小学一年生のケッサク作文




 小学1年のころ学級で作文を読んで、みんなからゲラゲラ笑われた思い出がおぼろにあったのだが、数年前 松山の実家でその作文を発見した。
 ご紹介したい。

 担任の先生の検印が押してあり、日付は昭和42年3月5日とある。
 「一ノ花」というのは「1年花組」のこと。「月組、花組、星組」の3つのクラスだった。宝塚歌劇団みたいだが。(文字づかいはすべて、原文のままとしました。)


≪    二ねん生に なったら
                 一ノ花  いずみゆきお

 二ねん生に なっても ぼくは べつに とくべつなことは ないだろうと、おもっています。
 でも、ぼくは 一ねん生の おにいさんに なるんだから、一ねん生を いじめる子を ちゅうい してやることぐらいは、してあげないと いけないとおもっているのです。
 でも、それは ちょっと むずかしいと おもうのです。
 と、いうのは、しらない人に ちゅういしたりするのは むつかしいのです。それに じょうきゅう生だと なぐられたり するときもあるからです。
 ふだんは、かんたんに 見えても いざやるとなると なんでも むずかしいものです。
 そうゆうのが 人間の、心だと おもいます。
 だから とくべつなことは ないとおもうのです。
 でも学校へはいってから きゅうに字が きれくなったのです。
 だから いままでの 何ばいも べんきょうを して たくさん ひょうしょうを もらいたいと おもいます。
 だけど 二年生になったら いままで かんがえてもいなかった ことが まきおこるかも しれません。
 二年生の ほんとうのことは ・タイムマシーン・ が、ないと わからないと おもいます。
 でもそんな ゆめのようなことは いつまでも いつまでも ふかのうなことでしょう。(おわり)≫


 担任の先生が、
「泉のが面白いんじゃ。まあ読んどおみや(読んでごらん)」
とおっしゃるので、朗読しはじめたところ、やがてクラスは爆笑の渦に包まれてしまった。

 ところが、当時のわたしは何でそんなにおかしいのか、分からなかった。書いた本人としては、大まじめで書いた作文だったのである。

 いま読んでみると、たしかにおかしい。
 だが、本人はなぜ笑われたのか分からず、作文嫌いになってしまう。

 その少年が、いまこんなコラムを書いているのだから、まさに 「ほんとうのことは ・タイムマシーン・ が、ないと わからない」 ……。
  大きくなったら


 次の作文はもっと笑えるかもしれない。
 担任の先生の検印は、昭和42年3月13日とある。(文字づかいはすべて、原文のままとしました。)


≪    大きくなったら
                 一ノ花  いずみゆきお

 大きく なれば、ぼくは かがくしゃに なりたい。
 でも、かがくしゃでも いろいろあるよ。はつめいとか はっけんとか ぼくは そんなことを、ぜんぶ やりとげたいと おもいます。
 でも、それでは あまり、お金が かかりすぎます。
 ですから、せーいっぱい はたらいて、お金を もうけてから やろうと おもいます。はじめ はたらく ところは 小がっこう 一ねんの 先生に、なりたいと おもいます。
 でも その がっこうを、えらぶのが また、たいへんだと おもいます。
 いくら がっこうが たくさん あっても、あいてる ところは、すくないと おもいます。
 でも がんばって へきちへでも どこへでもいって、おしえて やりたいとおもいます。
 でも、そんな あいまにも、じっけんを つみかさねて ・エジソン・ に、つぐ はつめいおうに なりたいとおもいます。
 げっきゅうが すくなくても ためれば 大金に なるでしょう。
 だけど あまり、やすいところは、いやです。ですから やっぱり 子どものときから、ためとく ほうが いいようです。
 ですから いまは、あるいてかよって あまった お金を ちょ金して いるのです。一ばんはじめには、けんびきょうを かって もらいたいと おもいます。≫


 自分に「理系志向」があったなんて……。いやぁ、びっくりびっくり。
 でも、発明発見の大志を披瀝ひれきしたところで、いきなり銭金ぜにかねのことを話題にするあたり、商社マン根性は双葉より芳かんばし、か?

 この作文も、みんなの前で読まされたのだが、「へきちへでも どこへでもいって」のあたりで、先生が真っ赤な顔をして笑いをこらえておられたのを、はっきり覚えている。
(平成14年1月〜3月掲載)