日本という名のエンパイア



     世代間のせめぎ合いが始まるか
 
 「自民党の明日を創る会」という、自民党の「若手国会議員」の会がある。
(平成12年11月20日に「日本の明日を創る会」と名前が変わった。)

 加藤紘一氏に先んじて森首相への退陣要求をぶち上げて、話題になった。「創る会」の中心メンバーが、たまたま加藤派の石原伸晃
のぶてる氏や塩崎恭久やすひさ氏なので、加藤派の別働隊のような印象を与えてしまった。

 しかし、構成メンバーを見れば、「加藤派若手」にとどまらぬことは一目瞭然で、むしろ昭和20年・30年代生まれの議員たちの異議申し立てと言ったほうがよい。
 多士済済、である。だが、いい子にしていたら、あと10年、20年間は下積みだ。

 民主党などの野党に流れる人材のうち、少なからぬ人々は、「自民党にいたら下積みが長くてやってられない。手っ取り早く野党に行って、やりたいことをしたい」という向きもあるのではないか。

 
自民党の最大の課題は、世代の交代だ
 大いに応援したい。
 
 平成12年11月14日現在のホームページを見ると、構成メンバーは36名。このうち
四国選出の議員が何と 8名も含まれている
 嬉しいじゃありませんか。
 嬉しいついでに、これがその四国人たちの顔ぶれ。五十音順で。
 
 後藤田正純(昭和44年生れ、徳島3区) 
 塩崎恭久 (昭和25年生れ、愛媛1区)
 七條 明 (昭和26年生れ、四国ブロック)
 平井卓也 (香川1区)
 福井 照
てる(昭和28年生れ、高知1区)
 山内俊夫(昭和21年生れ、香川全県区)
 山口俊一(昭和25年生れ、徳島2区)

 山本公一(昭和22年生れ、愛媛4区)。

 その主張を見ると、党内改革のために先ず「年功序列・派閥中心主義」の打破を挙げている。
 総裁選のあり方を変えたい、とも主張している。
 たぶん、
イメージとしては、米国の共和党や民主党の大統領候補選びのプロセスではないか。多くの公開討論で、議論が活性化する。社会が注目し、いろんな知恵が集まる。

 「党員の投票総数と国会議員の総数を同価値とする。地方議員にも別枠の投票権を与える。立候補に必要な推薦人の数を減らす」というのが、その方法論。「総裁選に国民の多様な意見を吸収する」ことを目指す。
 今回の加藤紘一氏の騒動のごとき、国会議員どうしの多数派工作に走る争いには食傷気味だが、オープンに政策論を戦わせる場ができるとすれば、大いに歓迎したい。

 「党は議員の自由な議員立法を阻害せず、不必要な党議拘束は行わない」という要求も掲げている。この辺になると、そもそも「党」とは議員が立法行為をするために結束した集団ではなかったのかしら、と教科書的コメントをしたくなる。党が党議拘束を行わなければ、何のための党か、という気もする。
 
 たぶん「創る会」が言いたいのは、
党内で行われている激しい議論を、もっと国民にも聞いてもらいたい、ということかもしれない。「マスコミを有効に活用し、国民に対するアカウンタビリティを満たすための長期的戦略を確立する」ことを目指すという。
 大いに国民の前に顔を見せてほしい。
 
(平成12年11月19日)

  「国民のため」 と 「保守本流」

 加藤紘一氏の最大の論点は、「積極財政の否定」である。
 蔵相のポストを宮沢氏から素直に譲り受けて、「内なる社会主義」克服に向けて党内・政府内の議論を盛り上げた方が
、国民のためになったのではなかろうか。
 
将来ある若手議員たちを自分の船に乗せて泥船よろしく沈むことだけは、思い止まってほしい。     
 巨艦「日本丸」は、ある意味で加藤紘一氏の言うとおりに舵を切り始めているのだ。
 と言っても、「加藤首相」の実現ではない。
 農村の雇用創出目当ての「公共
事業」の、「見直し」だ。
 「聖域」のように言われた公共事業が、粛々と、着実に、見直しの対象になっている。ようやくにして、という言葉が当たっている。この辺の変身のリズムがいかにも「日本」そのものだ。
 この変化の風のなかで蔵相になって、あたかも自分がその立役者であったかのごとく振る舞い、次の総理就任の日を待った方がよかったのではないかと思うのだが。
 
 
日本の社会というのは、異なる「職能集団」が寄り集まるという形で安定するような気がする。加藤派は、あと一、二年、「財政」という職能を牛耳ることに専念してもよかったのではないか。
 
 毎日新聞社の『週刊エコノミスト』(10月17日号)で、加藤氏は「保守」のあり方について、とてもいいことを言っている。

 《私は、
日本の保守基盤とは、地域・企業などで良識と責任感を持ってまとめ側、執行部側に立ち、汗を流す決意をした人々ではないかと思います。彼らは、まじめに農地を耕し、商売をし、神社の氏子やお寺の檀家としての務めを果たし、町内活動やPTA活動を地道にやっている人たちでした。この人たちは、政治に文句もいうが、同時に自分たちが地域を支えていかなければならないという責任感をいつも持ち続けてきたのです。これは会社コミュニティーでも似たような形態になっていたのではないでしょうか。こういう人たちは、新聞をよく読み司馬遼太郎や塩野七生を読み、時には「般若心経」を読んだりして、その視点は非常に鋭い。そして人の見えないところでお金や時間を使い、時には泥をかぶることも厭わず地域のために頑張っているのです。》

 私など、こういう言葉を聞くとジィんときて、涙がほろほろと流れてしまう。口下手で、とかくぶっきらぼうな印象を与えてしまう加藤氏だが、こんなふうに、山形人なりの心を前面に出してみてはどうか。国民の受ける印象は随分違うと思う。
 これに続く加藤氏の「革新」勢力批判が、興味深い。

 《労組の幹部でも地域のために汗を流している人たち、社会の問題を自分の問題と捉えている人を、私は保守意識を持った人だと思っているのです。
 これに対し、革新的な人たちは、組織を作り、あらゆる問題を政治の課題として「要求する政治」「獲得する政治」を目的としてきました。》

 
加藤氏は「革新」勢力なるものの気風を軽蔑している。その保守本流の自分がなぜ民主党になど行かねばならぬか、と思っているに違いない。

 その割には、ここ一週間の言動は、自民党のなかに敵を作りすぎてしまった。ようやく「謹慎期間」が切れようとしていたのに、残念なことである。
(平成12年11月19日)
  せつない「捨石」の加藤紘一氏

 
ロンドンの The Economist 誌(11月4日号)の第一論説が、自民党の改革派実力者として加藤紘一氏を持ち上げている。その側近として his young supporters, such as Yasuhisa Shiozaki と、愛媛県選出の塩崎恭久議員も言及されている。 
 松山人が天下のエコノミスト誌に役者として認知されたのはうれしい限り。塩崎氏には大いに期待している。

 さて、そのボスたる加藤氏だが、
ここ数日の動きはいったい誰に唆そそのかされたのだろうか。その才は認めるにせよ、首相になりたいと自薦して自民党員がワッとついてくるほど人望のある人ではないのだが。民主党にせよ、加藤氏を本気で応援するのは、鳩山氏に近いグループだけではないか。一週間後の新聞が報じる加藤氏の姿を想像すると、ほんとにかわいそうだ。

 12日(日)の各紙を読むと、記事本文は全体を読めばだいたい似たようなことが書いてあるのだが、見出しと構成の違いで印象がまったく異なる。マスコミ論のいい教材になるのではないか。

 読売新聞は、山崎氏の「加藤氏に同調」というコメントを一面トップに掲げている。加藤だけでは何も動かぬが、山崎が動けば話は別だ、というわけ。まっとうな判断だ。社説は「国政を混乱させてはならない」として、ここ2ヶ月は政界再編よりも法案・予算成立に注力すべきだ、と言っている。

 はからずも象徴的なのは、読売一面左の「地球を読む」に元駐タイ大使の岡崎久彦氏が登場していることだ。同氏は、産経の平成10年7月14日の「正論」に「不安な加藤氏の外交的言動」という一文を寄せたことがある。
 加藤氏は「日米中等距離」論を唱えている。日米同盟のために血を流したくない、という一念で、台湾海峡をガイドラインの適用地域から除外すべきだという趣旨の発言も行っている。「日本社会が営々として克服して来た、戦後左翼の空想的平和主義と同根のもの」と岡崎氏は言う。同じ外務省の後輩である加藤氏への素直な期待感も示しつつ、岡崎氏はこう結んでいる。

 《加藤氏は今のままでは総理、外相にしてはいけない。蔵相、通産相ならばもとより反対はなく、政界の顕職を歴任される事に祝意を表したい。しかし、
加藤氏が今の思考の習慣を変えないかぎり、総理、外相とするのは重大な危険を冒すことになり、国を誤る惧れがある。》

 これに対して、加藤氏を文字通り煽
あおりまくっているのが朝日新聞である。
 何しろ、一面トップが「自民・加藤氏インタビュー」だ。「首相退陣要求を明言」と大見出し。おいおい、干されて謹慎の身の加藤氏は、いつからキングメーカーになったのか。「野党と連携視野」「改革政権担う意欲」と明朝体の大見出しが続く。社説は「もう後には戻れない」だ。四面政治面は「そして加藤氏は決起した」。おいおい、今度は三島由紀夫か。「『森政権では国壊れる』」「『決心変えぬ』退路断つ」。一方、主流派は「強気の陰、消えぬ不安」だそうだ。
朝日新聞だけを読んでいると、明日にも加藤政権が出来そうな錯覚を覚えてしまうだろう。

 対照的なのが産経新聞だ。「『不信任』同調者除名も」「首脳・幹部会合 森政権支持で一致」「加藤氏派内固め きょう宮沢氏と会談」。一面のこの見出しを見て、加藤政権を予感する人は皆無ではないだろうか。二面も見出しは続く。「加藤派内に温度差」「同調者集め困難 『若手結束』側近グループは自信」「主流派の締め付けに苦悩」。

 加藤氏が数十人を率いて民主党に合流してくれることを、民主党の鳩山氏は待望していることだろう。集団的自衛権論議の袋小路から抜け出るために、鳩山氏には何としても数の援軍が必要なのだ。

 今は静かにしているが、
注目したいのは小沢一郎氏の動きだ。自民党内左派の加藤氏グループを党から追い出すには、どうするか。自民党主流派は、先の選挙で踏ん張った自由党を一気に党内に呼び戻す策に出るかもしれない。これに保守党が加われば、本格的保守政党の復活だ
 加藤氏グループが民主党に入れば、日本社会党の化石のような人々は民主党で完全に主導権を失う。鳩山・加藤の指導部を得れば、民主党も面白くなるのではないか。
 
 いずれにせよ
加藤氏は、もはや何も失うものはなくなった。国家論、外交論、経済論などなど、大いに国民の前に披瀝してもらいたい。自分の発言を新聞が載せてくれるうちに。
(平成12年11月12日)
 

  
外交の国内問題化――森総理は天才かも

 
森喜朗よしろう首相が洩した猿芝居の台本。
「なぁんだ、横田めぐみさんは
、朝鮮国に拉致されたとばかり思ってたら、タイ国のバンコクに居たのか! それじゃ、いくら朝鮮国に言ったって出てこないはずだよな、ハッハッハ…」
 
さてかくも下らない瞬間芸を思いたのは?
 自民党の野中広務
のなかひろむ氏の顔が浮かぶ。
 かねてより野中広務氏は、発言一つで国を左右しかねない地位の政治家としては、異常に軽佻浮薄なところがある。平成10年5月9日には、大陸中国の南京市にある「日本軍による30万人虐殺説」のプロパガンダ施設に行って献花している。(これが実は露払いで、そのすぐ後の5月24日には社民党の村山富市氏が献花しに行った。) 最近の外国人地方参政権問題では、「強制連行で日本に来た在日韓国人・朝鮮人にだけ地方参政権を与えよう」と口走り、専門家の嘲笑を浴び、自民党議員の多数からソッポを向かれた。
 問題の猿芝居のシナリオは、平成9年11月の訪朝団(森喜朗団長)が朝鮮国に提示したものだが、このとき野中氏は副団長を務めている。さて、
猿芝居のシナリオライターは誰だったのか、そのうちマスコミが報じてくれるだろう。
(10月23日現在の政府による整理は「副団長として参加していた中山議員の個人的見解」だそうだ。やれやれ、これから日本と交渉する相手方は、日本側の発言のたびに「それはあなたの個人的見解か、それとも政府の見解か、それとも…」と聞き直さねばならないのか。スケープゴートにされた中山議員だが、身から出た錆とはこのことか。)

 それにしても、ひょっとしたら森首相は政治の天才かもしれない。
 今回の失言によって、
朝鮮国による拉致問題は「永田町の国内問題」に転化したからだ。

 従来から、産経新聞を除けば、日本のマスコミは拉致問題への関心が低かった。野党第一党の民主党もダンマリを決め込んできた。朝鮮国礼讃者を身内に抱える社や党は、朝鮮国を「悪玉」にできないのである。肝心の自民党も、「外交は票にならない」のお決まりのパターンで、なかなか盛り上がらない。
 ところが、この拉致問題が、首相の外交上の失言問題に転化したのである。「朝鮮国にどう対処すべきなのか?」という外交問題が、「首相は失言に対してどう責任を取るのか?」という国内問題にすりかわってしまったのである。

 さあ、週明けからの永田町が見ものだ。朝鮮国に遠慮していたマスコミや野党も、俄然盛り上がり始めるのではないか。なにしろ「拉致問題」論議の矛先が、朝鮮国ではなく、批判し放題の日本国
首相に向けられるのだから。
(平成12年10月22日。24日加筆)


北方領土の外国人参政権
 北方領土が返ってくると、択捉えとろふ、国後くなしり島、色丹しこたん島の1万4千人あまりのロシア人は、いわゆる「永住外国人」となる。この人たちがロシア国籍のまま日本での選挙権を得てもよいのだろうか。とんでもない悪夢ではないだろうか。
 

 択捉えとろふ島には、択捉郡留別るべつ村、紗那しゃな郡紗那村、蕊取しべとろ郡蕊取村という3つの村がある。今のところ日本国籍の人間は1人も永住せず。ロシア人が8,200名ばかり。

 「
日本に永住する外国人に地方自治体の参政権を与えよう」という、とんでもない法律が国会を通過せんばかりだ。さて、この法律ができると、どういうことになるか。
 北方領土返還バンザーイ!と叫んだ次の瞬間、留別村や紗那村の村長・村議会議員を選ぶ初の選挙の有権者は、圧倒的多数がロシア人、ということになる。おそらく日本国籍の有権者は、北海道庁と自衛隊からの少数の派遣者、それに村長・村議会議員の被選挙権を得るために不承不承
ふしょうぶしょう日本国籍に帰化した少数の元ロシア人、というところだろう。
 要するに、選挙はロシア人によるロシア人のための選挙ということになる。

 中央政府や北海道道庁からこれらの村に与えられる予算の使途を、ロシア人が選ぶ行政・立法者たちが決めていくことになるのだ。
 喜劇を超えて、悪夢のような話である。

 「永住外国人のための地方参政権付与」の法律は、韓国の
金大中きんだいちゅう大統領がご執心だ。「日本相手に何かを勝ち取ったぞ」と韓国内で点数をかせげると錯覚しているのだろう。なぜか公明党も熱心だ。在日韓国人に創価学会の信者が多いのだろうか。

 しかし、
である。
 この法律が出来ると、冒頭に挙げたよう
な実に奇怪な事態をまねくことになる。どう見ても変な法律だ
 そう思いませんか?

 (平成12年10月9日)