日本国の「言語政策」

  

目次
  
  縦割り行政の犠牲となった漢字 (平成16年6月14日配信)
「法人名用漢字」「地名用漢字」の怪 (平成16年7月26日配信)
ホントの「英語公用語化」論はこれだ (平成16年5月10日配信)

 

   縦割り行政の犠牲となった漢字


【平成16年6月14日配信】
 
 6月11日に発表された人名用漢字578字追加の一件。
  
 「淫」や「娼」「罵」「糞」といった、明らかに人名に使うべきでない字も入っているから、「え?!」 ということになるのだが、「本来論」を言わせてもらおう。
 
 今回の「578字」を見ると、まともな読書をしている人なら、全ては書けずとも、ほとんどは「読める」漢字である。
 8割方読めなければ、教養を疑われると思う。
  
 本来は、これら追加の578字および これまでの人名用漢字の287字、総計865字を文部科学省が「準常用漢字」として認定すればよいのである。
 
 そして法務省は戸籍法施行規則(省令)を改正して、「戸籍上の命名に使える漢字は常用漢字1945字および準常用漢字865字、合計2810字である」と規定すればよい。
 
  漢字の縦割り行政 ■  
 
 そもそも、人名用漢字を法務省管轄で制定したのは、「漢字廃止」を究極の目標として漢字制限に邁進(まいしん)する戦後の文部省の国語政策を正すための苦肉の策だった。
 
 現在の「漢字行政」は、実に3つの省による縦割り行政となっている。
 
 文部科学省: 教育漢字996字、常用漢字1945字。
 法務省: 人名用漢字287字。
 経済産業省: 漢字のJIS規格。
 
 インターネットで使わざるをえぬ「鴎」とか「涜」のような、文部科学省も法務省もあずかり知らぬ「珍妙略字」が、なんら広範な議論なきままJIS規格に盛られたのも、この「縦割り行政」+「JIS官僚の傲慢」のゆえである。
 
 文部科学省が健全な常識を取り戻したことが見届けられれば、そろそろ漢字行政は文部科学省に一元化してもいいのではないか。
 
 字形の安定を支持する ■
       
 新たに追加される人名用漢字578字は、発表された漢字表によれば、「略字化」することなく、いわゆる「正字体」のままを使うつもりのようだ。
 
 常用漢字の略字体との整合性をどう取るかが、専門家にとっては一番の議論点だろうと思うが、コラム子に言わせれば、整合性のために略字体を増やすというのは本末転倒だ。
 これ以上、人工的な「略字体」は増やさぬのがよい。
  
 漢字は今や「書く」ものではなく、「打つ」ものだ。
 「画数減らし」より、「字体の安定」を重視したほうがよい。
    
  
  「法人名用漢字」「地名用漢字」の怪
    
    
【平成16年7月26日配信】
 
 6月14日号に こう書いた。
 これまでの人名用漢字と、今回の追加案にある漢字を、文部科学省が「準常用漢字」として認定すればいい。
 そして法務省は、戸籍法施行規則(省令)を改めて、「準常用漢字」を人名に使用できることにすればよい。
 そうすれば、漢字政策の文部科学省への一元化が進む、と。
  
 コラム子の施策案でいけば、いわゆる「糞」「屍」等の「人名不適格漢字」をどこまで除外するか、という不毛の議論はなくなるのだが。
  
  読みがなのない日本の戸籍 ■
 
 バンコクにあるプロジェクト事務所で、メーカーの技術指導員の方々のためのお世話をしていて、日本の戸籍制度の重大な欠陥に気がついた。
 日本の戸籍には、氏名の読み方が書かれていないのである。
  
 だから、「幸男」が「ゆきお」か「さちお」か、戸籍を見ても分からないのだ。
 「英子」さんが「はなこ」か「えいこ」かも分からない。
 
 情報処理の効率化を進めているとき、氏名の読み方が戸籍を見ても分からないというのでは、何かと支障が出てくるのではないか。
  
 方法はともあれ、人名用漢字が増えるのは大いに歓迎だが、戸籍に「よみがな」を加えるという省令改正を、並行して検討してもらえないか。
 
 霞ヶ関の怪 ■
  
 さて、霞ヶ関の情報筋から、あきれた噂を聞いた。
  
 記者クラブでは、8月のネタ切れの時期のために取っておこうという紳士協定が成立していて、新聞・雑誌はどこもまだ報道できないらしい。
  本「メルマガ」が本邦初公開の噂である。
  
 ことの発端は、法務省が6月11日に発表した人名用漢字578字追加案だった。
 なかに「菱」の字があった。
 経済産業省の局長クラスの御仁が部下に聞いた。
 「きみ、<菱>の字は常用漢字でも人名用漢字でもないのかね」
  
 「そうです。だから三菱グループ社員がいかに愛社精神旺盛でも、子どもに <菱太 りょうた> とか <菱美 ひしみ> といった名前を付けることは、これまでできなかったわけです」
  
 「そんなことはどうでもいい。三菱グループの会社や子会社には <菱>の字がついた会社名が たくさんあるが、その法人登録手続きでなぜこれまで <菱> の字が認められてきたのだろう」
  
 「恐れながら、法人の名称に使う漢字には、何ら規制がないのです。ですから、日本政府が継子(ままこ)扱いしてきた <菱> の字も、ちゃっかり法人名に使われてきた、というわけです」
  
 「人名の戸籍登録については、厳しい規制がかかっているにもかかわらず、法人名登録に使用する漢字について規制がないというのは、制度上の欠陥ではないかね。 <人名用漢字> に倣(なら)って、早急に <法人名用漢字>の選定を始めてほしい」
  
  他省に飛び火する漢字議論 ■
  
  というわけで、経済産業省の大臣官房総務課に、「法人名用漢字制定にかかるプロジェクトチーム」が7月7日に設けられた。
 嘘のような話である。
  
  ところが、事は経済産業省だけでは収まらなかった。
  
  今回の人名漢字見直しの過程で、異例にも追加を得られた「掬」の字。
  じつは読売新聞のキャンペーンが功を奏して選ばれたのだが、このキャンペーン記事を見た厚生労働省の審議官クラスの御仁が、部下に聞いた。
 
 「きみ、例の <掬> の字、ね」
 「はぁ」
 「宮城県に <掬なんとか会>という医療法人があったよね」
 「調べてみましょう。 …… はい、平成5年12月に宮城県名取市に <掬水会 きくすいかい> という医療法人が設立されています」
  http://www1.odn.ne.jp/kikusuikai/
 
 「この <掬水会>は、なぜ法人名を登録できたのだね」
 
 「恐れながら、医療法人の登録のために使われる漢字には、規制がかかっていないのです。ですから、常用漢字でも人名用漢字でもない、日本政府が継子(ままこ)扱いしてきた漢字でも、医療法人登録には使えるのです」
  
 「制度上の欠陥だな。医療法人の名称は常用平易な文字を使うべきではないか」
  
  厚生労働省漢字 ■
  
 「ご指摘まことにその通りでございまして、痛み入ります。しかしながら常用漢字には <癌> も <痔> もございません。これでは、<克癌会>とか <健痔会> といった名称の登録が不可能となります」
  
  <癌> の字と <痔> の字が人名用漢字追加表から除外されることが決まったのは、広く報道されている通りだ。
  
 「今回の人名漢字追加表を見ると、わが厚生労働省管轄の漢字としては <腫  腺  膝  腎  脊  尻  喉  疹  腿  痕  膿  肋  勃  痩  咳> というような漢字があるね」
 「はい。しかし膵臓(すいぞう)の<膵> の字や、脾臓(ひぞう)の<脾> の字が欠けております」
 「うむ」
 「それと…… <膣> の字もございません」
 「きみ、それはいくら何でも医療法人名には使わんよ。まあ、不適格漢字に指定するしかないな」
 「恐れ入ります」
  
  国土地理院も興奮 ■
  
  嘘のようなやり取りだが、事実は小説より奇なり。
  7月16日に厚生労働省医政局総務課に <医療法人用漢字制定検討部会> が設けられた。
  
  国土交通省も黙ってはいない。
 「市町村統合が進んでいるが、新しく誕生する市の名称に使う漢字を規制する法律はあるかね」
 「恐れながら、地名に使う漢字についての規制は、全く手付かずでございます」
  
 「6月11日に法務省が発表した人名用漢字追加案を見ると、わが国土交通省が管轄すべき漢字がいくつも含まれておるな」
  
 「さようでございます。 <讃  淀  琵  茨  釧  湘> といった漢字です。常用漢字にも人名用漢字にも指定されていない漢字が、地名にはかなりございまして、これを知らないと非常識扱いされますから、まあ文部科学省や法務省の漢字規制など、ちゃんちゃら おかしいですな」
  
 今の法律ではハングルの地名も許される!? ■
  
 「それはそれとして、市町村統合後の新しい市の名称にとんでもない漢字を <街興し(まちおこし)> と称して使われてはたまらんな」
 「はあ。たとえば <龍> を4つ並べた漢字とか」
  
 「在日韓国人・朝鮮人に参政権を与えようと主張する公明党がのさばり出したら、漢字やカナ文字の代わりにハングルを使おうなどと言い出しかねんな」
  
 「地名に使う文字について規制はございませんので、ハングルを使うと正面切って主張されたら、これを排除するための法律はございません」
  
 「これは由々しき事態だ。<地名用漢字> を早急に制定するよう準備しよう」
  
 「恐悦に存じます。都道府県名、<讃岐><伊予>のような「旧国名」、郡名、市町村名、山岳・河川名等に使われている漢字のうち、常用漢字に含まれていない漢字を網羅して、国土交通省の省令で <地名用漢字> として発表したいと存じます」
  
  (・_・;) ■
  
 …… 申し訳ありません。
 ぜんぶ、うそです。
 ひょっとしたらありそうですが、経済産業省・厚生労働省・国土交通省のくだりは、ぜんぶ嘘。
   
  作り話までして、何が言いたいかと言えば、「人名に使う漢字」を規制する法律そのものが壮大なコメディー(喜劇)であると言いたいのです。
   
 話題の「三菱自動車工業株式会社」は昭和45年設立である。
 <菱> の字は、常用漢字にも人名用漢字にもない。
   
  今でこそ <菱> の字は、JIS第1水準漢字に指定されているが、昭和45年にはそんなJIS規格もなかった。
 それでも「三ビシ自動車工業」などと書かずに法人名は登録できた。
 
  人名に使える漢字を戸籍法で規制したのは、壮大な悲喜劇ではないか。
 戸籍法による漢字の規制があるから、法務省をはじめ市町村の役所・役場が「人名用漢字」と格闘するはめになる。
 
 法務省には、むしろまず1億2千万人を超える戸籍上の氏名の読み方を確定することにエネルギーを注いでほしい。
 人名に使う漢字の範囲は、規制を極力なくして、国民の常識を信じるべきだ。
 
  はやりの「自己責任」ですが ■
    
  以下、コラム子のマニフェスト(施策案)を披露させてください。
 
 法人名にも地名にも、使える漢字の規制は何もない。
 規制がないからといって、混乱が生じているだろうか?
 
 ここに全ての答があると思う。国民の常識を信じたらどうか。
 人名についての漢字制限も、撤廃すればいい。
   
  ただし、現実問題として JIS第1水準漢字(2,965 字)、第2水準漢字(3,388 字)の合計 6,353 字を推奨するのが妥当だろう。。
 6,353 字というとびっくりされる向きもあろうが、そのなかで実際に人名に使われる漢字は相当限られるはずだ。「糞」や「屍」のような吉祥ならざる漢字も多数含まれているのだから。
 
 JIS第1、第2水準に収まらない漢字を使った人名を受理する際には、「インターネットではまだ対応できないことがあり、社会生活において不便かもしれませんよ」と <警告> することができる、と定めておけばよい。
 (ただし、さすがにJIS第3、第4水準にも収まらない漢字は不適とする。町役場のコンピューターでは対応不能だろうから。)
   
  いかなる漢字を使うかは、つまるところ <自己責任> である。
 役所がアレコレ心配せずとも、IT文明が自ずと便不便(べんふべん)を決めてくれるではないか。
 
  半世紀前の思想に引きずられることの恥辱 ■
   
  さらに言わせてもらおう。
    
  今の常用漢字「1945」字は、昭和20年を「日本解放の日」として神聖化しようとする思想にはまった文部省小役人の作為に基づいているとしか思えない。
   
  常用漢字に55字追加して、2000字を定めてはどうか。
  そしてこれを義務教育の指針とする。
   
  そして、「準常用漢字」としてさらに1000字を定めて、計3000字を「国民常識」の指針とすればよい
   
  戸籍への登録や、法人名の登録には、JIS規格の第1〜4水準の漢字は可とする。
   
  ただし、常用漢字・準常用漢字に該当しない漢字や、それらに該当していても複数の読み方がありうる漢字については、文書の初出時に「ふりがな」をつけることを励行するものとする ―― と定めておけば、実生活上の不便は何ら生じない。
 
  現在の戸籍法の法規制は、漢字の廃止を夢想した昭和21年(当用漢字制定の年)の狂気を引きずったものにすぎない。
   
  21世紀になってもなお半世紀前の思想に引きずられているとしたら、何と恥ずかしいことか。
  
 
  ホントの「英語公用語化」論はこれだ


【平成16年5月10日配信】
 
 黄金週間に「外遊」した政治家の皆さんも多いと思うので、この機会に「英語公用語化」を再論する。
  
  現代日本にほしい「サバイバル空間」 ■
 
 英語公用語化論は、「日本人みなが英会話ができること」と勘違いされて世の中から見捨てられてしまった。
 
 本来目指すべきは、日本語を知らなくてもサバイバル可能な、2言語併用の都市空間を日本の中に作るということだと思う。
  
 駅をはじめとして、いろんな施設内の表示、役所の申請書類の書式など、つとめて日・英2言語対等併記とすべきだというのが、コラム子の主張だ。
 
 駅名の案内を見ると、ローマ字書きの部分は
「視力検査かよ?」
と言いたくなるような小さな文字だ。
 
 韓国やタイでこれをやられたら、泣いちゃうよ。
 ハングルやタイ文字の駅名表記に、小さくローマ字表記が添えてある、というのじゃ、先生がたも困るでしょ。
  
  外国人も参加する生活空間 ■
         
 外国人だって車の運転はするのだ。
  道路標識のローマ字表記も漢字と同じ大きさにすべきだ。
 
 もっと言わせてもらえば、道路標識の地名はローマ字4文字の略号にするのがいいと思う。ひと目で読めるように。
 たとえば「新宿」なら SNJK、「渋谷」ならSHIB と。
  
 車のナンバープレートも、「品川」とか「足立」はやめて、SG とか AD とかローマ字2文字の略号にするのがいい。
  
 これに反対される向きは、タイに行ってごらん。
 ナンバープレートにタイ文字が2文字ある。あなた読めますか?
 やはりナンバープレートは数字とローマ字で完結させるべきだ。
 
 コミュニケーション機能を追求すべき場において、場違いにも妙なナショナリズムを発揮するのがわが日本国の不可思議だ。
  
 珍妙なのはJRで、駅の「南出口」とか「北出口」というような 「出口」表示だけが、日・英・中・韓の4言語表記になっている。
 駅名は漢字・ローマ字の併記のみで、ハングルは無い。
  
 あれは、「中国人・韓国人には早く出口から退出ねがおう」という実に失礼な魂胆ですかね。(一応、冗談。)
 
  情報発信ができているか? ■
  
 中国語・韓国語でコミュニケーションしたいという姿勢は結構。
 それならむしろ、鉄道利用案内を英語・中国語・韓国語で用意しておく、というアプローチのほうがふさわしいと思う。
  
 役所には中国人・韓国人に対して妙なコンプレックスを持った御仁(ごじん)がいるらしく、公共施設にときどき中国語・韓国語の案内が、いとも気まぐれに併記されているのを見ることがある。
 あの気まぐれは止めてほしい。
  
 予算は限られているのだ。同じカネをかけるなら、「少なくとも英語さえ知っていればサバイバル可能な環境」を日本の都市空間全てに実現してもらいたい
  
 「日・英2言語使用」を法律で規定する必要はないが、日・英2言語使用促進に補助金を付けることは、意義がある。
 
 日本中の公共施設や道路の標示を日・英2言語にすれば、日本は外国人にとって相当開かれた空間になるはずだ。
 道路を掘り返すのに使うカネがあれば、ぜひ看板付替えの補助金に使ってほしいものだ。
  
 JR常磐線に乗っていて、耳を覆いたくなるような英語を車内アナウンスで毎度聞かされて困っている。
 After stopping Kita-Senju, will be Matsudo.
 「北千住を停めたら、松戸だあるよ」。
  
 まともな英語にするなら、
After stopping at Kita-Senju, the train will arrive at Matsudo.
 
 日本の街角の間違い英語の総点検に、公の予算を補助金として注ぐ価値は十分ある。