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道草-003-

 木ネジ人生論

木ネジ。今まで気がつかなかったのとが、今になって知ることが出来た。何か大きな発見をした気持ちになった。

 これまでにどれだけ沢山のこの木ネジを使っただろうか。8月26日に砂時計の製作を指導するために、手作りの粉体実験装置を徹夜で作っていた。近所の製材所から端材をもらってきて俄のスタンドを作っていた。組立は木ネジで止めて組み立てた。しかし、共通の木ネジがなく、写真の右にようなものを使った。ところが、このネジでは、組み合わせる板がきちんと締まっていなかった。すき間が空いているのである。いくらネジを締めても、それ以上はそのすき間は狭まらなかった。

 「おかしい!」良く考えてみた。「そうか、締めつけられる板の部分のネジ山が邪魔している」ということに気づいた。

 ネジを外してその部分(板の厚み分ほど)のネジ山をやすりで磨り落として、再度締めつけてみた。見事に板は引きつけられ、すき間は無くなり、架台は頑丈になった。

 「そういえば、木ネジは、ちゃんとその部分はネジ山が無いではないか」と気がついた。嬉しいような残念なような気分であった。

 そして考えさせられた。木ネジは、構造上、先端のネジ山の部分で、次第にねじ込んでいって、最終には取り付ける板の部分が引きつけられて、目的を達成しているのであるが、人生もこれと同じではないかと。

 ネジの先端のように最後までネジ山がついていたら(タッピングネジ)、前記したように、いくら力を入れても板はピタッと合わさらない。老人になってまでも、あれやこれやといつまでも喧々諤々と述べるのではなく(議論・討論は良いが)、あるところで手を引いたほうが物事はすんなりと行くのではないかと、そんな人生論を、架台作りの木ネジ論から考えさせられた。

2001.8.22、YS


 

道草-002-

 1)無駄なラップに金を払いたくない

 鳴り砂のレポートの下書きのチェックに大田に行った帰り道で総菜を買った。野菜や魚、、、。最近は魚をよく買う。今日は、赤魚、カレーそれにシシャモを買った。7/9。

 魚を3回分くらい一緒に煮る。シシャモも一回に3匹くらい焼く。シシャモのタマゴがプツプツと口の中でつぶれる食感が好く好きである。

 早速、シシャモを焼くことにした。パックに入りラップで包まれたシシャモを取りだす。ふと思った。何と、ラップが丁寧にも?3重もかかっているではないか。一番上はスーパーの名前と日にちと値段の入ったもの、二枚目は何も書いていないラップ、そして3枚目は産地の名前が入ったカバーである。プラスチックスから出る有毒ガスが問題になっている今日、どうしてこんなに何重にもラップを掛けねばならないのか。一番下に値段のシールを貼るだけで十分のはずである。手間も省けるし、環境問題にも貢献する。こんな無駄な手間に私はお金を払いたくない。3重にしたからといって品質が長持ちするとは考えられない。どうしてそんなことをするのか。分別ゴミを謳っている今日、廃棄するビニールを我々に買わせることはないと思うと同時に、腹立たしい。

 2)思わぬ出会い

 シシャモは、ノルウェー産。その輸入水産会社が、何と山口県大津郡油谷町である。わたしは、驚いてしまった。それは、先日、山口県油谷中学校から鳴り砂がありますと、砂を送っていただいて分析したばかりだったのである。山口県に新しい鳴り砂が発見されたのに、私は山口県に親しみを覚えていた矢先のことで、こうしてシシャモからまた油谷町が近くなった。このような出会いってどう解釈すればいいのであろうか、不思議な出会いである。

 上記の問題と逆にこれはうれしい情報であった。

 類は類を呼ぶというものかな。

2001.7.17、YS


道草-001- 

 人生を振り返ってみると、沢山の道草をしていたと思うものである。「道草せずに早く帰ること」小学校の時先生がよく言っていた。私のうちは小学校から100m程の大通りに面したところにあるから道草するところが無かった。それよりも早くランドセルを家に置いて、身軽で飛び出すほうが早かった。

 先生の言う道草せずにということは、家に無事たどりつくことであろうことを心配してのことだったのかもしれない。いや、この解釈は現代の先生の言葉であろう。私のその当時の解釈は、早く帰って家のお手伝いをしなさい、それに勉強をしなさいということだったように思う。

 昭和20年後半から30年代には、一般家庭には洗濯機も掃除機も水道も無かった。一番つらかったのはお風呂の水くみだった。私のうちは井戸があたが(現在もある)手漕ぎポンプではなく、片一方についているバケツで汲上げる滑車付きのツルベ井戸であった。お風呂に水を満たすには、この操作を何十回と繰り返して、バケツに移し、両手に下げて風呂桶に運んだものである。小柄な小学生の私には本当にこれは辛かった。小学校にも井戸があり、そこは手漕ぎポンプがついていて、「家にもこのポンプがあればいいけどなー」湧出る泉ように流れ出る水を見ながらそう思っていた。水鉄砲を思いながら、自分でもこんなポンプが作れないかと考えてもみていたことを思い出す。

 でも、ツルベ井戸で苦労して汲上げていたことで、理科の時間の滑車についての力のバランスなどの先生の話はよくわかり、楽しかった。「もう一つ動滑車を付ければ軽く上がるな、、、でも、紐が長くなる、、、動滑車分重たくなるし、汲上げたときその滑車が邪魔になるなー」なんて思いながら先生の話を聞いていた。

 先日5月24日、どうしても井戸の水を使わねばならない状況になって、古井戸の蓋を開けた。 井戸をのぞき込むと、自分の姿が映っていた。むかしもそうしたように「アッ、アッ」と叫んでみた。心地よい響きが返ってきた。その声は父の声、母の声そして兄声が応えてくれているように思えた。

 何十年か振りに井戸の水を汲上げた。俄の桶を作った。ポリバケツにロープを結びつけただけのもので、今は滑車が無いので、今度はロープをたぐって汲上げた。深いと思っていた井戸は、すぐに水揚げが出来た。

 きれいな透明なそしてひんやりとした水がバケツの中で光り輝いていた。私は洗面器に移して「ブルブル」と、顔を洗った。むかしが一気によみがえってきた。懐かしいという気分が私の身体を走るのを感じた。そして父や母、兄弟の姿が浮かんで涙がにじみ出てしまった。これで私は育ってきたんだという気持ち、水のありがたさ、、、さらにこうして井戸を造ってくれていたご先祖さまの気持ちがありがたく思えた。

 話が横道にそれたが、HPを書いているうちに、専門的な言葉ばかりでは疲れるのを感じていた。先日12日仁摩小学校の校長先生とお会いする機会があって、その時、小学校の教育問題の話になり、「ゆとりのある教育とは」ということが話題となった。その時私は道草の大切さを話してみた。集団登校、集団下校の時代、都会では父兄が出迎えねばならないという今の時代。そんな中に子供の個性というものが発揮できるのであろうかと心配した。道草をすることで、自然に触れ感性が育つ。道草をすることで、時間を忘れ、宿題の時間を無くしてしまう。目をこすりながら宿題をする。それでも良いではないかと思う。そうですね「道草」を忘れていました。という先生のお言葉である。

 人生の道草。人生とは何かは難しい。人生の目的が何かということが無いと、人生の道草の定義は出来ないであろうが、まずは目の前の仕事、研究をやり上げねばならないという目標に際して、それだけにまい進していても能率は上がらないし、良い研究のまとめはできない。いろんなところに、道草は必要だと思うようになった。

 トイレに行くのに、新聞や雑誌などをみるのもある意味では道草かもしれない。そんなとき思わぬものに出くわす。これも楽しい道草と思いますが、いかがでしょうか。道草第一号です。

 

 思ったことを、気軽に書ける自分のコーナーを作ってみた。

 

2001.7.15YS