傷は清潔な水で洗え 消毒薬は禁物だ

 
 インド洋津波のあと、平成17年1月24日の配信で「震災対策はポケットの殺菌ジェルから」と題してこんなことを書いた。
 
 コラム子のタイ語の先生のお友だちがプーケットでケガをしてバンコクで入院している。現地で傷を縫うまでに相当時間が経ち、けっきょく縫った傷がひどい化膿を起こした。傷の周りのかなりの部分を削(そ)ぎ取るように切り捨てることになったそうだ。全治6ヶ月。悲惨である。 
 これがキッカケで素人なりに考えた。
 
近い将来起こるであろう平成の関東大震災に備えて、薬用殺菌ジェルをラーメンスープの小袋くらいのアルミパックに小分けしたものを人々がつねに携帯する社会を実現できないか。
 常日頃は、ケガをすれば家なら救急箱の薬を使い、外なら公園の水道で洗って薬を買うこともできる。でも、震災時はそうはいかない。非常時にいちばん必要なのは水や乾パンではなく、消毒薬ではないかと思うのだ。
 大ケガをしている人がいたら、声を掛け合って10人、20人が手持ちの携帯薬用ジェルを持ち寄ろう。応急手当の役に立つのではないか。
 以上は素人考え。読者のなかに専門の方がおられたら、ぜひご意見をお聞かせください。

 
 ところが、これがまさにみごとに素人考えであったことが分かった。読者のおかげである。
 まあ、お読みください。
 
 
  専門家4人に聞きました
 
【平成17年2月6日配信】
 クイズです。 
 正しいと思う項目に○をつけてみてチョ。
 
1. すり傷、切り傷、やけど、床ずれ……
   傷は必ず消毒しなきゃダメよ。
 
2. 傷は、消毒しないと膿(う)みます。
   化膿しないようにするには、消毒しなきゃ。
 
3. あァァ……傷が膿(う)んじゃってる。
   さすがに、こうなったら消毒ね。
 
4. 傷にはガーゼをあてます。
 
5. 傷は濡らしちゃダメ。
   とくに、縫い合わせた傷は濡らしちゃダメよ。
 
6. カサブタは傷が治るときにできるのさ。
   カサブタができたら、傷が治るよ。
  
 
 
 ↓ 答えはこちら…
 
 
 
 
 ↓ 答えはこちら……
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 全部、バツです。間違っているんだそうです。 

ガ ー ー ー ー ー ン

 
 よい子の答えは、何と! これ ↓ です。
 
 
1. 傷は消毒してはいけない。
   消毒は、傷の治癒を遅らせ、妨害するだけの、無意味で愚かな行為である。
 
2. 消毒しても、傷の化膿は防げない。
   傷の化膿は、別の仕組みで起こっている。
 
3. 化膿した傷を消毒しても、治療効果はゼロ。
   無意味である。
 
4. 傷、とくに皮膚の表面が失われた傷に、ガーゼをあてると、傷の治癒を遅らせることになる。
 
5. 傷はどんどん洗ったほうがよい。
   傷の化膿の予防のためにも、治癒を早めるのにも効果抜群。
   縫い合わせた傷も、洗って結構。
 
6. カサブタは、傷の治りがストップしている証拠。
   傷を治すためには、カサブタは大敵だ。
 
 きれいに洗い流せば、ばい菌はいなくなる
 
  カルチャーショックだった。 
  今までのオレの人生って、いったい何だったんだ!  っていうくらい。
 
  長野県松本市 相澤病院外傷治療センターに、夏井 睦(なつい・まこと)さん という磊落(らいらく)なお医者さんがいる。 
  この人のホームページ、毎日 アクセスが 2,000 を超える人気サイトだ。
http://www.wound-treatment.jp/
 
  夏井さんが、やさしく書いてくださったページがある。
http://www.wound-treatment.jp/next/YOUTIEN2.PDF
 
≪おうちの救急箱によくある消毒薬(マキロン・アクリノール・イソジン・オキシドールなど)は不要です。消毒すると、かえって治るのが遅くなり、痕(あと)が残ってしまいます。≫
 
≪きれいに傷を洗い流せば、ばい菌はいなくなりますから、心配は要りません。≫
 
  ヨーチン塗りの、あの苦行は何だったのか……
 
≪消毒すると、痛いうえに、しみます。≫
 
  そう、そうですよ。
  ぼくの学校時代、ケガをすると父がヨードチンキを塗るんです。
  あれは痛かったなぁ。
 
  今でも、思い返すだけで鳥肌が立つほど痛かった。
  あれで拷問されたら、何でもイエスと言っちゃいそうなくらい。
 
  「軍隊におったとき、ケガはこうやって治したんじゃ。ヨーチンがいちばんええんじゃ」と父は言ったものですがね。
  星一徹みたいな人でした。
 
≪この「しみる」ということは、傷口を広げているようなものなのです。キズは、できた瞬間から自分で治そうと働き、それで傷口がジクジクしてきますが、この黄色い汁みたいなのには、実はキズを治す成分がいっぱい含まれているのです。≫
 
  え……。
  痛いのを堪えることでキズが治ってるんだと、その思いだけを支えに堪えてきたのに……。
  こりゃ、トホホの極致じゃないですか。
 
 キズはサランラップで覆っちゃおう
 
≪キズを消毒したり乾かしたりすると、キズを治そうとがんばっている細胞が死んじゃうのです。だからキズを乾かしたり、消毒したりしちゃダメなんです。≫
 
  ク、ク、、ク、、。
  キズは乾かしてカサブタを早く作らなきゃいけないと思ってましたよ。キズを昆虫の蛹(さなぎ)みたいにしちゃえばいいんだろうと。
  とんでもない思い違いでした。
 
≪洗ったあと、キズは何をつかって覆(おお)えばいでしょうか。なんとこれ、食品用のラップで覆うだけでいいの。≫
 
  分かりやすい治療法はこちらです。
http://www.wound-treatment.jp/next/wound245.htm
 
  夏井先生、キズはまず水で洗いましょう、ってのは分かりました。
  でも、非常時に水がなかったら、どうすればいいんでしょう。 
  ペロペロ舐(な)めちゃうのが、いいのでしょうか。唾液をためて、ドロドロドロと傷を洗い流しちゃうとか。
 
  そういう素人の質問をしたら、夏井先生、ちゃんとお答えをくれたんです。
 
  痔で敗血症になる人はいない!
 
泉  「まわりに水さえないとき、キズをなめる、ないしは唾液で土ボコリを洗い流すというやり方は、どうでしょうか」
 
夏井  「これは理に適(かな)っています。動物はそうやってキズを治しています。人間が同じことをして治らないと言うのは、論理的に矛盾します。なめるとキズの痛みはおさまりますが,これはキズの表面が湿って、うるおうからです」
 
泉  「人間の唾液は雑菌入りだ。雑菌入りの唾液でキズを洗うというのはいかがなものか、という声が聞こえてきそうですが」
 
夏井  「泉さんは、口の中をやけどした事がありますか? その時、化膿もせずにすぐに治ったと思います。これは口の中を切った時も同じです。唾液は ばい菌だらけでダメ、というなら、ウンコの方がもっと細菌は多いです。細菌がいると化膿すると言うのなら,痔の人は全て敗血症で死んでいるはずです」
 
泉  「そうか、直腸のキズがウンコのなかのばい菌にさらされるわけですからね」
 
夏井  「しかし,痔で死ぬ人はいませんね。ということは,ウンコのばい菌で痔(=傷)は化膿しないという証拠です」
 
  殺菌力の迷信
 
泉  「ところで、先ほどの<唾液は雑菌だらけ>論と矛盾するようで恐縮ですが、星一徹みたいなわたしの父は <唾液には殺菌効果がある>といって、ヨーチンがない野外ではキズに唾(つば)をつけて応急手当していました。唾液には、殺菌効果があるのでしょうか。たしか、涙にはかなりの殺菌効果があると聞いていますが」
 
夏井  「確かに唾液にも涙にも細菌を殺す物質は含まれていますが、<殺菌>というには程遠いものです。口の中にいる細菌の数は、ウンコの次に多いのですよ。つまり、<殺菌>できていない証拠です。殺菌力のある物質が含まれている、ということと、本当に殺菌しているということは、かなり違います」
 
泉  「またひとつ、わたしの いだいていた神話が崩壊しました」
 
夏井  「ちなみにカテキン(緑茶の成分)も抗菌作用があるともてはやされていますが、普段飲んでいるお茶には抗菌作用はありません。お茶のなかのカテキンていどの濃度では無理。テレビ番組のなかには、お茶にはカテキンがあるから抗菌作用あり、という類のインチキ医学を教えるものがあって、閉口します」
 
  効果は「劇的」
 
  夏井先生にめぐりあえたのも、こうして配信誌(メールマガジン)を出してきたおかげです。
 
  夏井先生のことを教えてくれたのは、愛媛県新居浜(にいはま)市にお住まいの医師、加藤正隆(まさたか)さん。
  1月24日にメールをいただきました。
  地元の医師会では禁煙推進委員会の委員長をしておられます。
 
≪津波負傷者のことを書かれた号で、強力な殺菌ジェルの普及について専門家のご意見を、と呼びかけておられたので、夏井 睦さんのホームページをご紹介します。
 
私も4年程前から、夏井さんのホームページで紹介の「消毒を行わない方法」で外傷の治療をしています。
 
効 果 は 劇 的 で す。
 
NHK番組の『ためしてガッテン』などでも取り上げられて、ご存知の方も多くなりつつあります。
傷の治療に不可欠なのはまず「清潔な水」で、次に「被覆剤」、化膿創には「抗菌剤」ということになるでしょうか。≫

 
  災害医療の奥は深かった……
 
  一方、災害時の医療の専門家の方からも、ご教示をいただいた。
  堺市にお住まいの医師、洙田靖夫(なめだ・やすお)さん。1月24日にいただいたメールである。
 
≪医師および労働衛生コンサルタントの資格を持っていますので、僭越(せんえつ)ながら、コメントさせていただきます。
 
殺菌ジェルもその成分および使い方が問題になると思います。その成分は、おそらくイソジンなどの消毒液や、ペニシリンなどの抗生物質が考えられると思います。
 
◎ 「人体細胞も殺す」のが消毒液
 
消毒液が菌を殺すということは、「人体細胞も殺す」ということです。これが世の中で見過ごされている盲点になっています。
 
菌はいろいろなタイプがありますが、細胞膜と細胞壁の両者を持っているものが多いです。
一方、人体細胞は細胞膜だけで、細胞壁はありません。
 
ということは、消毒液にさらされることによって傷つくリスクが高いのは、じつは菌よりも人体細胞の方なのです。
ですから、消毒液を必要以上に傷の部分に使うと、かえって傷を再生してくれる細胞(再生細胞)まで殺してしまう可能性があります。
 
そのため、褥瘡(じょくそう = とこずれ)の患者に対しては、消毒液は使わないというコンセンサスがすでに出来ています。褥瘡患者には、生理食塩水で傷を洗い流すという手法が用いられます。
 
受傷直後ならば、消毒も意味がありますが、漫然と使用すれば、かえって傷の治癒を遅らすでしょう。ハード(殺菌ジェル)だけを整備するのではなく、ソフト(適切な使い方)の普及とセットにしなければならないと思います。
 
◎ 抗生物質配付は耐性菌を跋扈(ばっこ)させる
 
抗生物質は菌を殺し、人体細胞はほとんど殺しません。だから、殺菌だけを考えれば抗生物質を使用するのが適切です。
 
ところが、ここにも落とし穴があります。
抗生物質は、皮膚の浅い傷ならば、十分に浸透するでしょう。しかし、深い傷であれば、一般市民が皮膚表面にちょっと塗ったぐらいでは効果は薄いのです。
 
深い傷は、つねに破傷風の危険が伴います。ひとたび発症すれば致命率の高い破傷風は、専門の治療が必要です。
 
また、抗生物質ジェルを一般市民が携帯することになりますと、災害後、いっせいに使用されることになります。結果は明らかで、大量に耐性菌(抗生物質でも死なない変種の菌)が発生しますね。
それを考えると、切り札的な最新の強い抗生物質を含むジェルは、一般市民には配布できないということになります。
 
古くからある抗生物質を含んだ軟膏類は薬局で市販されていますので、これを装備するのは意味がありますが、切れ味のよい抗生物質を一般市民に配布するのは、大局からみると間違った選択といえるでしょう。
 
殺菌、すなわち「菌を殺す」という意図を人間が持ったとしても、菌も生物ですから、抵抗しますし、人体細胞に対する影響も同時に考える必要があります。
 
◎ 総合施策が必要だ
 
震災津波対策は、総合的に考えるべきであると、自戒もこめて提言申し上げます。
 
参考となる資料をご紹介します。
 
新潟県中越地震の被災者で乗用車等で寝泊りしている方々の健康リスク対策
http://www.rescuenow.net/other/car_taisaku_ver1.pdf
 
災害ボランティアの安全衛生対策マニュアル
http://www.rescuenow.net/other/anzen_manual_ver3.pdf
 
ボランティアによる除灰作業マニュアル(案)
http://homepage2.nifty.com/nameda/usu/manual-usu.htm

 
  夏井先生、加藤先生、洙田先生、ご教示ありがとうございました。
=== 
◆ 反響 ◆
 
  愛媛県松山市の外科医、朝雲学人さんから2月8日にメールをいただきました。
 
≪2月6日号のメールマガジンに書かれてあることは、実は何十年も前から実践している医師がいました。
 
といいますのは、私の恩師の外科医が米国留学時代、ちょうどベトナム戦争から帰還した医師がいて、私の恩師はその医師の伝授を受けたからです。当然ながら私も恩師から同様の指導を受けました。
 
◎ 戦場流治療法
 
弾の飛び交う中で負傷した場合、まずは洗浄と止血なのだそうです。
重傷者の処置は別として、浅い傷なら十分に洗って糸で縫合するか、surgical stapler (訳せば「外科ホッチキス」) と呼ばれる道具で傷を閉じ、あとは保護材を貼り付ける。
 
それだけです。毎日のガーゼ交換などは しません。
アメリカで開発されたこの「外科ホッチキス」は、今や複数のメーカーから発売され、皮膚保護材も多種多様なものが発売されています。
 
ただ、どちらも保険適応外です。ここでサランラップを使うとは思いつきませんでしたが、いい方法だと思います。
 
◎ 日本流治療法
 
とはいいつつも、日本の医療システムでは「再診料」をいただかなくては経営が成り立ちにくいのです  (^_^;)
また、外科医の習性として、自分が処置をした創傷がどうなったか気になります。
それで、「ガーゼ交換を毎日……」などということが続いているのではないかと思います。
 
20年ほど前になりますが、私の恩師も
「ガーゼの使用・交換は全く無意味なことであるが、病院経営上、今の日本ではこうせざるをえないんだ」
と 吐き捨てるように言っていたことを思い出しました。
 
頭皮の裂傷の場合に、いまだに頭髪を部分的に剃(そ)らせる医師もいます。また、無理してガーゼを当てて、傷が治るまでシャンプー禁止にしてしまう医師も。
これもおかしいですね。頭を洗わずにいると、傷の汚れがどんどんひどくなります。
 
救急病院で縫合を受けた翌日、ご自宅に近いからと私の勤務先の病院に来て受診した患者がいました。
創傷の経過に問題がなかったため、「爪を立てないよう注意して洗髪を」と勧めたところ怪訝(けげん)な顔をされ、まさに頭から信用を失ってしまいました。
 
正しい治療法が普及することを祈るばかりです。
 
◎ 天秤にかけてみる
 
私見としましては、消毒をしなくてはならない傷も多いとは思いますが、おおむね貴メルマガの内容に賛成です。ただ、あれほどの割り切った考えはどうかな、とも思いますけど。
 
基本的には、創傷治癒の過程で不可欠な細胞再生におよぼす消毒薬の毒性と、細菌を死滅させる効果とを、天秤にかけて考えると言うことでしょう。
また乾燥がよいか湿潤がよいかという問題も、ケース バイ ケースと考えます。
 
褥瘡(床ずれ)に対しては、日光を当てて乾燥させることで良い結果につながるケースもみられます。この場合は、側臥位にすることによる褥瘡部の血流改善も大いに影響しているはずですが。
 
単なる擦過創(すりきず)なら間違いなく湿潤状態を保つべきと思います。
 
◎ 痔について一言
 
直腸のしわの奥に細菌がたまり、外界へとつながる痔瘻(じろう)という病気があります。難治性のものも多く、再発もしばしば見られます。
直腸粘膜が化膿し、深部へと掘れてゆき、ついには肛門の周囲の皮膚と繋がり、その孔(あな)を通って便汁や膿が外へ出てきます。
 
痔が化膿しないのはドレナージ(液の滲出)が自然にできているからです。
 
動物に咬(か)まれた傷から化膿することがありますが、ヒトによる咬傷がもっとも感染性が高いように感じます。(科学的なデータがあるわけではなく、何人かの救急医から聞いた実感の総合ですが。)
 
勝手なことを書きました。2月6日の配信では、あまりにクリアカットに書かれていたため少し気になりました。≫