来年の「悩ベル」賞候補はこれだ

 
 このコラムを書いて平成16年10月に配信したとき、じつは大ポカをやってしまった。
 英語の louse
(単数), lice(複数) を、間違って「蚤(のみ)」と訳してしまったのである。
 ホームページ収録にあたっては、正しく「虱(しらみ)」と訂正した。
 
 この教訓から、語学のコツのコラム「単語家族をたいじにしよう」(← クリックすると読めます)を書いているので、あわせてお読みください。

 

【平成16年10月7日配信】
 
 ニューヨーク・タイムズ紙10月5日号に、「虱(しらみ)が語ってくれる、すごいこと」という記事があった。
 What a Story Lice Can Tell
 
 人類が衣服を着るようになったのは、いつごろか。 
 今から約 72,000 年前であろう、という推測が成り立つのだそうだ。

 虱(しらみ)のDNAを研究したら分かった、というから面白い。
 
 コラム後半をお読みあれ。
 
  カラオケとバウリンガルも「悩ベル」賞 ■
 
 イグノーベル(Ig Nobel)賞という賞がある。コラム子なら「悩ベル賞」と訳したい。
 平成3年に始まったノーベル賞のパロディー版。
 笑いのたえない授賞式は、毎年米国ハーバード大学で開かれる。
 
  今年は、カラオケ発明者の井上大祐(だいすけ)さん(64歳)が、この「悩ベル」平和賞を射止めた。
 
 平成14年には、犬語翻訳機「バウリンガル」を開発した株式会社タカラの社長とスタッフが、やはりこの「悩ベル平和賞」を受賞している。
 
  「悩ベル賞」のいくつかを紹介して簡単なコメントをつければ、たちまち誰でもコラムの2〜3篇は書けてしまうだろう。
 
  受賞の数々を紹介したサイトがある。題して Winners of the Ig Nobel Prize.
  楽しい英語の教材になりそうなページに次々飛び移れる。
http://www.improb.com/ig/ig-pastwinners.html
 
  Ig Nobel というのは、英語の ignoble(不面目な)という単語にひっかけたもので、だからコラム子の和訳も「悩」ベル賞とさせてもらった。
 
■ ♪ 耐えることを知りました ■
 
  授賞理由の書きぶりが ふるっている。
 
  カラオケ発明者の井上大祐さんへの授賞理由は
<< inventing karaoke, thereby providing an entirely new way for people to learn to tolerate each other >>.
≪カラオケを発明することにより、人が互いに広い心でいるにはどうすればいいのかを学ぶ画期的な方法をもたらしてくれたこと≫。
 
 tolerate(耐え忍ぶ)という動詞が使ってあるところがクセモノだ。
 「同席者がいかに音痴であろうと、いかに脳ミソが腐りそうになろうと、それを我慢できるようになる修行の場所を提供してくれたこと」とでも言いたげだ。
 
 日本人には、宴会やコンパで歌を披露するという文化があって、まあ、カラオケも宴会文化が生みの親。
 ところが、米国ではそういう習慣がなかったから、カラオケの登場によって初めて酒席で歌うはめになった人がゴロゴロいた。当然音痴率も高かったはずだ。
 まじめに教会に通っていれば、賛美歌を歌って鍛えられていた
だろうけれど。
 
■ バルタン星人がいてくれたから…… ■
 
  犬の鳴き声を声紋分析して感情を判別し、日本語や英語、韓国語で液晶画面に表示する犬語翻訳機「バウリンガル」。
 
  『ウルトラマン』の科学特捜隊イデ隊員が発明した「宇宙語翻訳機」を思い出す。
 ほら、バルタン星人の 

ふぉッふぉッふぉッふぉッ

を日本語にしてしまう、あの四角い鉄の箱ですよ。
 
  バウリンガル開発グループの脳の片隅に、きっとこの「宇宙語翻訳機」のことがあったと、コラム子は信じて疑わない。だから、バウリンガルも、まぎれもなく「日本文明」が生んだものなのだ。
 
  開発グループの授賞理由はこうだ。
<< promoting peace and harmony between the species by inventing Bow-Lingual, a computer-based automatic dog-to-human language translation device >>. 
≪コンピュータ処理の 犬語→人間語自動翻訳機 バウリンガルの発明によって、異なる種(しゅ)の間に平安をもたらしたこと≫。
 
  英語版バウリンガルを紹介したサイトで、テレビCMを取り込んで(ダウンロードして)見ることができる。けっこう面白い。
http://www.takara-usa.com/bowlingual.html
 
 人間に棲みつく3種の虱 ■
 
 さて、虱(しらみ)の話である。
 ニューヨーク・タイムズ紙10月5日号の記事のおかげで、虱にも3種類あることを知った。
 
 head louse   髪の毛にいる虱(太古からの種)。
 body louse   衣服につく虱(head louse の進化形)。
 pubic louse  陰毛にすみつく虱(別種)。
 
 これらが全く別の種類の虱で、完全に棲(す)み分けている。
 
 人類がまだ毛むくじゃらのサルだったころからお友だちの虱が head louse だ。
 およそ 180万年前に、人類の祖先の体から頭髪・陰毛以外の毛が消えはじめる。それにつれ、サル時代から付き合ってきたシラミ君の居場所は頭髪に限定されていく。
  陰毛には別種の虱が繁殖する。
 
  つるつるてんの体のほうには虱の取り付きようもなかった。ところが人類が衣服を着るようになると、head louse の変異種が衣服の縫い目のあたりに棲みつくようになる。
 
 「突然変異の数」と「時間の経過」の比例 ■
 
  衣服に棲みつく虱は、人類新発明の「衣服」に適応すべく、頭髪専門の虱が進化したものだ。
 
 「衣服虱」と「頭髪虱」とが、遺伝子的にどのていど異なっているか。
 今日の「衣服虱」と「頭髪虱」ほどの違いが生じるために、遺伝子変異は何度起こればいいのか。
 虱の遺伝子変異は平均で何年に1回起こるのか。
 
  そういうデータを積上げていくと、「頭髪虱」から「衣服虱」への分岐点が何万年前だったかが推測できるのだそうだ。
 
  へえ、なるほど。それで?
 
  ドイツはライプツィヒの、マックス・プランク (Max Planck) 進化人類学研究所のマーク・ストーンキング (Mark Stoneking) 博士の説によると――
 頭髪虱から衣服虱への分岐は、およそ 72,000 年前に始まったろう、というのだ。つまり、人類が衣服を着始めたのは、約 72,000 年前だったろう、という推測だ。
 
  米国フロリダ自然博物館のデービッド・リード (David Reed) 博士は、同様の方法でもって「約50万年前」という数字をはじいている。
 
 歴史図鑑をがらりと変えるインパクト ■
 
 衣服そのものにしろ、それを織ったり縫ったりする道具にしろ、万年単位で残っているものではない。
 だから考古学者は、衣服が作られていた証拠が得られていない時代の人類はみな、せいぜい毛皮を腰に巻いていたていど、という想像画を描くのみだ。
 
 縄文時代初期の人々は、鬼が島の鬼のように毛皮を腰に巻いているだけ……。
 そういう絵を、教科書や図鑑でさんざん見せられてきた。
 
  しかし実は人類は、考古学者が考えてきたよりずっと前から衣服を身につけていたらしいのだ。

 
  そりゃそうでしょうよ。
  真っ裸に毛皮だけじゃ、寒くてしかたがない。
  毛皮を使うにせよ、植物繊維製の肌着がなければ、越冬できないし、したがってアフリカの地を離れることもできなかったろう。
 
  というわけで、痒いかゆい虱の研究は、お子たちの本棚の原始時代の想像図をがらりと変えようというインパクトがあるのだ。 
 来年の「悩ベル賞」、決まりだね!
 
 蛇足 ■
 
 「悩ベル賞」と書いたが、もう一案ある。
 
 「脳鈴賞」と書いて、「鈴」に「ベル」とルビをふる。
 
 ピンポーン!