米国というドイツ人国家



       「船体引揚げよ」の大合唱に思う

 宇和島水産高校実習船「えひめ丸」が水深約600メートルの海底で発見された。
 瀬戸内海の最も深いところでも水深が200メートル未満であることを思えば、600メートルは大変な深さだ。

 事故の背景は知れば知るほどやるせないが、米国国家運輸安全委員会が独自の権限で今回の事故の原因調査と情報開示に大きく貢献していることに注目したい。
 米国の国家組織の見事さに学ぶべきところもあるのではなかろうか。

 2本のロボットアームをもつ深海作業艇 Scorpio スコーピオ号が、遠隔操作カメラ映像で「えひめ丸」の文字を送ってきた。行方不明の9人の姿はいまだ確認されない。ご家族は、それぞれに胸の張り裂けそうな思いで、かけがいのない人の名を呼び続けておられる。

 平成5年の長崎県五島列島沖の漁船沈没事故では、19人の行方不明者があったが、漁船の引揚げは断念された。120メートルの水深が障害となり、諦めざるをえなかった。
 今度はその5倍の水深ということになる。
 
 船の引揚げ
には、億円単位の費用がかかるであろう。日米両国政府で、さまざまな議論が進んでいるだろう。
 願わくば、現在の技術で何が可能か、どれほどのコストがかかるかを先ず明らかにしてほしい。そして、それだけの規模の費用負担は、米国国民にも覚悟してもらいたい。
 その上で、その費用を実際に費やして「えひめ丸」引揚げを試みるか、それとも行方不明者の家族への補償の上増しや
海難者家族救済基金の創設に充てるか、といったことを、ご家族たちの心も精一杯大事にしながら、決めていくべきではないかと思う。
 (
後記  なお、船体引揚費用については、加戸守行かと・もりゆき愛媛県知事が2月23日午前の県庁内での記者会見で「船体引揚げには80億円かかるとの話もある」とコメントしている。『愛媛新聞』2月24日付より。)

 わが国の政府には、精一杯のものを米国から勝ち取ってほしい。そしてそれが結局は両国の同盟関係への国民的支持の確保に寄与することを、忘れないでほしい。

 今回の実習船事故は当初、米軍排斥運動の激化につながることが危惧された。ところが、幸か不幸か首相のとんだ対応ぶりから「国内問題」に転化して、政治の関心は首相の去就へと向かっていった。国会でも、米国との交渉について問い質すより、森首相がゴルフクラブを握り続けていたことへの非難に重きが置かれることとなった。あまり政府が死に体になってしまうと、米国から取れるものも取れなくなってしまうのだが…。
 朝鮮国の拉致問題が、首相や官邸筋の失言から「国内問題」に転化してようやく社会問題として認知されるようになったのを、ふと思い出してしまった。

 それにしても、今回の事故、日本と米国が逆だったらどうなっていただろう。
 防衛庁長官が辞任に追い込まれ、自衛隊無用論が1ヶ月くらいは一部のマスコミを闊歩するのであろう。
 霞が関や永田町が発信中のメッセージに数倍する外交圧力が、米国からかかってくるだろう。あれほど謝罪が好きな日本政府だが、パフォーマンスは下手だから、気がついてみたら「日本は一向に謝罪しない」と大合唱に包囲されてしまうかもしれない。

 そんななかで、わが国なら事故の真相究明はどのような形で行われただろうか。
 おそらく、防衛庁の発表と国会予算委員会での追及という形で進むのではないか。

 今回のような目を蔽わんばかりの失態は、わが国の自衛隊ではとうてい考えられないが、それにしても米国がある意味で立派なのは、こういうときに真相究明・情報開示を行う独立の行政機関が存在していることだ。
 National Transportation Safety Board 国家運輸安全委員会。1967年(昭和42年)4月1日設立。当時は米国連邦政府の運輸省の予算で運営されていたが、1975年(昭和50年)に独立した組織として再編された。
 民間が関わるすべての航空機事故の調査・究明・改善案提示を行う。航空機事故に限らず、大規模な海難事故・鉄道事故なども所掌している。
 今回の「えひめ丸」の事件でも、米海軍が隠している事実を次々に調査・開示している。
 
 先の日航機のニアミス事故なども、日本では航空行政の主管官庁たる国土交通省が調査するのだが、米国ではさらにそれとは別の委員会があって、行政機関の動きをチェックすることになる。
 日本にこういう組織を作ると、結局は主管官庁の国土交通省からの出向者に牛耳られて、独立組織の役目を果たさなくなってしまう。しかし、今回の米国の国家運輸安全委の活躍ぶりを見ると、これが見事に機能している。

 組織を作ればいいというものではない。しかし、このような
チェックと提言のための機関が行政部のなかにしっかり設けてある米国のあり方には、学ぶべき点もあるのではないだろうか
(平成13年2月18日)
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反響
米国ワシントン在住の読者の方から2月19日にメールをいただきました。(引用はご本人の了解をいただきました。)
《えひめ丸に関する貴見に同感します。
今回、アメリカのブッシュ政権は、日本国民の執拗な怒りの背景にかなり気付いているように見受けられます。そのサインを日本国民が読み取れるか ― 概して一般国民はすぐに理解できなくても、オピニオンリーダーたちがそれを読み取り国民に解説・説得できるか ― が今後の日米関係にとり重要な鍵になるだろうと思います。》


        空白の1時間が生むわだかまり

 宇和島水産高校実習船「えひめ丸」への米海軍原潜 Greenevilleグリーンヴィル号衝突はつくづく残念な、痛ましい事故である。Remember Pearl Harbor は、この事故を後世に伝えることばともなるに違いない。
 衝突後の「空白の1時間」が、おおきなわだかまりとして残っていくだろうが、思うべし、わが国周辺の有事の折に有事立法整備の不十分ゆえに、このような「空白の数時間」が悲劇と不信を増幅する可能性もあることを。

 県紙『愛媛新聞』も、ホノルルに2人の記者を派遣した。谷川哲也記者と吉岡宏城写真部員。精一杯の対応をしてくれているであろう米国側の様子もぜひ丹念に報道してほしい。

 行方不明の9名のご家族の心はいかばかりであろう。海をゆく男たちがそれぞれに抱いた夢は、異国の星座の下で今も漂っている。

 ホノルルの地方紙 The Honolulu Advertiser のホームページを見た。
 米国海軍太平洋艦隊 Thomas Fargo
トーマス・ファーゴ司令官が謝罪している。
《I want to express my apologies to those involved in the incident, their families and the government of Japan.》

 同ホームページの掲示板に、2月11日午後4時付けで、米国海軍の軍人さんが書いている。
 何と1995〜1999年(平成7〜11年)に問題の Greeneville 号に乗船していたのだという。母港を真珠湾に移すことや、西太平洋での初航海にも関わったという。
 この投稿者の実名は、The Honolulu Advertiser にしか知られていないので、投稿の内容の真偽のほどは分からないが、その前提ですこし内容を紹介させていただく。
 
 この投稿者によると、このときの Greeneville 号の航海は午前8時から午後3時までと短いもので、こういうケースは乗組員の家族か何がしかのVIPを乗せて出た場合であろう、という。(日本の新聞には、「企業関係者が乗っていた」と報じられている。)この「同乗者」については決して明かされないだろう、と指摘している。
 緊急浮上は、4〜6ヶ月に1度はテストとして行うものであり、これにより装置の作動を確かめるのだという。
 なぜ「えひめ丸」に気が付かなかったのかが、調査の最大のポイントとなるだろう、と結んでいる。

 日本での報道の関心は、衝突後に「潜水艦は何もしてくれなかった」という大西尚生
ひさお船長の怒りの証言に向けられている。衝突事故の1時間後に沿岸警備隊が到着するまで、原潜は「監視していただけ」だったというのだ。
 
 おそらく、今後の日本での論議においてもっとも熱くなるのが、この「空白の1時間」のことだろう。
 さきの The Honolulu Advertiser 紙の投稿者も、「高波があったとしても、少なくとも救命イカダを投げ入れることはできたはずだ」と書いている。
 日本人なら誰しも、何がしかのわだかまりを感じていると思う。

 覚えておこう。
 
1時間の空白さえもが、かくも大きなわだかまりを作り出すということを。
 朝鮮半島や台湾で、戦闘状態となったとき、
わが国はこのような「空白の1時間」を発生させることなく対処できるであろうか。
 わが国の軍隊組織である自衛隊、そして同盟国米国の軍隊が、「空白の1時間」のゆえに救える命も救えなくなるといったことはないであろうか。わが国の法律や行政のマニュアルは、完備されているだろうか。
 そして、危機に対処する人々を支える社会の意識はどうか。「空白の1時間」を生むことのない社会でありえているだろうか。

 ハワイ・オアフ島沖の事故は、そういうこともまた問い掛けているのだ。
(平成13年2月12日)


    「悪ガキ」ブッシュ候補 と 「お坊ちゃま」ゴア候補

マニラで、仕事仲間のアメリカ人たちと話していた。「米国の大統領選挙では、投票用紙に誰の名前でも書けるというが本当か?」と聞くと、「そうさ、ミッキーマウスも数千票取ってるって話だよ」。なるほど、紛らわしさで話題になったフロリダ州の投票用紙にも、「立候補者以外の人に投票したい方はこちら」という欄がちゃんと設けてあった。
 いろいろな選挙の教訓が、二大政党政治を生んだアメリカ。その一方で、独特の選挙人制度をはじめ、古い制度が残るアメリカ。本当の意味での「敗戦」を経験していない国の伝統は強靭だ。

 ブッシュ候補とゴア候補のどちらを選ぶかと問われれば…。さきのマニラのアメリカ人たちに言った。「アメリカの内政についてはよく分からないけど、東アジアの外交について言えば、断然ブッシュを推したいね。
朝鮮国の独裁政権や軍国主義の大陸中国にお追従をする米国など、金輪際見たくないからね。正面の一人は、「そうだそうだ」とにこにこ頷うなづいていたが、他の三人は何となく白けていた。「あ、この三人はゴアに入れたな」と思っていると、さっそくそのうち一人が話題を変えてきた。
 
 ロンドンの The Economist 誌(11月4日号)が、論説で「当誌ならどちらの候補に入れるか」と論評している。外交と内政に分けて点数をつけている。外交は当然ブッシュに軍配か? と思いつつ読むと、「ゴアの方が経験あり」と民主党に軍配を上げている。はてはて。
 一方、内政はというと、これは断然ブッシュだ、というのである。論説に曰く、「今後アメリカは老齢化社会に向かい、福祉年金が財政を圧迫する。公共教育を軽視したツケがいよいよ回ってくる。これに対して、新しい理念で立ち向かおうという気概があるのはブッシュの方だ」と言うのだ。
 また、経済政策についても、同誌はブッシュに期待している。「米国はあと数年で深刻な不景気に突入し、株式市場の崩壊が起こる可能性もある。そのとき
保護主義に急旋回しかねないのは、ゴアの方だ。ゴアは、労組などの利益集団第一だ。それに対して、ブッシュはあくまで自由貿易論者だ」。
 同誌はブッシュに軍配を上げ、「ブッシュは秀才ではないが、学習能力はある。外交・安保政策の助言者グループに誰を選ぶかが鍵だ」と結んでいる。

 お坊ちゃま候補のゴア氏と比較すると、いささか悪ガキかもしれぬが、ブッシュ大統領の選出が確定することをコラム子も願っている。
(平成12年11月12日)


       米大陸こそドイツの一大植民地だった


 米国でもっとも主流をなす民族系統 (ethnic group) は何か分かりますか? ただし、英国系でもスペイン系でもありませんよ。 ―― 米国人6人と飲みながら、そんなクイズを出した。
 イタリア系か? いや、アイルランド系じゃないか? そんな声が飛び交った。
 実は、ドイツ系なのである。
 これが受けた。6人のうち3人が、自称ドイツ系だったからだ。
 
 コラム子推薦の田中 宇さんのコラムの孫引きなのだが、なんでも米国人のうち、
ドイツ系が5,800万人、アイルランド系が3,900万人、イギリス(イングランド)系が3,300万人、アフリカ系が3,000万人、ということなのだそうだ。ドイツからの移民は、当初、宗教迫害を受けたクエーカー教徒が多かったのだという。
 これでいろいろ合点が行ったことがある。


 イギリス人とアメリカ人、どうしてこうも違うのかと、かねてより不思議だった。
 なんとなく内にこもって暗くバラバラだが、奇人変人を尊ぶイギリス人。なんとなくひたすら明るいが、時として異論に対して妙に不寛容になるアメリカ人。はて、この違いは何ぞや?
 
典型的「白人アメリカ人」はドイツ人だ! と思って見ると、疑問が氷解する。
 
 ドイツの「十月祭」 (Oktoberfest) に代表される、とてつもない快活さ。あれは米国人そのものではないか。アメリカの「感謝祭」 (Thanksgiving) は、このドイツの十月祭が若干イギリス的に内輪の集いになったと思えばよい。
 ドイツ料理の豚とジャガイモの世界が、米国ではそのまま牛とジャガイモになった。ホットドッグ文化も、ドイツの食文化の継承だ。

 米国政府のシンボルには、やたらとワシのマークが登場するのだが、これもドイツ的だ。気取りつくした貴族階級は不在で、なんとなく大衆社会なのだが、法による規律を尊ぶ意識は極めて強い。禁酒法のような極端な潔癖に走る病気ぶり。この辺もドイツ的である。
 ドイツ人の緻密な科学技術志向も、そのまま米国に根付いた。ドイツの知識層の重要な部分を占めるユダヤ人たちが渡米したことで、これがさらに決定的になった。

 インディアンを徹底的に虐殺したアメリカ人の潔癖さと、ユダヤ人を根絶やしにしようとしたドイツ人の潔癖さは、どことなく共通するような気がする。そういえば、ドイツ移民が多かったチリでも、インディオは徹底的に虐殺されて、チリは白人国になっている。

 そのドイツ人にして、アメリカの公用語を何語にするか投票したときには、イングランド・アイルランド連合に一票差で敗
やぶれた。米国法が、大陸法でなく英国法の流れをくまざるをえなかったのは、ひとえに言語のゆえである。


 何のことはない、第二次世界大戦で日本は、本家のドイツと組んで、分家のドイツと戦ったのだ。そう思うと、そこはかとなく空しくなってくる。
 なにしろこの「分家のドイツ」は、英国の海賊、イタリアのマフィア、アイルランド・アフリカ・ラテンの低賃金労働力で身を固めた史上最強の「インテリやくざ」だったのだから。
(平成12年10月22日)