張るような新しい世界が広がるのだ!
 
■ 例文バンク(コーパス)の主となる快感 ■
 
 電子辞書の右上にある「メニュー」のキーを押し、「例文検索」を選ぶ。
 はやる心で musician と入力する。
 
 すると、コウビルド英英全体から検索した例文・用例が40件も出てくる。
 さきほど musician を引いたときには、例文・用例は2件しか無かった。
 38件が、他の見出し語に隠れていたのだ。
 
 切れば血が出る例文・用例の数々を見ていただきたい。
 
 My husband is a jazz musician.  Enough said.
 「うちのひとは、ジャズをやってるの。そう言えば、分るでしょ。」
 
 ……こんなステキな例文が、辞書に存在してよろしいのかしら。
 
 この例文、実は enough の項に隠れていたのである。
 それが、例文検索機能を使うと、musician で瞬時に検索できるのだ。
 
 Black-leather jackets and tattoos are the standard tools of the trade for heavy-metal musicians.
  「黒い革ジャンと入墨は、ヘビメタバンドのシンボルのようなものだ。」
 
 ...wannabe musicians who don't know which way up to hold their guitars.
 「ギターの持ち方もよく分かってないようなミュージシャンの卵たち。」

 調べてみると、それぞれ tool, wannabe の見出しに隠れていた例文・用例だった。

 もしも例文検索機能がなければ、musician にまつわる最高にステキなこれらの例文・用例に出会えないところだった。
 
■ 固有名詞で検索した例文・用例は詩情あふれて ■
 
 固有名詞を検索しても面白い。
 たとえば Japanese, Chinese で検索すると、それぞれ83件、72件の用例が出てくる。
 それらを丹念に読んでいると、現代の「日本」「中国」を象徴する単語が天こ盛りで登場する。日本・中国についての英米人の関心が那辺なへんにあるのかも、自ずと浮彫りにされてくる。
 
 Tibetan で検索してみた。
 10件の用例があった。(Tibetanを引いてもその見出し語のところに用例はないので、検索機能を使ってはじめて出会えるものばかりだ。)
 
 ...the Tibetan landscape of high barren mountains.
  「草木とてない高い山々の続くチベットの風景。」
 
 To them, as to all Tibetans, this is a holy place.
  「どのチベット人にとってもそうだが、彼らにとってここは聖なる場所なのだ。」
 
 He was undersized, as were all the Tibetan children I was to meet.
  「その子はずいぶん小柄だった。その後わたしが会ったチベットの子どもたちも皆そうであったが。」
 
 調べたら、それぞれ barren, holy, undersized の見出し語に収められた用例だったが、これらいずれも Tibetan という単語がピタッとくる。
 だから、詩情がある。
 
 辞書が、とびきりエキサイティングな言葉の旅の道具となっていく……。
 
 電子辞書のアルミボディーに頬擦りしたくなる気持ち、分っていただけるだろうか。
 
===
 
<参考情報>
 
そこまで薦めるなら使ってみようか、という方のために ――
 
メーカー: セイコーインスツルメンツ株式会社
製品番号: SR-T6500
定価: 48,000 円
量販店価格(参考): 37,800 円(これはビックカメラでのお値段)
 
収録辞書:
Collins COBUILD English Dictionary for Advanced Learners
(要するに、↑この辞書の用例バンクの生きがいい。)
Collins Compact Thesaurus
研究社 リーダーズ英和辞典 第2版
研究社 リーダーズ・プラス 
研究社 新和英中辞典 第4版
岩波書店 広辞苑 第5版
学研 漢字源 新版
学研 パーソナルカタカナ語辞典