国家とは?
サンダーバードの国家論
国際救助隊「サンダーバード」をご存知だろうか。
40代から50代の人なら、子どものころ夢中になった人も多いと思う。イギリスで昭和39年に制作され、日本でも昭和41年にNHKで放映された。
いずれの国家にも属さない非軍事的民間組織、という触れ込み。このお伽話とぎばなしが、図らずも「国家」とは何かということを考えるためのいい教材になるのだ。
ご存知ない方のために簡単にご紹介する。
21世紀。Jeff Tracyジェフ・トレーシーという大富豪が、南太平洋の「トレーシー島」に秘密基地を建設する。なんでも、月面に初めて降り立った米空軍大佐で、その後土木・建設事業に成功して財を成した。
秘密基地には、高速輸送機や宇宙ロケット、潜水艇、地下掘削装甲車など、さまざまな高性能メカが装備されている。
地球を回る軌道にも宇宙ステーションが設置してあり、ここが世界のあらゆる電波をキャッチして、SOSが入ったり非常事態を察知したりすると、秘密基地から高性能メカが出動する。
International Rescue. いかなる国家、企業、政治組織の資金にもよらぬ、究極の noblesse oblige (恵まれた身分に伴う義務)の形である。
まことに美しいお伽話なのだが、このサンダーバードをネタにしてPKO協力法に異議を唱える本が出たことがある。
『きみはサンダーバードを知っているか・もう一つの地球のまもり方』。平成4年、日本評論社刊。 水島朝穂あさほさん以下、昭和27年〜41年生れの6名の憲法研究者(大学助教授、講師など)が執筆した。
サンダーバードは「軍隊無用の究極の選択」なのだそうだ。
《「人命優先」か、「国家」優先か 信頼・自発性・連帯愛か、命令・服従・制裁か 人命救助に徹しているか、諜報・謀略活動か 人命救助・災害援助は非軍事の救助隊で》 と、章の見出しを並べてみると、内容はおおよそ察しがつく。最後の非武装中立論者たちの奏でた変奏曲なのである。
PKO協力法の国会審議で、「自衛隊とは別のPKO専門の国際協力組織を作ればよい」と言っていた野党を思い出す。
非武装へのこだわりは大変なものだ。
《… 救助用メカの一部には、武器が装備されている。([サンダーバード]1号は機関砲1門、4号は小型魚雷)。これは、サンダーバードの人命救助の理念との関連でどう考えたらよいか。「悪漢フッド」の妨害や「某国」スパイの策動等が想定されており、正当防衛・緊急避難の目的のためと説明される。… 非武装を一貫できなかった点は、サンダーバードの時代的制約をあらわしている。》
さて、前置きはこのくらいにして本題にはいる。どう書いても小中学生向けとなってしまうのだが、読者諸賢にはご寛恕のほど。
この「サンダーバード」の「秘密基地」、表向きは南洋の平和なリゾート地なのだが、さてこれが非武装で済むだろうか。
各国政府が喉から手が出るほど欲しがるであろうメカの数々。島を狙ってスパイがうようよだろう。いや、スパイていどならよろしいが、特殊部隊を派遣して占領すれば、軍事転用可能な最高水準の技術が手に入る。
さて、このトレーシー島、誰が守ってくれるのか。
この島はストーリーの設定上も、さすがに独立国を構成してはいないので、英国か米国の領土なのであろう。とすれば、英国軍か米国軍が守るのであろうが、相当の重装備で守ることになるだろう。他国に占領されたとき、失うものがあまりに大きいのだ。
それとも、数々の善行を積んだ国際救助隊ゆえ、SOSを発信すれば、かつてサンダーバードにお世話になった国々が勇んで軍隊を派遣して守ってくれる、のだろうか。
「ODAをばら撒いて、平和国家を唱えていれば、世界は日本を守ってくれるはずだ」という森嶋通夫さんの空論を連想させる。現実世界では、大陸中国にあれだけODAをつぎ込んでなお、日本への最大の脅威は大陸中国だ。日本が攻められたとき、「米国民救助の片手間」ではあれ、曲がりなりにも少しは自衛隊を援護してくれるかもしれないのは、同盟国米国だけである。
SOSを聞いて現地に行ってみたら、現地のゲリラに包囲されて最新メカを奪われました、では話にならない。隊員を人質に取られて、「サンダーバード4号をくれたら隊員を解放してやってもよい」と言われたら、隊員の父でもあるジェフ・トレーシー隊長は取引に応じるのか。
現地の主権国家の警備組織に守られるか、ないしはそれが頼りないときには自分で自分を守らなければ、高性能メカ集団を見知らぬ土地に派遣することなどできない。現実のサンダーバードは、まさに軍隊組織としての防衛機能を兼ね備えていなければ、とても「世界のどこへでも行きます」などとは言えないだろう。
サンダーバードが、原潜グリーンヴィル号のような事故を起こしたらどうなるだろう。
グリーンヴィル号は、米国という主権国家の信用を背負っているから、「グリーンヴィル号を解体して徹底調査しよう」などとは誰も言わない。事後処理も補償も、米国という国家の信用でもって行われる。
しかし、サンダーバードはどうか。この得体の知れぬ「国際救助隊」とは何ぞや? 無償で救助活動を展開しているからと言って、事故を起こしたときに補償はしなくてよいということにはなるまい。
さて、事故を起こされた国は誰と交渉するのか。
ジェフ・トレーシー隊長だろうか。それで済むわけはないのであって、国際救助隊の属する主権国家が交渉の相手となる。
トレーシー島を領土とする主権国家は、この秘密基地を徹底的に調べるはずである。主権国家として責任を負うためには当然だろう。
お伽話のサンダーバードは、子沢山のトレーシー家とその関係者だけで運営している。だから皆、平時にはリッチな生活を送り、組織の束縛からも自由である。
しかし、現実のサンダーバードは、膨大な人員を必要とする。一歩間違えば多数の命が失われるメカを扱うのだ。親族縁者だけで構成できるわけもなく、厳格な指揮・命令系統が不可欠だ。
リッチなトレーシ家の人々を羨み、サンダーバードのメンテナンスにいそしむ末端の工員さんたちも組合を作って労務条件の改善交渉を仕掛けてくるだろう。まさか工員さん一人一人にトレーシー家並みの別荘は作ってあげられない。かと言って、緊急のSOSに応えてサンダーバード発進というときにストをされても困る。
交渉のためのルールも必要だし、大多数が納得するような待遇の設定には英知が求めれらる。国際救助隊という組織の意義を、繰り返し各個人に徹底して教育することも大事になってくる。
日頃は空気のごとくで意識もされない「主権国家」というものの意味が、サンダーバードという触媒によって鮮明に見えてくる。
PKO実施になぜ軍隊組織が必要かということも、明確に分かってくるのだ。
サンダーバードというすばらしい教材に着目した水島朝穂さん以下の6名の先生がたには、一応敬意を表したいが、この先生がたの出した結論はコラム子と正反対のものだった。
さて、目が曇っているのはどちらだろうか。
(平成13年2月18日)