四谷大塚の歪んだ社会科教材
 
 

電車内の広告でおなじみの日能研と並び、「四谷大塚」は小学生を客とする塾業界の大手である。教材がなかなかよく出来ていて、四谷大塚以外の多くの塾で四谷大塚教材が使われている。
平成14年には上の娘が世話になった。そして社会科教材で大変な目に遭った。
四谷大塚には、ほんらいのバランス感覚を取り戻してほしい。
未来の日本の社会人たちのために。そして、わが家の下の娘のために。

目次
明治憲法のことを子どもにどう教えるか
教材に欠如する「フェアプレー」精神


明治憲法のことを子どもにどう教えるか

 
 

 【平成14年7月29日配信】
 今回のコラムは、小6の娘への懺悔をこめて。
 
 明治憲法と昭和憲法について、読者の皆さんはどんなふうに習ったでしょう。この2つの憲法がいかに「異なる」ものか、ということに重点が置かれていたのではないでしょうか。
 
 小6の娘を教えつつ、改めて2つの憲法を読んでみて、2つの憲法を共通して貫く立憲君主制の考え方を教えることから始めるべきだ、と気がつきました。
         
■娘が読んだ、ある教材■
       
 座敷で昼寝をしていたら、小学6年の娘が突然ヒステリックに叫び出したのが聞こえてビックリしてしまった。
 「天皇のために身命をすてて、とか、そういうの大嫌いなんだよねッ!」
 
 「いったいどうしたの?  誰かに変なこと言われたの?」
 「戦争になって、兵隊になった人は、天皇にすべてをささげたんだって。昔の憲法にはそう書いてあったって」
 「…… あのね、兵隊さんたちは、大好きな家族や美しいふるさとが、何とか攻められずにすみますように、と思って必死に戦ったんじゃないかな」
 「………」
 
 わが家では、1月2日に皇居の一般参賀に行くのを恒例としている。愛媛にいるおばあちゃんは、皇室の大ファンである。
 娘を追いつめてはいけないと思い、そのときはそれきりにしたのだけれど、その次の週末に聞いてみた。
 
 「ねえ、このあいだ天皇と戦争のことで ずいぶん熱くなってたよね。何か読んだのかな。学校ではまだ室町時代の勉強のはずだけど」
 「読んだのは、これ。わたしの読み間違いだったのかもしれないけどね」
 
 通っている塾で使っている「四谷大塚」の社会科教材だった。
 
 「いったいどこを読んだの?」
 「大日本帝国憲法と日本国憲法の比較っていう表があるでしょ。 それを読んだの。それから、この国家総動員法とか大政翼賛会のあたりも読んだよ。昔の憲法は天皇が作って、それで天皇が国家総動員とかそういうことを全部決めてたんでしょ。そういうのは嫌だな、って思うんだけど」
 「え?  憲法の比較表って、ちょっと見せてごらん」
 
 この「比較表」というのが、じつに曲者(くせもの)だった。
 
■ 帝国憲法の「天皇」はスーパーマン? ■
 
 まあ、ご覧ください。(明治憲法、昭和憲法のそれぞれを「明」「昭」と略します。)
 
<種類>
明: 欽定憲法(天皇がつくった)。
昭: 民定憲法(国民がつくった)。
<国会>
明: 天皇を助ける機関で、立法権は天皇。
昭: 国権の最高機関で唯一の立法機関。
<内閣>
明: 天皇の命令などによってつくられる。
昭: 行政権の最高機関。議院内閣制。
<裁判>
明: 天皇の名による裁判。
昭: 司法権が独立している。
<軍隊>
明: 天皇が、直接陸海軍を指揮。兵役の義務。
昭: 戦力はもたず、戦争をしない。
 
 ずいぶんふざけた「比較表」ではないだろうか。社会科学の精神を完全に放棄している。
 
 「そうか。 これ見ると、天皇が何でもやっていたように見えるよね。これじゃ、気持ち悪くなっちゃうよね」
 娘はこっくりとうなずいた。
 
 「でもね、 憲法も法律も作るわ、裁判もやるわ、軍隊も指揮するわなんて、そんなこと一人でできると思う?  日本には1億人の人がいるんだよ。
≪天皇が、直接 陸海軍を指揮≫  なんて書いてあるけど、 天皇が実際に『あそこを攻めろ』とか『ここを爆撃せよ』とか命令を下すわけじゃないよね。そんなことまでいちいち命令できたら、スーパーマンじゃないか」
 「まあ、たしかにそうだね」
 
■ 潔癖な娘が考えたこと ■
 
 娘の通っている塾は近所の小さな塾だ。「四谷大塚」の教材を黙読しては、章末の問題を解いていくのが、彼女の勉強だった。
 彼女なりに「憲法比較表」を読んだ。帝国憲法が「天皇個人」にとてつもない権力を与えた、 としか読めなかった。 立法、裁判、軍隊「直接指揮」、何もかも天皇がやったのだ…。
 
 娘は教材前半の日本史の部を読み返した。
 
 ≪政府は、戦争を続ける体制をつくるために、1938(昭和13)年、国家総動員法を定めました。この法律によって、政府は議会の承認がなくても、戦争に必要な あらゆる物資や人を 思いどおりに利用できるようにしました。≫
 
 こんなひどい法律を作ったなんて、許せない! と思っていたけど、 憲法のことを勉強してよく分かったよ。ひどい法律をつくって、戦争をどんどん推し進めたのは、天皇だったんだ!
 
 小学6年生。潔癖心の強い年頃の娘は、ひとりで思いつめてしまったらしい。
 天皇は こんなひどいことをしてきたのに、なんで おばあちゃんやお父さんは天皇のことを大事に思ってるの?  いったい、どうなってるの?
 
■ 天皇の悪を封印する日本国憲法? ■
 
 「天皇のために身命をすてて、とか、そういうの大嫌いなんだよねッ!」
と娘がとつぜん叫んだのは、たぶん頭が混乱してどうしようもなかったからだろう。
 
 教材をめくっていると、A4版の紙1枚に教材の一節をていねいに書き写してあるのが挟んであった。
 「あ、それは見ちゃダメ!!」
 「どうして?  見せてごらん。……見せなさい!」
 「あーん、どうしよう。怒られるよぉ…」
 
 何が書いてあったと思いますか。娘なりに一生懸命考えた末のことだったのだが。
 
 塾の先生に言われたわけでもないのに娘が心をこめて書き写したのは、これだった。
 
 ≪国民主権の原則のもとでは、天皇には、国の政治に関する権限はいっさいなく、仕事(国事行為)は、すべて憲法で決められています。
(… 中略 …)
天皇の仕事は、形式的・儀礼的なものです。≫
 
 悪の権化である「天皇」が、悪いことをしないように「封印」してくれているのが日本国憲法なんだ。
 ああ、よかった、これで安心だ。
 これで、おばあちゃんやお父さんと皇居に行っても大丈夫かな…。
 
 何ともいじらしいことに、娘は娘なりに、目のまえに突きつけられた矛盾と、一生懸命に闘おうとしたらしい。
 
■ 実物を見ることからはじめよう ■
 
 「天皇が勝手なことをしてはいけない、 ということは大日本帝国憲法にもいろいろ書いてあるんだよ。憲法っていうのは、国の権力をもっている人たちのバランスをどういうふうに保っていくか、ということを決めるものだからね」
 「え、そうなの?」
 「国家総動員法はね、帝国憲法に違反していると言われた法律なんだよ。国家総動員法を推し進めたのは、近衛文麿という政治家と、今でいう社民党の人たちさ。そういうことが四谷大塚の教材には書いてないんだな」
 
 「大日本帝国憲法は天皇がつくった、日本国憲法は国民がつくった、 と比較表には書いてあるけど、ほんとはそんなに単純じゃないんだよ。実物を見てみようか」
 娘にそう言って、六法を開いてみせた。冒頭を娘に見せた。
 
 ≪朕は、日本国民の総意に基いて、新日本建設の礎が、定まるに至つたことを、深くよろこび、枢密顧問の諮詢及び帝国憲法第七十三条による帝国議会の議決を経た帝国憲法の改正を裁可し、ここにこれを公布せしめる。
  御名御璽
     昭和二十一年十一月三日
        内閣総理大臣兼外務大臣    吉田 茂
        国務大臣  男爵            幣原喜重郎
        ……                                              ≫
 
 「御名御璽っていうのはね、 天皇陛下が署名をなさって、天皇の印が押されました、ということなんだよ」
 「あれれ……」
 
 娘は目をぱちくりさせていた。だって、天皇の悪を封印するために国民がつくったはずの憲法に、天皇陛下が署名をなさっているのだから。
 
 「天皇が勝手に署名をしたり、ハンコを押したりできるわけじゃないよ。その証拠に、 天皇陛下の署名のあとに、吉田 茂首相や、全部で15名の大臣たちがいっしょに署名をしてるよね」
 
■ 2つの憲法の「同じかたち」 ■
 
 「じゃあ、今度は大日本帝国憲法を見てみようか」
 「うん」
 「これはちょっと難しいけどね…
 
 ≪皇朕レ謹ミ畏ミ(われ つつしみ かしこみ)
皇祖(こうそ)
皇宗ノ神霊ニ告ケ白サク(こうそうの しんれいに つげもうさく)
……  ≫」
 
 「チョー難しいよ」
 「ご先祖さまに恥ずかしくないように、国のきまりを しっかり定めました、と書いてあるんだけどね。
 で、本文が始まる直前のところ、よく見てね」
 
≪…… 臣民ハ此ノ憲法ニ対シ永遠ニ従順ノ義務ヲ負フヘシ
  御名御璽
     明治二十二年二月十一日
        内閣総理大臣  伯爵  黒田清隆
        枢密院議長    伯爵  伊藤博文
        ……                          ≫
  
 「日本国憲法と同じかたちになってるでしょ」
 「おんなじだね…」
 「明治の憲法をつくったのは、天皇がひとりでつくったわけではないよ。伊藤博文が中心になって、日本の歴史やヨーロッパの憲法も研究し、たくさんの人が議論してつくったんだよ。
 昭和の憲法は、国民がつくったと言っても、実際にはアメリカ軍が最初の草案をつくったんだけどね。でも、いろんな人の知恵を寄せ集めたというのは、その前の憲法と同じだね。」
 
■ 「日本のかたち」から乖離していた帝国憲法 ■
 
 「天皇」のあり姿は、日本の長い歴史のなかで 落ち着きどころを得ていた。
 
 「天皇は、 幕府の指名に基いて、征夷大将軍を任命し、征夷大将軍をして陸海軍を統帥せしむ」
というのが、日本史の行き着いた「国のかたち」だった。
 
 ところが、「ユーラシア大陸型の絶対君主」こそ本来の姿なりという思想に圧されて、
≪天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス≫
と書いてしまった。
 
  日本人の感性からして、「神聖ニシテ侵スヘカラ」ざる人は、自ら軍を統帥してはいけなかったのではないか。
 
 日本の長い歴史を体現する憲法であることを告文(こくぶん)・発布勅語・上諭(じょうゆ)で繰り返し謳(うた)った帝国憲法は、皮肉なこと
に日本の伝統から離れたユーラシア大陸的な天皇を造り上げてしまった。
 
 これが日本国憲法になってようやく日本史の本流に戻り、
「天皇は、国会の指名に基いて、内閣総理大臣を任命し、内閣総理大臣をして自衛隊を統帥せしむ」
と、江戸時代に戻った。
 
 自衛隊は 「検非違使(けびいし)」と同じ 令外官(りょうげのかん)で、このありようなど平安時代のごとしである。
 
■ 揶揄(やゆ)の精神を子どもに植え付ける四谷大塚教材 ■
 
 四谷大塚教材の107頁を見ると、「天皇主権から国民主権へ」 というマンガがある。
 
 「天皇主権」の世の中とは、 マンガによれば、破れかけの旭日旗(きょくじつき)つきのボートに金持ちと政治家と警官らしき3名のむくつけき男が乗っている。
 ボートの周りは、8名の「国民」が泳ぎながら助けを求めているのだが、ボート上の金持ちはメガホンを口に当てて何かを叫んでいる。たぶん、国民など見捨てて漕ぎ去れ、とでも。
 
 一方 「国民主権」の世の中では、 にこにこ顔の朝日に向かって8名の 「国民」が仲良くボートを漕いでいる。ボートの艫(とも)のほうには子どもが1名、まるでリーダー役のような顔で立っている。
 
 娘に言った。
 「今の世の中って、こんなにいい世の中かな?   このマンガ、ずいぶんふざけてると思わないかい?」
 「…… あのねぇ、わたし、政治家ってきらいなんだけど。だって、悪いことばっかりしてるでしょ」
 「悪いことをする政治家が珍しいから ニュースになってるんだよ。政治家がいいことをしたらニュースになるような世の中になったら、それこそ大変だと思わないかい?」
 
 
===
■ 反響 ■
 
 東広島市にお住まいの読者の方から7月29日にメールをいただきました。
 
≪学習塾を経営しております。
今回の「明治憲法のことを子どもにどう教えるか」、興味深く拝見しました。
 
コラムで取り上げておられた、帝国憲法と日本国憲法の比較表のようなものは、学習塾の教材にとどまりません。中学校の「夏休みの宿題」のテキストにも同じような比較表があります。単純化で実像がゆがめられていて、なんとも有害なものでありますし、このような問題を解けるよう指導せねばならぬ自分が情けなく思えるときがあります。
 
社会科を単純な「暗記表」にするなど、学問に対する冒涜(ぼうとく)ですが、哀しいかな日本の教育現場ではこのようなことが多すぎます。
 
◎「実物を見る」ことの大事さ
 
泉さんは、娘さんに実際に憲法の文章を見せて納得させようとしておられましたが、まことに「実物を見る」というのは大事なことです。
 
最近では「新しい歴史教科書を作る会」の動きに嫌悪感を感じた女子中学生が2人、私のところに来て言いました。
「先生、どうしてアジアの人たちを踏みにじるような教科書を作るの?」
  
おそらく新聞・テレビなどのマスメディアの影響であると思われます。実物を見せて丁寧に解説すると、逆に
「この教科書の方が良い部分もあるんじゃないの?」
というような顔をしていました。正義感の強い、優しい娘さんたちでした。
 
子どもたちにも「実物を見て判断しよう」という発想を持ってもらいたい。たとえば、いっそのこと、複数の社会科の教科書を学校で配布したら良いのにと思います。
 
中学生にもなれば、複数の文献を読み比べつつ自分の感性を磨くということがあってもいいのではないか。
 
新聞も『産経』と『朝日』では全く違う。『日経』『毎日』『読売』そして地方紙、それぞれに観点が微妙に異なる。
そういう現実の世の中を理解するには、たったの一つの教科書で、というのは怖いように思います。
 
◎問題の多い「副教材」
 
問題は、学習塾の教材にとどまりません。
学校の教科書そのものにはさほど「劣悪」なものはないのですが、学校の副教材は要注意です。
 
夏休みの宿題用に作られている教材や、補習授業用の教材などはかなり悪質です。問題集にも、良いものと糞(くそ)みたいなものが確実にあります。カラーイラストや漫画を多用しているものは、世の中をあまりに単純化しすぎていて気持ちの悪くなるものが多いです。
 
世の中を妙に揶揄(やゆ)した漫画に比べれば、むしろたとえば『週刊少年ジャンプ』に連載されていた「流浪人 剣心」などの方がずっとまともです。
大久保利通などの明治の英雄をかなり面白く描いていました。
単純な 「幕府=悪」 「官軍=善」 の構図ではありませんでした。
エンターテインメントとしての荒唐無稽な面もありましたが、新撰組のことも描き込まれていたし、学習漫画としても通用すると言えるくらいでした。
 
次回のメールマガジンを楽しみにしております。≫ 
 
===
■ 後記 ■

 メールマガジンなんか書いてないで、娘さんの教育に専念したらどうだ、と きついお言葉をいただきそうです。
 そうなんですよ、娘のために社会科の教材を作ってやろう、なんて思っていたら、子どもはあっという間に小6になってしまったんですよ。
 
 文部科学省の教科書検定は廃止したらどうか、という声があります。
 しかし、検定がなくなると、大手の塾「四谷大塚」社会科教材のような悪質な代物が、学校の教科書としてまかり通りかねません。
 
 世の中の基本的な仕組みを教えていく、というのが小学校の社会科の目的のはずです。四谷大塚教材は、世の中を斜(はす)に見ることのほうが大事と言わんばかり。
 小学校の教材は、ストライクゾーンど真ん中の直球を投げ続けてほしいものです。
 
 四谷大塚は、「子どもにも批判精神を涵養(かんよう)することが大事」とでも思っているのでしょうか。
 
 しっかりしたストライクゾーンの感覚をまず身につけさせることこそが小学校教育のポイントであるはずです。ストライクゾーンが何かもろくに教えずに、変化球にうつつをぬかしては、健全な批判精神も育ちません。
 
 四谷大塚の問題の教材は、「江戸幕府の成立」から「国際社会の中の日本」まで、学習指導要領の小6社会科の後半をカバーしています。
『予習シリーズ (3) 社会』 定価1,334 円+税
編者・発行所  (株)四谷大塚出版
166-0003  杉並区高円寺南五丁目36−23
通信販売のお問合せは
350-1123 埼玉県川越市脇田本町11−10  四谷大塚 通信事業部
電話 0492-47-2008 (受付 10時〜16時)
(受付の人をいじめちゃダメですよ!)
 

 教材に欠如する「フェアプレー」精神
 
 
 
 【平成14年8月12日配信】      
 前回に引き続き、四谷大塚の世にもすばらしい社会科教材をご紹介したい。
 
■ 「科学する目と豊かな心」 ■
 
 「四谷大塚」って何なの? という読者の方、ホームページはこれです。
http://www.yotsuya-otsuka.co.jp/
 
 自ら「中学受験指導の名門」と名乗り、現在首都圏に14ヶ所の塾を開いているほか、全国に提携塾のネットワークを展開している。
 「大好きです。科学する目と豊かな心」がスローガンなのだそうだ。
 ≪真の学力とはいったい何でしょう? それは、「自ら考える力」です。≫
 その言やよし。
 
 その四谷大塚の小学6年生用社会科教材を読んでみたい。
 
  ≪女性・子ども・ほりょをふくめ、十数万人の中国人を虐殺しました。≫
と、「南京大虐殺」のことを語ったり、学校教育では使われない「15年戦争」というマルクス主義系の用語を使っていることには、もう今さら驚かない。
 
 自衛隊についての記述も「違憲論」がベースだ。
(結果的には、子ども相手に「改憲」の必要性を説いているようなものだが…。)
 これにも、今さら驚かない。
 
 しかし、さすがにこれには驚いた。
 まあ、読んでみてください。
 
■ 悪いのはすべて日本政府だ ■
 
 ≪在日朝鮮人は、日本の敗戦とともに帰国を望みましたが、日本政府が帰国船と帰国手続きを十分に保障しなかったため、帰国できない人が多数でました。こうして日本に残らざるをえなかった人々に対して、日本政府は今でもいろいろな差別をしているのです。≫
(四谷大塚出版『予習シリーズ(3)社会』、87頁)
 
 もしこれがほんとうだとしたら、少なくとも日本政府は補償と改善に努力すべきではないか。
 小学6年生の純真な心でなくても、そう考えるものだろう。
 四谷大塚の記述を腑分けしてみよう。
 
 ≪在日朝鮮人は、日本の敗戦とともに帰国を望みましたが、……≫
 在日朝鮮人も当然いろんな人がいたわけで、日本への「移民」を決意して来た人たちもいた。図らずも日本に来たが、生活基盤ができてしまった人もいた。
 この冒頭の表現だと、在日朝鮮人のすべてが半島への帰還を望んだかのように読める。もちろん、それが四谷大塚の著者の意図である。 
 
■ 社会主義朝鮮へのあこがれの帰結 ■
 
 ≪……日本政府が帰国船と帰国手続きを十分に保障しなかったため、帰国できない人が多数でました。≫
 
 世の中には、望んでかなうことと叶わないことがある。
 実際に何が起きたのか。
 「社会主義朝鮮」にあこがれて、38度線以北のソ連占領地域への帰還を望んだ人々は、日本に残らざるをえなかった。しかし、38度線以南の米軍占領地域(ほぼ今日の韓国)への帰還を望んだ人々は、帰還がかなえられた。日本と同じ、米軍占領地域だったのだから。
 だから、どうしても半島に帰りたければ、韓国へ帰ればよかったし、またそうするしかなかったのである。
 
 現在の「在日韓国人」(韓国国籍保持者)のほとんどは、実は一旦は「社会主義朝鮮」に賭けて韓国行きを拒否した人たちだ。一旦は社会主義朝鮮を択び、そのあと韓国籍を取り直した。
 
 運命の不条理は哀しいが、それでも自ら「社会主義朝鮮」に賭けて日本に居残った人たちなのである。それを棚に上げて、≪日本政府が帰国船と帰国手続きを十分に保障しなかったため……≫とばかりに、帰国不能の原因をひたすら日本政府に求めるのは、フェアではないと思う。
 まして、当時の日本政府は昭和27年4月28日の独立回復まで連合国(米国)に主権を奪われていた。特に対外関係においては。
 その間、金日成の韓国侵攻で朝鮮戦争がはじまり、38度線以北への安全な帰還はますます難しくなった。
 
 もし日本政府が蛮勇をふるって、38度線以北への帰国船を仕立てたとして、そうして帰国する人たちの安全は確保されただろうか。無理をおして帰国した人たちは、その後しあわせになれただろうか。
 
 今ごろになって、四谷大塚の教材にこう書かれるのがオチだったかもしれない。
 「日本政府は、在日の方々が半島へ帰還したらどんな不幸な境遇に陥るかも考えず、やみくもに在日の方々を日本から追い出しました。」
 
■ 「差別」と「区別」を判別せよ ■
 
 ≪……こうして日本に残らざるをえなかった人々に対して、日本政府は今でもいろいろな差別をしているのです。≫
 
 この一面的な記述は、もはや「教材」ではない。アジビラだ。
 文部科学省の教科書検定がとかく批判されるが、検定制度がなければこんな記述が教科書に続々と登場しかねない、ということだ。
 
 「いろいろな差別」というのが何なのか、四谷大塚は明らかにすべきだ。
 フェアプレーでお願いしたい。
 おおかた、「在日朝鮮人」を「日本国籍保持者」並みに扱っていない、ということを言いたいのだろうが、もしそうなら的外れである。
 
 「在日朝鮮人」でも帰化すれば国会議員にもなれるのが、日本社会であり日本政府のありようである。実際の例もある。
 
 「在日朝鮮人」は、日本の国家公務員にはなれない。外国人登録にまつわる手続きも必要だ。それなのに税金は日本国籍保持者並みに払わねばならない。
  …… ということが「差別」だ、と運動家たちは言う。
 しかし、「国籍」の有無が意味するのは、そういうことなのだ。
 コラム子も、北京駐在の時分には中国共産党独裁政府へ所得税をたんと払った。(もっとも、面倒はすべて会社がみてくれたのだけど。)
 
 四谷大塚が塾生たちに「自ら考える力」をつけたいのなら、この問題こそ「国籍」とは何かを考える格好の材料になったであろうに。
 
 「在日朝鮮人」と「在日米国人」とを 同じに扱わなければ、 それこそ日本政府は「いろいろな差別をしている」ことになってしまう。時代遅れの政治勢力に媚びることなく、すなおに視野を広げることこそ、次の世代に期待すべきことなのだ。
 国籍のもつ意味を考えつつ、最近の在日朝鮮人・韓国人「帰化手続き簡略化」の検討状況について触れる、というのがフェアだと思う。
  
■ 日本政府の「拉致」疑惑? ■
 
 ここまでご紹介したくだりの前が、もっとひどいのだ。
 
 ≪日中戦争が始まり長期化してくると、労働力の不足をおぎなうために朝鮮人を日本に強制連行するようになりました。畑で働いている農民や映画館から出てくる人などを、その場でつかまえてトラックにのせて無理やりつれていくことが行われました。≫
 
 迫真の表現。「日本の役所による<人狩り>があった」と小学6年生を相手に語る四谷大塚。しかし、どれほどの確証があるのだろう。
 どこの畑、どこの映画館で、何という名前の人が、何年何月に、何れの機関によって拉致されたのか。一覧表が存在するか。
   
 役所の全員が聖人君子であるはずはないが、それでも「映画館から出てくる人」をやみくもに拉致するような労務者集めを役所が行ったとは。あまりに不合理で、絵にならない。
 「内鮮一体」の政策を推し進め、朝鮮人にも「日本人」としての意識が急速に根付きはじめた時代。繁華街にあったであろう映画館の前で、映画館から出てくる人を拉致したら、大騒ぎになるではないか。
 内地であろうが朝鮮であろうが、犯罪である。
 親族の結束の固い朝鮮で、「畑で働いている農民」を拉致したら、一族が鎌や鉈(なた)を持って役所に殴り込みに来るだろう。
 
 ただでさえ戦争で忙しいときに、労務者集めのために拉致事件を起こしていられるか。拉致されて死にもの狂いで抵抗するする朝鮮人を縛り上げ、釜山港から玄界灘を渡らせ、鉱山や工事現場のタコ部屋に落ち着かせるのは大変な手間である。低賃金でも働こうという人がたんといた時代なのに。
 
■ 安易に使われる「強制連行」という用語   「時代の限界」をどう教えるか ■
 
 炭鉱・土木工事のための朝鮮人の「強制連行」が、一部の歴史書で強調される。しかし、朝鮮で国民徴用令を適用し行政機構を動員して強制的な徴用を始めたのは昭和19年になってからだ。戦争末期の特殊状況である。
 
 民間企業が労務者募集をしていたのを、昭和17年に朝鮮総督府が「官斡旋(かんあっせん)」の形で一本化する。今日に比較しての労働条件の劣悪は想像がつくが、それにしても昭和19年までは任意の雇用である。
 (これをも「強制連行」と呼んでいる歴史書もあるが、それは用語の濫用だ。)
 
 国民徴用令を適用して金さんや朴さんを徴用しようとしたら、金さん朴さんがこれに応じず、やむをえず「連行」した、ということがあったかもしれない。
 しかし、それは徴用なり徴兵の対象となった日本人も同じだったわけで、「今日の価値観から見れば悪法というべき法律が、曲がりなりにも国民合意のうえで制定されていて、その法に従って連行された」というしかない。
 
 そういう「時代の限界」というものがあることを小学生に教えてはじめて、「自ら考える力」を養うこともできるのではないか。 
 
 朝鮮人(といっても当時は日本人だったのだが)が劣悪な条件のもとで労働をさせられたと言うが、では内地人(すなわち今の「日本人」)が同じ鉱山労働や土木工事作業をしたとき労働条件はどれほど異なったのか、具体的に知りたい。
 朝鮮人にはろくな食事も与えられず、といった記述を見ることがあるが、もし事実としても末期的状況下のことだろう。
 貴重な労働力をむやみに衰弱死させたら、監督責任を問われたはずだが。
  
■ 時代感覚を教えたい ■
 
 娘と日本史の勉強をしながら、娘に時折見せる世界地図がある。
 昭和9年に三省堂が出した『學習百科辭典』のなかにある「世界現勢図」だ。
 
 世界一大きい国はイギリスである。(「属領ある国は之を合算す」とある。)
 人口4億 3,830万人。
 
 日本は世界第6位で、人口 9,040万人。もちろん朝鮮・台湾を含んでの数字だ。
 
 第4位のアメリカ合衆国は人口11,770万人だから、日本と さほど差がない。
 当時米国のことを甘く見てしまったのが、何となく理解できる。
 
 第7位は、なんとオランダだ。
 人口 6,887万人。もちろん、蘭領東インド(今の「インドネシア」)を含んでのものだが。
 
 何でこんな地図を娘に見せるのかというと、「出来事」だけを見ていては20世紀前半がよく理解できないだろうと思うからだ。
 その時代の地図を見ることで、その時代の人が抱いた夢と妄想、恐れの気持ちなどが推し量れる。
 
 子どもに教える歴史は、「何が起きたか」も大事だが、「何が起きそうに思われた世の中だったか」「人々が何を恐れた世の中だったか」ということを語ってやることも大事だと思う。
 そして、どんな時代にも希望の光があったということも。
 
===
■ 反響 ■
 
  東京都港区にお住まいの読者の方から8月12日にメールをいただきました。(もと総合商社勤務の方だそうで、コラム子の大先輩ということになります。)
  
≪8月12日号の「四谷大塚社会科教材」のコラムを拝見してびっくりしました。
このようなテキストを使って子供を洗脳するとは恐ろしいことです。
  
私は現在中小企業を経営していますがが、商社マン時代から今まで、そのときどきに志を立て励んできたという自負を持っています。
 
商社マン時代は、船舶輸出で「外貨を稼いで日本のためになりたい」と思い、その後、父の経営していた会社が倒産寸前になったときは、「両親に育ててもらった恩に報いたい、また両親と一緒に何十年も苦労してきた社員を救ってあげたい」との思いで会社再建のために必死でした。
  
外国の州政府の駐日代表に就任したときは、「輸入や海外投資を増やして、日本が国際社会で孤立しないよう、多少なりとも貢献したい」、自分なりにそんな志をもって職業を選び、職務を全うしてきました。
  
グローバリゼーションが進んでも、世界の基本単位は「国家」です。
日本人であるという誇りとアイデンティティーを持って人生を歩んできたつもりですが、どうも昨今の人たちは、この「国家」という理念を理解していないか、理解がとても希薄なようです。   
  
「国際平和」「国際化」という言葉の本当の意味が分からず、自虐の道を行けば世界に受け入れられるとでも考えているのではないでしょうか。だとすれば、大間違いです。自分の国を誇りに思わない人間が、ほかの国の人から尊敬されるわけがありません。
  
アメリカも日本が再び牙をむかないよう、「民主教育」なり「平和主義」なりいろいろ手を打ったが、まさかここまで精神的に去勢された国民になるとは思わなかったので、今になって少々慌てているという所ではないでしょうか。≫
  
===
■ 後記 ■
 
 地図といえば、ひろくお勧めしたいのが、帝国書院の『地図で訪ねる歴史の舞台 ―日本―』という地図帳です。
 144頁、2,000円ですが、毎ページがまるでテレビの歴史番組を見るような(これは褒め言葉のつもり)躍動感があります。
 
 今日も娘に「琉球王国」のことを解説するのに重宝しました。
 奄美大島も琉球王国の領土だった、ってご存知でしたか? 
 宮古島や石垣島は、琉球王国の首里から東南アジアへの交易路上の拠点だったのだそうです。
 ちなみに、尖閣諸島はこの地図帳によれば琉球王国の領外だったとのことですが。うーん、ほんとうかな…。
 
==
 
 前回に引き続き取り上げた四谷大塚の教材は、「江戸幕府の成立」から「国際社会の中の日本」まで、学習指導要領の小6社会科のほぼ後半をカバーしています。
『予習シリーズ (3) 社会』 定価1,334 円+税
編者・発行所  (株)四谷大塚出版
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